ノーストリリアの一人の少年が、地球を買い取ってしまった。彼は宇宙一豊かな星ノーストリリアから母なる地球に赴き、自らの欲したものを手にして、故郷に帰った。これはその少年、ロッド・マクバンの物語、、、
著者はコードウェイナー・スミス。
本作『ノーストリリア』は著者の「人類補完機構」シリーズ唯一の長篇。
その「人類補完機構」シリーズの中短篇は以下の3冊
『スキャナーに生きがいはない』
『アルファ・ラルファ大通り』
『三惑星の探求』
にまとめられている。
中短篇で構成される「人類補完機構」シリーズにおいて、本著『ノーストリリア』は唯一の長篇である。
その内容は
宇宙版ホビットの冒険、
「行きて帰りし物語」である。
少年が安全な故郷を飛び出し、
冒険を経て大人になる話だ。
この王道ストーリーを
著者の短篇シリーズに出て来た登場人物、ネタをふんだんに織り交ぜて描いている。
正に「人類補完機構」シリーズ総集編といった赴きだ。
濃縮したスープの様な面白さがあった短篇とは少し赴きは異なり、
『ノーストリリア』は正統派冒険SFストーリー、まるでフルコースの様な面白さがある。
そのまま読んでも面白い。
しかし、著者の短篇を網羅していれば尚楽しい。
これぞ、SFといった作品である。
以下ネタバレあり
スポンサーリンク
-
王道ストーリー
少年が安楽な生活から飛び出し、
冒険と苦難を経て成長し故郷へ還る。
本作『ノーストリリア』はいわゆる「行きて帰りし物語」である。
『ホビット』
『スタンド・バイ・ミー』
『銀河鉄道の夜』等々、
古今東西の作品で多数モチーフにされ名作も多い、基本にして王道の正統派冒険ストーリーである。
とはいえ、本作は「人類補完機構」シリーズ。
個人の情動がより大きい力に翻弄されるのは今までの作品と変わらない。
もっとも、その力を招いたのはロッド自身の意思なのだが。
-
地球買い取り作戦!!
オンセックことホートン・サイムに命を狙われ、ロッドはそれを回避しようとする。
コンピュータに言われるまま実行したその方法というのが、地球丸ごと買い取りと言う発想が凄い。
そして、この惑星ノーストリリア始まって以来の非常事態に対応しようとする「敵の金、悲しい金」の章(p.153~194)の会話が陰謀めいていて面白い。
おそらく著者コードウェイナー・スミス(本名:ポール・マイロン・アンソニー・ラインバーガー)自身の経験を活かした会話なのだろう。
ストーリー的には、一個人が持つには大きすぎる力を狙って雲霞の如く押し寄せる有象無象をかわすため、その対処として地球に行くのだが、自分で引き起こした事であっても、その顛末は成り行きに任せるしかないのが如何にも運命的である。
しかし、その通過儀礼を経た少年は確実に変化する。
良い方にも、
時には悪い事もあるが、
それを含めた全部が真に価値のある宝物なのである。
-
これぞ総集編
故郷のノーストリリアを出て地球に向かうのを契機に、一気に短篇のキャラクターが出演してくる。
同時代の作品から多数のキャラクターが参加し、総集編的豪華さがそこから始まるのだ。
気付いた範囲でチェックしてみよう。
各収録巻は
『スキャナーに生きがいはない』は1巻
『アルファ・ラルファ大通り』は2巻とする。
シェイヨル(p.198等)
2巻「シェイヨルという名の星」に出てくる流刑地。
ヴィオラ・シデレア(p.198,470)
2巻「ママ・ヒットンのかわゆいキットンたち」の登場人物・ベンジャコミン・ボザードの母星。
時系列的には『ノーストリリア』より少し前の話の様だ。
イ・テレケリ(p.200~)
ク・メル(p.225~)
ロード・ジェストコースト(p.231~)
2巻「帰らぬク・メルのバラッド」の登場人物達。
時系列は『ノーストリリア』のすぐ前の様だ。
レディ・ヨハンナ・グラーデ(p.230~)
ロード・ウィリアム・ノット=フロム=ヒア(p.280~)
2巻「帰らぬク・メルのバラッド(p.408)」の登場人物。
「人類補完機構」の長官。
ジャン=ジャック・ヴォマクト(p.205~)
彼自身ではないが、「ヴォマクト」の姓を持つ一族こそが、「人類補完機構」を作ったその始祖である。
1巻「マーク・エルフ」「昼下がりの女王」にその経緯が描かれる。
ヴォマクト一族は「人類補完機構」シリーズの各所に登場する。
ジョーン(p.236等)
2巻「クラウン・タウンの死婦人」に出てくる犬少女。
「人間の再発見」の端緒となる事件の中心人物。
レイディ・ゴロク(p.308)
2巻「クラウン・タウンの死婦人」に出てくる「人類補完機構」の長官。
ロード・ジェストコーストの7代前のご先祖様。
ロード・クルデルタ(p.287~)
2巻「酔いどれ船」に出て来た「人類補完機構」の苛烈な長官。
『ノーストリリア』では車椅子に乗っているので、「酔いどれ船」は以前の話であろう。
どうやら地位と権威は失墜していない様だ。
ラウムソッグ(p.292)
1巻「黄金の舟が――おお!おお!おお!」の登場人物。地球相手に戦争を仕掛けた独裁者。
ポール(p.358~)
2巻「アルファ・ラルファ大通り」の登場人物。
ク・メルも出てくる。
つまり『ノーストリリア』のすぐ前の話である。
レイディ・フランセス・オー(p.412)
直接は登場しないが「オー」という姓は、1巻「燃える脳」の登場人物、ドロレス・オーを連想させる。
係累か?
レイディ・アリス・モア(p.415)
2巻「老いた大地の底で」の登場人物。
その話の顛末で、レイディ・アリス・モアは人間を変革する必要性を見出した。
マザー・ヒットン(p.447等)
惑星ノーストリリアを守る伝説的な人物?
その正体は2巻「マザー・ヒットンのかわゆいキットンたち」にて明かされる。
これらの短篇の登場人物、設定、世界観が長篇『ノーストリリア』に組み込まれ、時代的には最期ではなくとも、物語のエンディングを思わせる話となっている。
少年が冒険を経て成長し故郷に帰る。
世界は同じでも、自分が変われば違った面が見えてくる。
それこそが得難き宝物なのだ。
だがそれは反面、
英雄的な行いを経て自分が変わっても、一方で日常という世界は厳然と存在するという事を意味する。
ラストのどうにもならない無常さは、いかにも「人類補完機構」シリーズ的な世界観であった。
スポンサーリンク
さて、次回は「人類補完機構」シリーズを発表年順にまとめ、その後に帰って来たい物語、映画『ダンケルク』について語りたい。