幻想・怪奇小説『時間のないホテル』ウィル・ワイルズ(著)感想 一粒で二度おいしい!!

 

 

 

フェアやコンベンション等の見本市の参加代行業を営むニール・ダブルはホテル大好き人間。世界各地を渡り歩く自分の仕事を天職と感じていた。しかし、イベント主催者側からすると、個人情報の収集が出来なくなる参加代行業は邪魔な存在だった、、、

 

 

 

作者のウィル・ワイルズはロンドン在住。本作が2本目の著作だ。
内容については帯のアオリの「J・G・バラード+スティーヴン・キング」という文句が言い得て妙。

見慣れた廊下が段々ねじれていくと思ったら、いつの間にかジェットコースターに乗っていた。

 

そんな感じだ。なかなか面白い読み味で、一粒で二度おいしい。是非体験して欲しい。

 

以下ネタバレあり


スポンサーリンク

 

 

  • ニールの性格

ニール・ダブル(仮名)の父は出張の多い人物で、ニールもその影響を受けて、ホテルを渡り歩く生活を送っている。その為対人関係も希薄で、その場その場の関係で日々過ごしている。しかし、彼にとっては、自分にとっても相手にとってもそれがいいと思っている。
この奔放さというか、責任欠如のモラトリアム的思考が、巣を持たず、いつも真っさらなホテル暮らしを好む性格を形成している。
そんな彼だから、以前同衾した女性の名前を忘れワインをかけられ、うざい知人に責任転嫁してみたりする。傍から見る分には面白いヤツだ。

  • 暗雲立ち込める展開

しかし、クールなやれやれ系主人公のニールにピンチが訪れる。参加代行業が主催者側にバレ、参加資格を失効されてしまうのだ。
この、意識せずに通っていた道をいきなりふさがれるような感覚、自動改札口が自分の時に急に閉まって駅員が飛んで来て衆人環視にさらされ赤っ恥をかく様な感覚がいい。
何やら歯車が噛み合わず、焦れどもジリジリするだけで全く解決しない無力感と焦燥。これがよく出来ている。ちょっと長いがお気に入りのシーンを以下に抜粋したい。

「お客さまの個人情報を第三者に開示することは、ミーテックスの規則で禁じられています」
「しかしぼくはミーテックスの客であり、その情報はぼくに関するものでしょう?第三者ではなく、れっきとした本人なんですけど」
「これは、ミーテックスのお客さまの個人情報です。そしてあなたは、すでにミーテックスのお客さまではありません。データが保護されるのは当然です」
「だからそれは、ぼくのデータなんだって!保護する必要なんか全然ない!」
「とにかくあなたは、もうミーテックスのお客さまではないんです。あなただって、自分の個人情報が知らない人に漏らされるのは厭でしょう?」
「知らない人もクソもあるか!ぼくは本人なんだぞ!」
(p.178~179より抜粋)

笑える。私もそうだが、あなたも似たようなお役所仕事に対面した事はないだろうか?だからこそ、このシーンがクソ笑える。

この様に主催者側からの嫌がらせ的妨害を受け、ニールは仕事の継続が困難になる。果たして彼はどの様にして窮地を脱するのか?

  • 急転直下の物語転換

しかし、ここから話が全く変わってしまう。起承転結の「起・承」がJ・G・バラードなら、「転・結」で急にスティーヴン・キングが出てくる。
イキナリ悪魔的存在から誘惑され、奇妙なホテルの謎に触れ、襲撃を受ける。急転直下しすぎて、これまでの話を吹っ飛ばしてしまう。
だが、この怒濤の急展開に力技で有無を言わせない面白さがあるのもスティーヴン・キング的だ。

  • 何故こんな書き味になったのか?

そもそも、どうしてこうなった?
バラード的な話を途中でブン投げてしまったのか?
否。私はそうではないと思う。

スティーヴン・キングもクライマックスの怒濤の展開が始まるまでは、細部の描写をねちっこく費やす。
おそらく、作者のウィル・ワイルズもそういうスタイルなのだろう。後半の奇想天外さを支える為に前半をリアルに描写する必要があると考えたハズだ。
ウィル・ワイルズは、建築・デザイン関係のライターもしていた。その彼の経験をリアルに描写しようとする時、同郷のバラードの様な書き味を狙ったのではないか?
それが結果、バラード作品の日常が崩壊してゆく様を描きつつ、キング的な怒濤の展開を可能にしたのだと思う。

 

映画で言うと『フロム・ダスク・ティル・ドーン』の様なお得感。是非味わってほしい。

 


スポンサーリンク

 

さて、次回は当のJ・G・バラードの建物SF『ハイ・ライズ』について語りたい。