小説『服従』(ミシェル・ウェルベック)感想 鶏が先か卵が先か?爆笑必至の予言的名書!

 

 

 

2017年5月7日、決選投票の末、新しいフランス大統領に中道で無所属のエマニュエル・マクロン氏が選ばれた。昨今の政治のポピュリズム迎合(アメリカ大統領選~イギリスEU離脱)の流れに一時の歯止めをかける事をフランス国民は選んだ。そういう側面があれども、しかし、「極右政権を選ぶよりは若輩者の方がまだマシ」という理由で投票した者も数多かっただろう事は想像に難くない。

さて、この『服従』である。

 

 

 

舞台は2022年のフランス大統領選。2017年に敗北した国民戦線のマリーヌ・ルペン氏が再び決選投票に挑み、イスラーム同胞党のモアベド・ベン・アッベス氏(作中人物)と対決する。そして、、、という話ではあるが、驚くべきはこれが2015年に発売された書籍である事だ。
発売当初でも充分センセーショナルを巻き起こした。(『服従』の発売日に、奇しくもシャルリー・エブド襲撃事件が起きた)今読むと、その時の感覚とはまた別の、まるで予言が成就したかの様なちょっと薄ら寒い感じすら漂う。
有権者の中には当然この小説を読んだ者もいて、その影響下で投票した者もいただろう。となれば、近未来風刺的小説だったハズが、現実がこの小説の内容をなぞる事になり、まるで預言書のようになってしまうではないか。もっとも、2022年にはフランス及び世界情勢は違ったものになっている可能性もあるが、、、
この時機に即した読書感を是非とも体験して頂きたい。

でも、おフランス文学ってお高くとまってるんでしょ?持って回った言い草で訳のわからないまま終わるんでしょ?と、お考えのそこのあなた。ご安心下さい。笑えます。主人公のぼく(=フランソワ)が身も蓋もないもなくて笑えます。常に陰茎がうんぬんとか言ってるくせに、格好付けて草生えます。
しかし、このエロオヤジが実はテーマに即したキャラクターである事に、この本の読みやすさがあるんですね~

 

以下ネタバレあり


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  • ここが笑える!名シーン!?

例えばp204からの抜粋
「リヴィングルームはだだっ広くて、そのフロアの全部を占めているようだった。入り口の近くに設えられたアメリカ式キッチンの脇には、農家風の大きなテーブルがあった。その他には、ローテーブルと白い革張りの深いソファーが置かれていた。壁にはハンティングの成果が剥製になって飾られており、銃架には父のライフルコレクションが飾られていた。それは美しいオブジェで繊細な象眼細工が施された金属が優しく輝いていた。床は様々な動物の毛皮で覆われていて、その多くがムートンだろうと思われた。」
と、こうきて部屋の印象をこう例える
「まるで一九七〇年代のドイツのポルノ映画みたいだった。チロル地方の狩猟の山小屋で撮影される類のやつだ。」
意味がわからない。というか、70年代のドイツのポルノ映画なんて見たことない。しかし、なんとなく想像出来てしまうのが笑える。終始こんな感じである。しかし、こんな事を言っちゃう主人公だからこそテーマに即している。

  • 家族と信仰

主人公のフランソワは大学教授で、毎年新入の女学生を喰っては別れを繰り返している。かつて持っていた仕事の情熱はとうに消え失せ、今はその熾火にすがっている状況だ。そんな折、イスラーム政権が誕生し、教育改革のあおりで教授職を失う。イスラム教への改宗が条件だったからだ。しかし、その選択は積極的なものではなく、ただ単に期日内に返事をしなかったからであった。
このフランソワの退廃と諦念はフランス自身をなぞらえたものである様に思える。フランスでは非嫡出子の割合がかなり高く、50パーセントを超えているそうだ。キリスト教的一夫一婦制の家族観はすでにフランスでは通用しなくなっているのではないか。
作中でフランソワは思う。ユイスマンの改宗は幸せではなかった。自分はそうななるまいと。自分の改宗は、ユイスマンの求めて得られなかった、「所帯を持つ」という事から生まれるシンプルな幸せを求めようと。かくしてフランソワは目の前のニンジンに飛び付く事となる。
しかし、フランソワの様な改宗の動機が一般市民にも当てはまるかと言えばそうではない。フランソワは中途退職であっても普通の人の2倍の年金を得られ、改宗し教授職に戻ったらその3倍の給料を得る事が出来る。これだけの高給だからこそ改宗し、一夫多妻制を受け入れる事が出来る。これは所謂、勝者総取り社会である。フランソワが夢想するのは、肉体的快楽は若い妻と、食事の楽しみは料理上手な妻に任せて、という欲望に忠実な願望であった。

 


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従来のものを捨て、新たな宗教と家族関係を受け入れたフランス。それをこの作品は実験的に提示している。
しかし、実際には強烈な拒否反応もでるだろう。そんな様子を描いた作品、映画『ノー・エスケープ』を次回紹介したい。