ソ連の卓越した科学者ロゴフ。その研究は戦況を一変させるほどももので、スターリンのお墨付きであった。それは、遠隔地を覗く千里眼と、精神攻撃を備えたものであった。遂に完成した装置、それをロゴフは自分で使用してみるのだが、、、
著者はコードウェイナー・スミス。
死後、著名な政治学者だったと知れた。
多数の作品で妻のジュヌヴィーヴ・ラインバーガーと共著している。
本書は「人類補完機構」シリーズの全中短篇を集めた3巻本の第1巻である。
『スキャナーに生きがいはない』(本著)
『アルファ・ラルファ大通り』
『三惑星の探求』
の3冊がそれである。
また、シリーズ唯一の長篇に
『ノーストリリア』がある。
「人類補完機構」シリーズである。
エヴァンゲリオンの「人類補完計画」の元ネタとなった名前である。
果たして、どんな内容なのか?
「人類補完機構」シリーズは
宇宙にまで拡がった遠大な人類の未来史を、
人間の情動や悲哀をもってして著した作品集である。
個々の物語はそうである。
その一方で、
人間の情動を苛烈に断する存在が対として描かれる。
そんな印象がある。
そのある種の厳しさが、
ウェットな話を鮮やかに引き締しめている。
世界観や設定で魅せるタイプのSFである。
そしてそれを支えるのは確かに息づく人間の物語だ。
ストーリー派のSF読みに必読の名著である。
以下ネタバレあり
スポンサーリンク
-
共著という形態
著者はコードウェイナー・スミスである。
しかし、「人類補完機構」シリーズのいくつかは妻のジュヌヴィーヴ・ラインバーガーとの共著である。
また、ジュヌヴィーヴが原案を作品化したもの、冒頭のみの作品を書き継いだものなどもあるようだ。
映画はその制作に多人数が参加する。
漫画も原作、作画、アシスタント等の数人が関わる。
しかし、小説において共著という形態は他作品に比べると圧倒的に少ない。
それは、「執筆」という作業が多分に個人的なものであるからだろう。
しかし、それでもいくつか例はある。
私が知るのはファンタジー作家のデイヴィッドとリー・エディングス夫妻である。
共通点として、「人類補完機構」シリーズもエディングス夫妻のファンタジー作品もキャラクターが活き活きとして魅力的な点がある。
ストーリー上の人間描写が素晴らしいのだ。
おそらく、ストーリーやキャラクターを作り上げる上での生の会話がそのまま作品に反映している為だろう。
そして、どちらも夫婦である。
小説を夫婦で作り上げる。
どんな感覚なんだろう?
私に知り得るハズも無く、羨ましい限りである。
-
収録作品紹介
収録作品は未来史をおおよその年代順に並べているという。
遠大なサーガを新たに読み始める場合、これは親切設計で「人類補完機構」シリーズを俯瞰し、その行く末を眺めやすくなっている。
本書『スキャナーに生きがいはない』の収録作は以下の15篇。
無限の世界へ
第二次世界大戦時のソ連から始まり、イマジネーションが飛翔する。
冒頭のこの作品から、人の情動が物語を作るこのシリーズを表わしている。
第81Q戦争(改稿版)
ゲームによって戦争の勝敗を決す時、それはエンターテインメントに堕してしまう。
マーク・エルフ
マンショニャッガー、メンシェンイェーガーという響きだけでもう面白い。
だが一番凄いのは、読者はいきなり未知の世界に放り込まれるのに、読むのにストレスが無い事だ。
短篇という範囲で世界観を鮮やかに描写している。
熊もキュートである。
昼下がりの女王
マーク・エルフの続篇。
こちらは犬人間の描写がいちいち面白い。
スキャナーに生きがいはない
表題作。
自らの仕事、即ちアイデンティティを奪われるかもしれない、その恐怖のみで先制攻撃を仕掛けるという暴挙。
組織が形骸化し、理想が堕落する瞬間を描く名作だ。
星の海に魂の帆をかけた女
ラブロマンス。
モナ・マガリッジの様な「自分が一番正しいと思っている行動力のある凡人」こそ傍迷惑なものは無い。
人びとが降った日
今も昔も、中国人に対するイメージは変わらないのだなぁ。
ビジュアルイメージの恐ろしさが面白い。
青をこころに、一、二と数えよ
p.324~326に亘るモテない男のルサンチマンの爆発が秀逸。
さらに、実体化する非存在達との会話も面白い。
大佐は無の極から帰った
大佐の格好は非常口のランプみたいなものであろうか。
鼠と竜のゲーム
冒頭の会話と設定が徐々に意味を成し、クライマックスに向けて盛り上がる高揚感を演出している。
短篇として素晴らしい構成である。
猫砲弾ともいえるパートナーの設定もいい。
燃える脳
結婚する時、果たして相手は生身の自分が好きなのか?
容姿、財産、地位、その他の付随物に惹かれたのか?
そんな普遍的なテーマを扱っている。
ガスタブルの惑星より
不穏な様子から始まって、一転、まさかの鮮やかなオチが待つ。
小説で笑える物は珍しいが、これはその珍しい逸品である。
アナクロンに独り
忠告を聞かない無謀さが悲劇を招くが、その度が過ぎているのが恐ろしい。
スズダル中佐の犯罪と栄光
偉そうに宣ったくせに、あっさり陥落されていう様子が面白いが、その失点を回復しようとさらなる失点を重ねる様子に人間の悲哀を感じる。
黄金の舟が――おお!おお!おお!
張り子の虎を陽動に使う奇想天外さと、
賄賂を貰いながらも相手の星をエグゼキュートする果断さ、
共に「人類補完機構」の側面なのであろう。
短篇集ともなればいくつかの作品はダレたものがある。
しかし、本作は総じて面白いのが凄い。
-
特徴解説
「人類補完機構」シリーズの短篇は、短い限られた長さで独特な世界観を鮮やかに描き出しているその構成力と演出が凄い。
そこには計算され尽くされた面白さがある。
そして、構成を支えるストーリーの核が人間の生の感情である。
圧倒的なスケール。
先進的な科学技術。
テレパスという特殊能力。
今を生きる我々を超えた存在の未来人達が、しかし、その情動においては現在の我々と何ら変わらないという点に、安心感と共感を与える。
この近親感が物語の没入感となる。
また、魅力的なキャラクターもストーリーを彩る。
失敗する人間、怯える人間、負の感情をもつ人間。
普通の作品ならマイナスイメージのキャラクター達も活き活きしているのが面白い。
また、作者は動物好きなのか?
クリーチャー連中、特に猫が魅力的に描かれている。
そんなウェットな部分がある一方、ドライで果断な部分がある。
それは「人類補完機構」だったり、悲劇的な運命だったり、悲哀に満ちた決断だったりする。
登場人物は個々人で情動的な行動をとる。
そして、個人の力が及ばない高所からの見解が物語の流れを作る。
このウェットとドライの対比がストーリーを引き締め、鮮やかな読み味を作っているのだ。
本作『スキャナーに生きがいはない』は短篇によって編まれている。
そして次巻の『アルファ・ラルファ大通り』は中篇メインだ。
次巻もその面白さを期待したい。
スポンサーリンク
という訳で次回は『アルファ・ラルファ大通り』について語りたい。