遙かな未来、人は生まれた時からその性質を規定されていた。手違いで生まれたエレインの規定職業は平療法士。しかし、社会はエレインを必要としておらず彼女は言いしれぬ孤独感を抱えていた。そんなある日、エレインは使われていない扉を見つけ、それを開ける、、、
著者はコードウェイナー・スミス。
死後、著名な政治学者だったと知れた。
本書は「人類補完機構」シリーズの全中短篇を集めた3巻本の第2巻。
『スキャナーに生きがいはない』
『アルファ・ラルファ大通り』(本著)
『三惑星の探求』
の3冊がそのシリーズである。
また、シリーズ唯一の長篇に
『ノーストリリア』がある。
前巻『スキャナーに生きがいはない』は短篇メインだったが、本巻『アルファ・ラルファ大通り』は中篇メイン。
短篇は切れ味のいいストーリーだったが、
中篇になり、読み応えが増している。
勿論今までの「人類補完機構」シリーズに共通する
情動溢れる個々人と、
それを支配する果断な運命
というテーマは健在だ。
さらに本巻『アルファ・ラルファ大通り』では
死にまつわる話、そして社会の変革
といった共通テーマも見られ、まさにSF的な未来史となっている。
本巻だけでも、そのテーマ性とアイデアで十分楽しめるだろう。
しかし勿論、前巻から続けて読むとさらに世界が拡がって面白い。
以下ネタバレあり
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人類補完機構
人類補完機構とはいったい何ぞや?
その設立は第1巻『スキャナーに生きがいはない』収録の「昼下がりの女王」に見られる。
一部の集団では無く、人類に奉仕すべく「慈愛にもとづく、専制的ではない組織(『スキャナーに生きがいはない』p.140より抜粋)」として発足した。
その組織は人類が存在する領域にあまねく拡がっており、各星毎に概ね複数人の長官が存在しているようだ。
長官は男性の場合はロード、女性の場合はレイディと言われ、厳格な掟と法に基づき「補完機構を維持し、緒世界の平和を守るために必要ないし適当と思ったことは、なんでも実行できる(『アルファ・ラルファ大通り』p.255より抜粋)」とされる。
また、その不変のスローガンとして「監視せよ、しかし統治するな。戦争を止めよ、しかし戦争をするな。保護せよ、しかし監視するな。そして何よりも、生き残れ!(『アルファ・ラルファ大通り』p.256より抜粋)」が掲げられている。
要は人類に奉仕すべく、法に基づき、非暴力を旨とする組織、と言った所か。
しかし実際には、その処断は苛烈且つ非情であることも多く、理想とは裏腹に管理組織としての側面も多分にもっている。
組織がある程度力を持つ為にはやむなしと言ったところか。
さて、この「人類補完機構」という名称だが、これは
「Instrumentality of Mankind」の日本語訳である。
『アルファ・ラルファ大通り』の解説に詳しいが、その訳語の変遷は
幸福管理委員会
科学技術省
人類防衛機構
福祉機関
等、いろいろあった様だ。
そして翻訳者の伊藤典夫、浅倉久志の両名が議論し、1980年「黄金の舟が――おお!おお!おお!」翻訳時から「人類補完機構」に統一されたらしい。
「人類補完機構」
この厨二感満載のネーミングが素晴らしい。
直訳するところの「人類機構」に、作品から汲み取った意味合いを含ませるため「補完」という単語を挿入する。
訳者の苦心の末発明した単語だが、この読み手の心をくすぐる響きが作品の評価に多分に影響した事は想像に難くない。
そして、そのSFマインドは後続の作品にまで及ぶこととなる。
有名な『新世紀エヴァンゲリオン』の「人類補完計画」も、この名称から取ったものと言われる。
作品自体が優れていたのもあるが、翻訳者の努力が作品自体の評価を上げる事になった例と言えるだろう。
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収録作品解説
本作『アルファ・ラルファ大通り』は7つの中篇から成っている。
それぞれ紹介したい。
クラウン・タウンの死婦人
多分に宗教的な作品。
しかし、「愛が地球を救う」というフレーズすら擦り切れた現代の日本においては、殆ど意味を成すとは思えないのが哀しい。
また、愛を謳っておきながら、
「信じる者は救われる、信じぬ者はぶち殺す」
という宗教の欺瞞を、その萌芽において既に表わしているのが興味深い。
老いた大地の底で
平安を怠惰と断じ、死に場所を求め新天地を目指すというロマン溢れる作品。
ダンスで人間どころかロボットの動きまで停止させる謎の能力、
助さん格さん的な雰囲気の二体のロボット、
鎧甲を装備し輿に乗り地下を目指す老人、
人形で分かる不調箇所などビジュアルイメージの強い作品だ。
酔いどれ船
SF的な理論はよく分からないが、
SF的な超能力が炸裂する。
無理矢理ハッピーエンドにしてみましたという終わりが笑える。
ママ・ヒットンのかわゆいキットンたち
金持ち惑星の秘密を探る盗賊。
という話の形はいいのだが、たった一人に星の命運を預けるのはリスキー過ぎるだろ!?
防衛方法の奇想天外さが見物。
アルファ・ラルファ大通り
個人の情動が運命によって翻弄される話。
好奇心は猫をも殺す。
不自由さを手探りで楽しんでいるが10日で飽きそうな雰囲気である。
メフィストフェレスの甘言に惑わされグレートヒェンを失うが、大して心を痛めてない風なのは、運命を受け入れたからか移り気が早いからなのか。
帰らぬク・メルのバラッド
個人の情動がより大きな権力や運命により翻弄されるのが「人類補完計画」シリーズの特徴だが、本作では個人の情動を「公共の福祉」という理想の為に犠牲にしてしまう。
お互い想い合っていても、プラトニックを貫く関係がもどかしくも崇高だ。
ゲス不倫に沸く世間の人々に是非読んで欲しい。
ショイヨルという名の星
その開幕から退廃的雰囲気が漂っているが、さらにそれを超える圧倒的に残酷で妖しく美しい世界が描写される。
麻薬をエサに無間地獄でうごめく生き方に絶望が無いというのがもの凄く恐ろしい。
それは、世界が閉じて完結しているからこその内向きの楽園なのだ。
しかし、回収した体部品をどうするのだろう?
再生医療に使うのか?
寄生虫(?)由来なのに大丈夫なのか?
また、「人類補完機構」の「私知りませんでした」的セリフにはお役所的お約束の対応を連想させる。
ラストはある意味「楽園追放」なのだが、お役所が「これなら満足でしょ?」と思っている実情と違う幸福を提案する。
本来なら「人類補完機構」の提案が良いの確かなのだが、実際はその生活で余生をしのげるのか?
希望よりも暗澹たるものがよぎるのが哀しい。
短篇よりもページ数が多いので、アイデアの切れ味をギリギリ保ちつつ、ストーリーを追う面白さもある。
この『アルファ・ラルファ大通り』の収録作は、行き過ぎた便利で平和な世界が人間を惰弱にし、その反動が起こり世界を変革してゆく話である。
その設定を活かす為の世界観、キャラクターを描くにはそれなりの長さが必要だったのだろう。
しかし、基本的に短篇と同じく読みやすく楽しめる。
次巻『三惑星の探求』は連作中短篇と「人類補完機構」シリーズ以外の短篇作の収録となっている。
こちらも期待したい。
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ということで、次回『三惑星の探求』について語ってゆきたい。