タイプライターを前にエドは悩んでいた。彼はポルノ小説を書くゴーストライター、しかし、全く書けない!!ここ数ヶ月、締め切りを守っていない。今回も破ったら首だろう。それなのに、タイプする文章はポルノでは無く、自分の愚痴ばかりになってしまうのだ、、、
著者はドナルド・E・ウェストレイク。
様々なペンネームを持ち、多数の著作がある。
リチャード・スターク名義の「悪党パーカー」シリーズなどが有名。
世に出ていない、
主に未訳の「ちょっと変な小説」を集めたシリーズ、
国書刊行会が送る「ドーキー・アーカイヴ」の第5回配本。
それが本書『さらば、シェヘラザード』です。
ポルノ小説を書きたい、スランプ中のゴーストライターが、
延々小説とは関係の無い「自分語りを行う」。
本書はそういう作品です。
それ以上でも、以下でも無し。
このオッサンの愚痴に笑えるかどうかが、
本書を評価する分かれ目だと思われます。
主人公のエドウィンは、
ポルノ小説をパターンにはめ込み、作業的にこなすタイプの作家。
一日の仕事量は、一章、25ページ、約5千語、
それを十日間続けたら、一冊の本が出来る。
しかし、
それが出来ない、
どうしても書き出せない。
エドは、一章を何度も書き続けます、、、
「伝説の傑作」
「自伝的メタフィクション」
数々の惹句が踊りますが、
過大な期待は禁物。
むしろ、
軽い気持ちで読んでみると、
エドが行うセルフツッコミに、くすっと笑いが出るでしょう。
膨大な著作のある著者が、
作品作りを行うにあたっての苦悩を赤裸々に告白する。
本作はそういう作品と言えるでしょう。
作品自体の面白さというより、
小説そのものの構成に言及する場面や、
予想外の展開に面白味を見出す作品、
ちょっと奇妙な楽しみ方を持つ、『さらば、シェヘラザード』はそういう作品です。
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『さらば、シェヘラザード』のポイント
虚々実々のオッサンの愚痴
一章、25ページのキッチリ感
小説の書き方を指南と、作品作りの苦悩
以下、内容に触れた感想となっております
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作品解説
本書『さらば、シェヘラザード』は巻末に訳者の矢口誠氏の解説が付与されています。
この、全10ページに及ぶ解説が凄い。
本書を読んで疑問に思った事、
気になった事、
作者についての豆知識など、
必要充分以上の事が分かる、
正に理想的な解説部分となっています。
これほど懇切丁寧な解説はなかなか読めませんよ。
なので、この解説を前にしては、
私の雑感などものの役にも立ちません。
なので、
この後には私の個人的な感想になります。
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小説アイディア再利用
著者ドナルド・E・ウェストレイクは、本書『さらば、シェヘラザード』をどうして書こうと思ったのでしょうか?
別名義が多数あり、
著作も膨大な著者は、おそらくは仕事としてルーティン的にこなせる「小説執筆パターン」みたいな物を確立していると思われます。
しかし、
そういうパターンからはみ出してしまった、
例えば、
小説展開の本篇(A)に対する、
アイデアのみで不採用となった別案(B)。
このB案も作品に使いたいなぁ、と常々思っていたのでは無いでしょうか?
なので、本作で著者がチャレンジじたのは、
一つの作品を書くにあたって生じる没アイデアの再利用と言えるのではないでしょうか。
本作は、
第一章
A、B、C、D、F、G
第二章
A、B、C
第三章
A
第四章
A
第五章
A
という構成になっています。
本来ならば第一章のA~F、
第二章のA、Bは破棄されるアイデアです。
しかし、それをそのまま使えれば、
小説を書く労力が半分だ!!
それに気付き、
実験作として本書を書いてみたのかもしれません。
読む方は困惑、
しかし、書いている方はニヤニヤしながら書いたと思われます。
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小説指南
そういう感じで、
小説を書くことをメタ的に利用した本書。
さらには、
「小説をどう書くのか?」というパターン分け、
「小説を書くコツ」という物まで書かれており、
ある意味、
小説指南書みたいな読み味すらあります。
本書には、(p.15~16)にかけて、「ポルノ小説の書き方4パターン」なるものが書かれています。
これが凄い。
ポルノ小説との括りになっていますが、
このパターンは普通小説にも充分に当てはまると言えます。
1:
男性が、数々の女性経験を経て、都会に行き、
最後は、
地元に帰るか、都会で理想の女性に出会うか、皮肉な男になる。
2:
女性が、地元で初体験をし、
都会で上司に襲われたり、レズビアンの友人と出会ったりして、
最後は(1)と同じパターン。
3:
章毎に登場人物がバトンタッチして行く方式。
しかし、最後の章の登場人物が、前の章の主人公と結ばれて、
無意味なセックスの連鎖に終止符を打つ。
4:
二人の登場人物の視点が交互の挿入される方式。
男か女のどちらかを悪役にして、お互い違う相手とセックスをする。
ラストに元の鞘におさまるか、分かれるかは展開次第。
そして、作品を書くに当たって、
一章を25ページ、約五千語、それを全十章というペースで続けると言っています。
どうでしょうか?
250ページの作品を書け!
と言われても無理でしょうが、
25ページ(五千語)なら書けそうじゃないですか?
頑張って25ページ書いて、
それを10回続ければ良いのです!
しかも、作品の骨格は4パターンから選べる!
読んでいる内に、
「何だか、私でも小説を書けそう…」
そんな事を思ってしまいました。
まぁ、実際には、
本書で描かれている通りに、
ネタが枯渇してにっちもさっちも行かなくなるのでしょうが…
それでも、
小説作りの悩みみたいな物を、
エンタメとして昇華している部分が、
本書の一番の面白さなのかもしれません。
小説かと思いきや、
オッサンの愚痴が延々と始まる『さらば、シェヘラザード』。
しかし、
小説執筆の苦労話に耳を傾ける事で、
いつしか読者も、
小説の書き方パターンを身に付ける事間違い無いでしょう(?)。
読み終わったら小説家になれる、
下手な小説指南書よりよっぽど為になる作品、
それが『さらば、シェヘラザード』なのです。
*書籍の2018年紹介作品の一覧をコチラのページにてまとめています。
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