同窓生の中では伝説の存在だったコンウェイ。その彼が記憶喪失状態で発見された。コンウェイを保護したラザフォードは、彼を伴った旅客船上でピアノの演奏を聴く。それに触発されたのか、コンウェイは「失われたショパンの楽譜」とやらの演奏を始め、記憶を回復するのだが、、、
著者はジェイムズ・ヒルトン。他の著書に
『チップス先生、さようなら』等がある。
本書『失われた地平線』は著者ジェイムズ・ヒルトンの思う、
ボクが考えた理想郷、という小説である。
『失われた地平線』が著されたのは1936年。
第二次世界大戦前夜の混沌とした世界を厭い、せめて小説の中に理想郷を生み出してみたのだろう。
場所はチベットの奥地、名は「シャングリ・ラ」。
著者は英国人なので、
西洋人が見た東洋の理想郷
である点は否めない。
そこに心の平安を見るか、
それとも、これはあり得ないと切り捨てるか、
読む人によって色々であろう。
以下ネタバレあり
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シャングリ・ラ
本書『失われた地平線』は、理想郷の代名詞たる「シャングリ・ラ」という名前を発明した著書らしい。
チベットの奥地、人跡未踏の崑崙山脈を越え、高峰の谷間にそこはある。
浮き世から隔絶した理想郷、心の平安が訪れる場所。
夢枕獏の小説『キマイラ』でも、その場所こそが最期の楽園だという構想だった様だ。
しかし、現在『キマイラ』ではその当初の構想は捨て去っている。
最早人跡未踏の土地は無く、この世界はあまねく人の手が着いているから、という事らしい。
現実にも、物語の中にも、現在は理想郷など絶えてしまったという事なのであろうか?
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本当に、理想郷なのか?
しかし、ここで描写されているシャングリ・ラは本当に理想郷なのか?
人は長寿となり、外界に邪魔されず、自らの思索に深く没入する事が出来る。
人を否定する事はせず、それ故にお互いの信条を尊重し合い、ある種突き放した相互理解がある。
確かに素晴らしい。
私の様な「引きこもりタイプ」には、これ以上ない楽園だろう。
だがしかし、それを良しとしない向きもあるだろう。
作品内でも若者のマリンソンはシャングリ・ラを拒絶する。
説明も無しにいきなり拉致され、「その内慣れるから」と生活習慣を強制されて、はいそうですねと受け入れられるワケが無いのだ。
心身が若いなら、常に新しい事、挑戦、そして希望の未来に向かって突き進むものである。
旧態依然とし、自己完結のみで満足した世界など、墓場に等しいだろう。
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転石苔むさず
日本のことわざに「転石苔むさず」というものがある。
意味は、「一所に落ち着かないと、老成しない」という感じだ。
似たような言葉に英語のことわざ、
「A rolling stone gathers no moss」がある。
元々は、日本の「転石苔むさず」と同じ意味を持っていたらしいが、もう一つの意味を持つらしい。
それは、「一所にとどまらなければ、苔が着かずに新鮮な身でいられる」という感じだ。
苔を「老成」と解釈するか、「老化」と解釈するかで意味が正反対になり面白い。
『失われた地平線』の「シャングリ・ラ」も正に、人によっては楽園であり、監獄でもあるのだ。
読む人間の性格、年齢で色々解釈が違ってくる、面白い作品だ。
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さて、次回は楽園を飛び出し、新しい世界に突き進む女性の物語、映画『ワンダーウーマン』について語りたい。