アメリカ、ウィスコンシン州の片田舎に住むイーノックはどうやら歳を取らないらしい。CIAにもマークされている彼の正体は、地球ただ一つの宇宙人の立ち寄る中継ステーションの管理人だった、、、
『中継ステーション(原題:WAY STATION)』は1963年の作品。1964年にヒューゴー賞を獲得している。
この作品は確かにSFである。しかし、語られる内容は
日々、愚直に、孤独に、仕事を続ける人間の物語である。
「何のために毎日生きてるんだろう…?」とか
「生きる為に働くハズが、働く為に生きている…」とか
ちょっと悩んでいる人に読んで欲しい。
ささやかな勇気をもらえるハズだ
以下ネタバレあり
スポンサーリンク
-
顧みられずとも
イーノックは南北戦争で北軍に従事した経験もある元軍人。故郷に帰って父母を亡くした後、中継ステーションの管理人にスカウトされ、100年の長きに渡り勤めを果たしてきた。
イーノックは、ステーションとして改造された家の中にいる間は歳を取らない。しかし、それでも毎日の散歩はかかさない。
変わりゆく季節と風景、動植物に喜びを見いだし、馴染みの郵便配達人のウィンズロウと挨拶を交わす。そういうささやかな毎日を楽しみにしている。
近隣の住民は、歳を取らないのはおかしいと思いつつも、敢えて干渉はしない。イーノックの方も、散歩時に猟銃を持ち歩いていたりして「話かけるな」オーラを出しつつ、自らのイメージを作っている。
そんなイーノックの管理するステーションには、銀河の旅人が中継点として、あるいは泊まりで立ち寄る。そんな彼達と会話し、もてなし、地球より優れた文化や数学に触れる。
イーノックは仕事の守秘義務上、誰にも話せないが、それでもいつかは人類の役に立つハズと旅人に教えを請い、日記を付け続ける。
自ら応用した統計学のチャートで、人類が戦争に向かう危機的状況にある事に嘆きつつも、銀河同盟の社会に受け入れられれば、それを回避する方法もあると信じている。
イーノックは長生きをしているが、特別な能力があるわけではない。我々と同じ、日々の仕事を真面目に、しかし、地球の同胞には誰にも感謝されずに勤めているのだ。
-
イーノックの二律背反性
そんなイーノックは常に、背反する2つの事に悩まされる。
銀河同盟の為に仕事をし、それに誇りをもちつつも、地球人としての帰属意識を強く感じている。
外国を旅すると、故郷の事を強く意識する様になると言う。イーノックの場合は、旅人と多く接する事で逆に自らの地球を強く意識する様になる。
また、戦争を恐れ、平和を望んでいながら、自己イメージの象徴として銃を利用し、射撃の訓練を積んでいる。
そして、自らの無聊を慰める為、空想の親友や女性を作りあげながらも、それが幻覚であるが故に、必要としながらも心から愛する事が出来ない。
イーノックは常に思い悩んでいる。それでも、それぞれに彼なりの決着を付けていく姿を見ると、我々と同じ等身大の人物なのだと共感出来る。
人生において、社会的に大きな事を成し遂げたり、運命の恋人に出会ったりする人はそういない。
人は皆、野望や夢を持ちながらそれを叶えられず、自らの手の届く範囲で妥協し、己の領分を知る。
しかし、それを敗北と思い悩む事はない。
むしろ、愚直と言われても毎日を真面目に過し、細やかな事に幸せを見いだす事が肝要なのだ。
そうすれば、いつか積み上げてきたものが報われる日が来る。そう信じて生きる事が、希望なのではないだろうか?
私はこの『銀河ステーション』を読んでそう思った。
-
ユリシーズについての覚え書き
ユリシーズという名前について。
作中では南北戦争の北軍の将軍、ユリシーズ・グランドが由来であると言われている。
しかし、やはり本読みとしてさらに思いつくのが
ホメロスの『オデュッセイア』由来のユリシーズと
ジェイムズ・ジョイスの小説『ユリシーズ』である。
「宇宙を巡る旅人」という意味合いにおいて、おそらくこれらの「ユリシーズ」とも掛かっているのだと思う。
スポンサーリンク
さて、次回はゾンビが蔓延しささやかな毎日が崩壊してしまった世界、小説『パンドラの少女』について語ってみたい。