北アイルランド、ベルファスト。近所の人は、みんな知り合い。平和に楽しく、少年時代を謳歌していた9歳のバディの生活は、1969年8月15日を境に一変する。
プロテスタントの過激派が、町からカトリックを追い出そうと襲撃を仕掛けたのだ、、、
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監督は、ケネス・ブラナー。
本作にて、第94回アカデミー賞、脚本賞を受賞。
他の監督作に、
『ヘンリー五世』(1988)
『から騒ぎ』(1993)
『ハムレット』(1996)
『マイティー・ソー』(2011)
『エージェント:ライアン』(2014)
『オリエント急行殺人事件』(2018)
『ナイル殺人事件』(2022) 等がある。
出演は、
バディ:ジュード・ヒル
マ(母):カトリーナ・バルフ
パ(父):ジェイミー・ドーナン
グラニー(祖母):ジュディ・デンチ
ポップ(祖父):キアラン・ハインズ
ウィル:ルイス・マカスキー
モイラ:ララ・マクドネル
ビリー・クラントン:コリン・モーガン 他
監督のケネス・ブラナーは、
ベルファスト出身。
自身の少年時代を思い起こし、
それを元に制作したのが、
本作『ベルファスト』です。
そんな本作、
出演者、スタッフも、
アイルランド出身者が多いという拘り様。
グラニーを演じたジュディ・デンチはイギリスのヨーク出身ですが、
パを演じたジェイミー・ドーナン、
ポップ役のキアラン・ハインズ、
ウィル役のルイス・マカスキー、
本作の音楽を手掛けたヴァン・モリソンがベルファスト出身、
マを演じたカトリーナ・バルフ、
モイラ役のララ・マクドネルがアイルランドのダブリン出身です。
作品としては、
監督の幼少期が作品の原風景としてあります。
確かに本作は、
監督の個人的な思い入れの詰まった作品でしょう。
しかし、
本作の上手いところは、
その描写・内容に、普遍性があるところです。
冒頭、
現代のベルファストをカラーで写し、
その後、
メイン舞台である、1969年のベルファストへと移ります。
すると、白黒のモノクロ映像へと変化。
作品の全篇が、
9歳の少年、バディの目線で描かれる事になります。
9歳という年齢は、
自我を獲得しつつも、
自らが、死や苦悩といったものを理解しきれていない、
精神的には、未だ無垢なる状態です。
しかし、
否応無く、状況は変わって行く。
彼の周囲には、
初恋(?)
両親の喧嘩、
父の出稼ぎ、
借金問題、
暴動、
親に絡む悪漢、
親戚の死、
生まれ故郷からの引っ越しの決断 etc…
様々な出来事が巻き起こります。
安心・安全だった幼少期は、
自我(家庭内)を蝕む、
社会との軋轢を経て、
いつしか、終わりを迎えてしまうもの。
この無垢なる幼年期の描写と、
家庭外、社会から押し寄せて来る不安の相対関係が、
どの人の思い出にも通ずる所があるのではないでしょうか。
どの人にも共通する、
普遍性がある。
この描写は、
その脚本の内容もさることながら、
モノクロ映像という懐かしさ、
そして、
やや上向きの部分が多い、バディ目線の映像という、
視覚的な手法も、
その効果を発揮していると思われます。
また、
本作の脚本は、
コロナ下における自粛期間に、
ケネス・ブラナーが執筆したとの事。
ケネス・ブラナーは言います。
「本作は、ある種のロックダウンを描いた作品である」と。
宗派の違いで社会が不安に陥り、
行動が制限され、家族の安全が脅かされ、バリケードが立てられた、
この状況が、
パンデミックに晒された社会にも通ずる所がある、と。
本作は、ロックダウン中に脚本が書かれたという事で、
意図してか、無意識なのか、
確かに、その影響を受けているのでしょう。
しかし、
それだけでは無く、
現在、世界を不安に陥れている、
ロシアのウクライナ侵攻をも思い起こさせる所があります。
北アイルランド紛争は、
歴史も長く、根が深いものです。
以下、パンフレット4ページの、
「北アイルランド紛争の歴史背景」(佐藤泰人・著)の文章を参考にしてまとめてみます。
16世紀、
アイルランドに入植、勢力を拡大してゆくイングランドによって、
土着の多数派、カトリックを、
少数派のプロテスタントが支配するという構図になりました。
1922年、
アイルランドは自治権を獲得(アイルランド自由国)するのですが、
全島が独立した訳では無く、
プロテスタントの勢力の強い北アイルランド6州は、
アイルランド自由国からの独立を宣言、
「北アイルランド」としてイギリス領に留まり続けました。
1960年代、
カトリックとプロテスタントの抗争が激化、
ナショナリスト(アイルランド全島で一つの国家となる事を目指す)と
ユニオニスト(北アイルランドがグレートブリテンと連合している状況を維持)の
分断へと繋がり、
その後、30年以上に亘り闘争が続いて行きます。
1998年、
ベルファスト合意により和平交渉がなされ、
2007年には、
北アイルランドでのイギリス軍の活動は終了しました。
しかし、
現在も緊張は保たれており、
築かれた高い壁が象徴するように、
分断と闘争の火種は残されています。
この様に、
北アイルランドの歴史を振り返ってみると、
ロシアのウクライナ侵攻の今後を予見するかのような様相を呈しており、
劇場公開時期と相俟って、
本作の普遍性が、
非常に予見的な、タイムリーな作品になってしまった感があります。
しかし、
本作の描写は、
決して、暗いものでは無く、
不安や困難があっても、
愛や絆や、歌やダンス、
人生における楽しさの謳歌も、同時に描いています。
それは決して、
無垢なる幼年期だから得られるものというだけでは無く、
日々、苦悩に見舞われながらも、
何気ない日常に喜びを感じる、
人々の人生賛歌でもあります。
『ベルファスト』では、その冒頭で、
3つの「ベルファスト」が描かれます。
それは、
現代のベルファスト
1969年の、平和なベルファスト、
次の瞬間、その平和が襲撃によって崩されたベルファスト
の3つです。
これは、監督の目線で見た、
ベルファストの3つの風景でもあります。
永きに亘った闘争を経て、
現代、平和を獲得している、その状況に感慨無量なのではないでしょうか。
監督=バディの家族は、
紆余曲折を経てベルファストから脱出します。
本作ではラスト、
祖母のグラニーが、
「行きなさい、振り返らずに」と、
家族を見送る場面で物語が終わります。
劇中では、
グラニーはベルファスト出身ですが、
グラニーを演じるジュディ・デンチは、
イギリスのヨーク出身。
アイルランドの外から来た人間が、
アイルランド出身者の旅立ちを、一人残って見送るという構図に、
人生の「おかしさ」と、
旅立つ者へのエールが感じられます。
期せずして、
非常にタイムリーな作品となった『ベルファスト』。
それは本作が、
普遍的な人生の機微を描いている、
証左と言えるのではないでしょうか。
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『ベルファスト』のポイント
観る人の、誰の思い出にも届く幼年期の描写
北アイルランド紛争と、ロシアのウクライナ侵攻
普遍性が予見的に思える、その脚本、描写の素晴らしさ
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