灯台守のトムは妻のイザベルと孤島で二人暮らし。つましくも幸せに暮らしていたが、二人には子供が居ない。ある日、島にボートが流れ着いた。その中には赤ん坊がいて、、、
映画『光をくれた人』の監督はデレク・シアンフランス。
『ブルーバレンタイン』(10)と
『プレイス・ビヨンド・ザ・パインズ/宿命』(12)で映画ファンの心をわしづかみにした。
原作はオーストラリアの作家M・L・ステッドマンのデビュー作『海を照らす光(原題:THE LIGHT BETWEEN THE OCEAN)』
トム役はマイケル・ファスベンダー。今現在、まさに脂の乗りきった俳優である。
イザベル役はアリシア・ヴィキャンデル。『エクス・マキナ』等に出演していた。彼女は今、売り出し中の女優である。
最高のスタッフ、キャストがそろった本作。公開日が3月31日から5月26日に延期され、焦らされた事もあり、ハードルは上がりに上がっていた。
そのハードルを見事に越えてきた。
今から観に行くならティッシュ箱を用意する事をオススメする。
泣かせにくるのが分かっていても、やっぱり泣いてしまう。この愛の物語、是非あなたもご覧頂きたい。
以下ネタバレあり
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愛の選択の物語
シアンフランス監督の一作目『ブルーバレンタイン』は男女の恋愛の物語である。二作目『プレイス・ビヨンド・ザ・パインズ/宿命』は父と子の物語であった。
そして本作『光をくれた人』のテーマは何か。それは、選択の物語。とりわけ、愛の選択の物語なのである。
そこに注目してストーリーを振り返ってみよう。
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トムとイザベル
1918年、戦争を生き延びたトムは母国オーストラリアに帰国し灯台守となる。この戦争は第一次世界大戦の事であろう。
絶海の孤島、ヤヌス島で業務と雑用をこなすトム。海に鎖された半径160キロ以内に他人は居らず、風と波と灯台だけを相手にする孤独は如何ばかりであろうか。作業の手を止め、遠くを見つめるトムの心中を苛むのは戦争の記憶か、絶対の孤独か。
そんな冷え切ったトムに光をあてたのがイザベルだ。天真爛漫な彼女との交流で、ぎこちなかったトムに人間的感情が戻ってくる。
二人は結婚し、ヤヌス島で幸せに暮らす。だが、2度の流産でイザベルはその快活さを失ってしまう。
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ルーシー
そんな折り、島にボートが流れ着く。ボートには既に息絶えた男性と赤ん坊が乗っていた。
嬉々として保護した赤ん坊の世話をするイザベルに、トムは事件の報告をする旨を語る。すると、赤ん坊に情が移ったイザベルは半狂乱となりトムにすがりつく。「だまっていましょう」と。他の人は2人目の赤ん坊も流産した事はまだ知らない。私達の赤ちゃんとして育てましょう、と。
イザベルの心は、2度赤ん坊を失った痛みで既に壊れていた。理を以て諭すトムにイザベルは情で訴える。正直に報告すべきか?しかし、自らの心を救ってくれたイザベルを無碍には出来ない…
結局、トムはイザベルの願いをくむ。男性を埋葬し、ボートは海に返す。そして、赤ん坊をルーシーと名付け自分達の娘として育てる事にする。愛ゆえの決断であった。
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手紙
二人はルーシーを愛し慈しむ。おそらく、最も幸せな時だっただろう。
ルーシー2歳の洗礼式の日、トムは墓地でとある女性を見かける。彼女が参っていた墓の墓碑銘で、その夫と赤ん坊こそが、昔日のルーシーと男性だったと悟る。哀れに思ったトムはその女性、ハナに手紙を出す。「娘は愛されて育っています」
さらに2年後、灯台建造40周年の式典でハナと直接話したトムとイザベルは、彼女がボートで海にでた夫と娘をなくし、今も悲嘆に暮れている事を知る。遂にルーシーの生みの親を、二人とも知る事となった。打ち明けるべきだというトムに対し、イザベルは拒絶する。
結局、ハナには何も告げずに、ルーシーを連れ二人はヤヌス島に帰る。しかし、既に幸せは色あせ、心は不安と罪悪感で蝕まれてしまう。
だが、トムは再びハナへ手紙を残していた。それは、かつてルーシーが流れ着いたボートで見つけた、銀のアクセサリーだった。
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それぞれの選択
そのアクセサリーが鍵となり、ルーシーこそ、ハナの娘グレースだと判明する。連行されるトムは、自分が全てやったと警察で語る。罪悪感に耐えられなかったトムは敢えて見つかるように証拠を残していた事、そして、罪は自分が背負うとイザベルに宣言していたのだ。
しかし、警察はさらに、ハナの夫フランクの殺害をも疑っていた。その事実をトムは否定するも、ルーシーを失う事のになった夫の行動を許せないイザベルは、トムの弁護を拒否する。かくして、トムの重罪を言い渡される。しかし、トムはそれを静かに受け入れる。
一方、ルーシーたるグレースはハナに全く懐かず、トムとイザベルを恋しがる。二人を求め家出をし、波打ち際にて発見されたグレースを見てハナは悟り決断する。「自分と居るよりグレースには幸せな場所がある」と。そして、ハナはイザベルに会い、こう告げる「トムの罪が確定し、収監されたらグレースはあなたに託します」と。
だが、土壇場になって、イザベルは自分の証言を覆し、告白する。「自分の願いにトムは従っただけです」
イザベルの心にもまだトムへの愛は残っていた、、、
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噛み合わない選択と伝わる想い
トムは常に理性的、常識的に振る舞おうとする。しかし自分の人生に喜びをもたらしてくれたイザベルの事となると、その常識的判断に反した決断を下してしまう。
ルーシーを自分達の子供として育てると決断する一方で、本当の親のハナの苦悩をどうしても無視出来ない。イザベルの望みを裏切ってまで、罪と罰を贖おうとする一方、嘘を吐いてまでイザベルを守ろうとする。
トムの心は千々に乱れているが、その根底には常にイザベルが居る。
イザベルは情熱的、直情的だ。その選択にはブレがない。トムを警察に売ったのは愛ゆえの行動であり、トムを救ったのも愛である。
自分からルーシーを奪ったトムの行動をイザベルは許せない。ルーシーへの愛が強すぎて、失ったやり場の無い怒りをトムにぶつけてしまっていた。
しかし、トムの手紙を読み、自分の愛の根底にトムが居る事を思い出す。トムを最後まで見捨てさえすればルーシーが手には入るという、その際になって、得る事になる愛より、失ってしまう愛の大きさと重さを知る。彼女はトムを選ぶ。
ハナもまた、愛ゆえに決断をする。
長年求めていたグレース(=ルーシー)が、やっと帰ってきた。しかし、自分との生活にグレースの幸せは無いと思った時、自分の想いよりもグレースの想いの方を優先し、手放す決心をする。
しかし、グレースを自分に向けようと躍起になっていた時は空回りしていたのに、手放そうと決心し行動した事で、逆にグレースを自分に近づける事となる。
皆が、相手の事を想い、愛ゆえにつらい選択をする。しかし、その選択は成就せず、だが、相手を想う気持ちだけは伝わる。
愛ゆえに呼んだ悲劇はしかし、愛ゆえに救われる事となる。
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ラストに思う事
トムは自らの罪悪感に耐えきれずハナに証拠を残したわけだが、もし完全無視していたらどうなっていたか?トムは自分の為というより、イザベルの為も思って罪を贖う選択をしたのだと思う。長い年月積み重なる罪悪感に、あのままではイザベルは耐えられなかっただろう。
実際のラストでは、イザベルは死の間際になってまで、自らの行いを悔いていた。しかし、悔いていたのはハナへの罪悪感、報告の義務を怠った事で、トムへの愛、ルーシーへの愛、そして自らの選択には後悔はなかっただろう。だからこそ、最期に未来への希望を語る手紙を残せたのだろうと信じたい。
それは老年になり、一人になってなお光とともにあったトムの穏やかな表情にあらわれていると思う。
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設定あれこれ
まず、ルーシー。海から来るモノというのは、大方、陸地に富と豊穣をもたらすが、反面よくないモノも連れてくる。愛と悲しみを等しくもたらしたルーシーは、その民話的伝承を思い起こさせた。
また、冒頭に出てきた蘊蓄であるヤヌスの語源がこの物語を象徴していた。ヤヌスとは一月(January)の語源であり、ヤヌス神からきている。一月とは前年と新年との間で分かたれ、揺れる存在だと。
正に、局面毎において選択を迫られ、気持ちが揺れるトムやイザベル、ハナの運命を暗示している。
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スタッフ補足
あの印象的なヤヌス島は、ニュージーランドのクック海峡に実際にあるキャンベル岬の灯台だそうだ。これを探し当てたのは、『ロード・オブ・ザ・リング』や『ホビット』でロケーション・マネージャーを務めたジャレド・コノン。
衣装デザインを受け持ったのはエリン・ベナッチ。『ブルーバレンタイン』『プレイス・ビヨンド・ザ・パインズ/宿命』他、ニコラス・ウィンディング・レフン監督作品の『ドライヴ』『ネオン・デーモン』なんかでも仕事をしている。どの作品も鮮烈な印象の作品だ。
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個人的関連作品
赤ん坊を巡る話、また、愛ゆえに恐ろしい事が起こる映画『真夜中のゆりかご』なんかも別のベクトルで共通点がある。
生みの母と育ての母で揺れる作品にゲームの『エルミナージュⅡ』なんかも思い出した。これまた名作である。
人生は選択の連続である。悩んで選び、決断しても必ずしも正しい答えにたどり着く訳では無い。それでも、そこに想いがあるのなら、相手に伝わらなくても精一杯心を込める事が必要なのではないだろうか。
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さて、次回はこれまた、とある選択と決断をする男の話『マンチェスター・バイ・ザ・シー』について語ってみたい。