ファンタジー小説『風の名前(3巻)』パトリック・ロスファス(著)感想 青春の大学時代

 

 

 

さて、『風の名前』の3巻だ。本巻は丸々大学の話である。ストーリーの進展というより、クォートが如何にして大学内で存在感を増していったのか、その課程が描かれている。そしてメインは、クォートの思う美しいもの。音楽と、彼の思い人の話だ。

受難続きだった人生に光があたる

 

なかなか気持ちいいシーンがあるが、それがいつまで続くのか、ちょっと不安もはらんでいる。

 

以下ネタバレあり


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  • これ、もしかして終わらない?

1、2巻のペースで行くと、3巻ではもっと先まで進むのかと思っていた。しかし、これはどうやら全5巻が終わっても語り部クォートの現在まで追いつかない様な気がする。
第一部では大学の話がメインになるのか?それだけ力を入れたいパートなのだろう。

  • 愛するものの話

本巻ではクォートと愛するものが話のメインになっている。音楽と思い人だ。

困難、受難を自らの機知で乗り越えても、「大学で学ぶ」という現実に対処するには先立つものがいる。お金である。クォートはお金を稼ぐ手段として「音楽」を使う。その演奏会のシーンは中々に迫力がある。盛り上がりあり、波乱ありでグイグイ読ませる。そして、認められ、祝福を受けるシーンでようやくホッと一息つける。いい場面だ。

さて、余談だが、大学の勉強、修行、工房での仕事、リュートの練習でクタクタのクォートを友人が心配する場面がある。やつれた彼を心配して、友人は勝手にクォートの予定に空白を作る。限界ギリギリで走ると、いつか「折れる」と心配したからだ。この様な友人は本当に有り難い。
私の場合、過労で倒れた時、上司も同僚も友人も家族も誰一人心配する者はいなかった。その時は「倒れる自分が情けない」と思ったものだ。しかし、その後2度目3度目と倒れる事になるのだが、そうしてやっと気付いたのだ「これはおかしいぞ」と。
懸命に走っている時、自分の状況が見えなくなる事がある。後から見たら明らかにおかしいと分かるのだが、それを客観的に伝えて、本人の不興を買ってでも止めてくれる人間はそういない。あなたの側にそういう人がいるなら、是非大事にして欲しい。

閑話休題。

  • 愛しき人の話

そして本巻一杯、ラストまで引っ張ったのが思い人の存在である。愛する人がいるよ、その話をするよ、するよとほのめかしつつ、敢えて避けて焦らしてから、やっと出会って盛り上げる。中々にくい演出である。
3巻の人物紹介のページを見て欲しい。わざわざ女性の名前をずらっと並べているのだ。「さぁ、思い人は誰でしょう?あててご覧なさい」と言っている様なものである。この中に居ると、ヒントを出してくれているのだ。親切である。名前を忘れていても思い出せる。
そして、相手の事を語るクォートが、またくさい。かなりのロマンチストである。バストにツッコまれる様子が面白い。

  • 今後の予想

しかし、物事上手くいきっぱなしのハズがない。今後の波乱が予想される。
彼女を巡ってソヴォイと対決しそうだし、アンブローズも気になる。謎めくエロディン師匠と、今後どう絡むのか?(p.104のシーンはお気に入りだ)それに、アルダー・ウィンやアウリがどうしてそうなってしまったのか、その原因は何なのか?命名術とはそれほど危険なのだろうか?
ストーリー的には大きな進展は無かったが、ちょっと気になる事があった。クォートが歌った『サヴィエン・トラリアード卿の歌』はアミルについての歌だ。この歌はイリエンが作り、歌い継がれたという設定の様だが、何故その存在が許されているのか?この歌はチャンドリアンの抹消すべき標的ではないのか?つまり、アミルの事は語れるが、ランレの歌は無理、という事なのかもしれない。

 

どうやら、次巻以降も大学篇が続きそうだ。長いシリーズものになりそうなので、腰を据えていきたい。

 

こちらは前巻

 

 

 


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さて、次回は、愛を語った映画『光をくれた人』について語りたい。