映画『帝一の國』感想 ふんどし太鼓に、マイムマイム!君も参加してみないか!?

 

 

 

名門、海帝高校に主席で入学を果たした赤場帝一。政財界に多数のOBを輩出するこの高校で生徒会長になる事は、日本の総理大臣になる為の絶対条件であった。「自分の国を創る」その野望を胸に赤場帝一は海帝生徒会長を目指す、、、

 

 

 

原作漫画『帝一の國』の一年生編、1~7巻までの内容を中心に上手くまとめて映画化した本作。監督永井聡、主演の赤場帝一役に菅田将暉を据え、同年代の若手俳優が多数出演している。

学園内権力闘争を過剰に、しかし真面目に演じているだからこそ面白い。

 

笑いあり、ドキドキのストーリーありで初見から原作ファンまで等しく楽しめるハズだ。

 

以下ネタバレあり

 


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  • 原作付き映画の方向性

原作付き映画の名作には、そのベクトルに二つの方向性がある。一方はは原作を忠実に再現する事。もう一方は原作の設定を用いてオリジナルの物語を作る事だ。前者の名作は『ロード・オブ・ザ・リング』、後者の名作に『ダークナイト』が挙げられる。
(ちなみに2時間で収まらない原作をブツ切りで再現しつつ途中からオリジナル要素を入れて強引に終わらせる様な映画は駄作が多い)
本作『帝一の國』は原作の名シーンを再現しつつ、設定や構成にオリジナル要素を含んで映画としてまとめている。映画としては原作再現派だ。その、再現っぷりがいい。

 

  • 過剰さ故の笑い

『帝一の國』は原作漫画での、生徒会長を目指す帝一の徹底ぶり、その目的に向かう猪突猛進が面白かった。その突き抜けた過剰さはほとんどギャグの域にも達し、読み手は意図せず笑いを誘われる。(同様の漫画として『北斗の拳』や『賭博黙示録カイジ』がある)
だがこの笑いはキャラクターが真面目だからこそのおかしみである。

そして、映画『帝一の國』は、その要素をちゃんと理解して映像化している。
その際たるは大鷹と入試問題で勝負するシーンだ。内部入試でトップだった帝一は、難関といわれる外部入試をクリアした大鷹に挑むべく自らも同条件で試験に臨む。その答え合わせの場面。
原作では自分一人でやったそれを、映画では父との掛け合いに変更している。これが、いい。国語、英語、数学、理科、社会と自分と大鷹の点数を照会する度に一喜一憂し叫び、歓喜し、くずおれ、脱力する。帝一役の菅田将暉も父役の吉田鋼太郎もあくまで真面目だ。真剣に感情をむき出しにして叫び合っていたからこそ、その過剰さ迫真さが観客の笑いを生む
映画オリジナルのこのシーンは、原作の良さを映画スタッフがちゃんと理解していたからこそ生まれた名シーンである。

 

  • 出演者

この映画の男子のメイン出演者は大体1993年生まれでまとめられている。(森園億人役の千葉雄大は4年上、榊原光明役の志尊淳は2年下)この男子特有の連帯感が、この映画では良い方向に行ったのであろうか。
また、原作の再現度で言うと、金髪ハーフという難しい設定のキャラを難なく演じた間宮祥太郎初め、担任や校長も似ていてニヤリとさせる。
白鳥美美子役の永野芽郁もよかった。映画『俺物語!!』でも感じたが、地味目ながらも独特の魅力がある。不思議だ。
ちなみに、生徒会長の堂山圭吾を演じた木村了は、舞台『帝一の國』では赤場帝一を演じている。

 

  • 原作からの変更点

目立つ変更点としては、帝一が自らの国を作る、そのきっかけの動機がある。原作では純粋に、自分が安心してピアノを弾く為であるという思いが強く、映画では家族の諍いの方にもシフトが置かれている。
その為、父子の関係も少し違う。漫画では常に頼りになる、苦しい時に支えてくれる理想の父親像だったのに対し、映画では頼りになるし、厳しくもあるし、人間的な弱さや失敗もする、より一般的な父親となっていた。

 

原作を尊重しつつ、しかし、映画として破綻せぬよう上手くアレンジしてまとめた本作は、初見も、原作ファンも同様に楽しめるいい作品になっていると思う。

 

映画のキャストが集まったスピンオフドラマ!!

 

こちらは原作漫画

 


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では、次回はその原作である漫画『帝一の國』について語ってみよう。