映画『22年目の告白 ―私が殺人犯です―』感想  浅ましき野次馬根性に猛省を促す!!

 

 

 

かつて日本中を震撼させた東京連続絞殺事件。時効成立から7年を経た2017年、突然その犯人・曾根崎雅人(藤原竜也)が名乗りを上げた。手記を出版し、メディアにも露出する曾根崎の狙いとは、、、

 

 

監督は入江悠。他の監督作に
『SR サイタマノラッパー』(2009)
『ジョーカー・ゲーム』(2015)等。

原作は韓国映画の『殺人の告白』(2013)

主演は藤原竜也。
『バトル・ロワイアル』(2000)
『デスノート』(2006)
『藁の楯 わらのたて』(2013)等
個性的な役が多いが、今回も藤原竜也氏らしい役だ。

共演に伊藤英明。
他出演に夏帆、野村周平、岩城滉一、仲村トオル等。

さて、連続殺人犯が手記を出版する。
ある年齢以上の日本人なら、この事にあの事件を否応無く思い起こされるだろう。

本作『22年目の告白 ―私が殺人犯です―』は

出演者の熱演とサスペンスストーリーで迫力の映画になっている。

 

しかし、それ以上に

興味本位で他人の不幸に土足で踏み込む野次馬の浅ましさ

 

を見事に活写している。

それほどまでにこの映画は

非常にリアリスティックなのだ。

 

社会的問題を多く盛り込み、非常に見事な脚本が出来上がっている。

この映画を観る場合は、その辺りをちゃんと意識して頂きたい。

 

 

以下ネタバレあり

 


スポンサーリンク

 

 

  • 「神戸連続児童殺傷事件」

勿論、浅ましい野次馬とは、この映画を観に行った私やこの映画に興味があるあなた自身の事である。

絶対安全な場所からホラーやサスペンスや他人の不幸を眺めるのは、暗い愉悦がある

本作『22年目の真実~』は韓国映画『殺人の告白』を原作にしているが、その導入部は明らかに「神戸連続児童殺傷事件」の影響も見て取れる。

連続殺人犯の曾根崎雅人が手記を出版する。これはどうしても酒鬼薔薇聖斗と名乗った元少年Aが手記『絶歌』(2015)を太田出版より刊行した事を思い出す。
『絶歌』の出版について、太田出版の見解。)

「少年犯罪の異常性を犯人側から見直す」という大義名分があるが、「下衆の興味本位を煽って金に換えている」という事実もまた存在している。

「表現の自由」「言論の自由」「出版の自由」。これらを振りかざす権利があるのは、他の自由を侵害しない場合に限るのではないか。
それでも、権利を主張するなら、どのラインまで戦えばいいのか、何かを表現する場合常に留意すべき点である。

 

  • 観客に突き付ける現実

そして、この映画はそのラインを突いてきている。

映画の興味を引くとっかかりとして、神戸連続児童殺傷事件のイメージを利用しているのだ。

これは非常に上手い、反則スレスレの手である。

『絶歌』には嫌悪感から手がでなかった面々にも、フィクションというフィルターを通せば訴える事が出来るのだ。

しかし、見事に好奇心で釣られた面々は見事なカウンターを喰らう事になる。

時効成立後に突然名乗り出た曾根崎にマスコミは群がる。そして、サイン会やTV出演を果たす。

これを、『22年目の告白~』を観に来た観客はフィクションだと笑えないのだ。
何しろ、自分がこの「神戸連続児童殺傷事件」を思わせる『22年目の告白~』を観に来たという事実があるからだ。

もし、元少年Aが顔出ししたら、群がるマスコミと共に注目してしまうのでは?TVに出演したら、それを興味本位で見てしまうのではないか?

自分こそ、興味本位で群がる下衆の一人そのものではないか?この認め辛い不都合な真実に、この『22年目の真実~』の観客は直面する事になるのだ。

  • 練りに練られた脚本

私としては、導入部のセンセーショナルさが一番印象的であったが、本作『22年目の告白~』の見所はそれだけでは無い。

時効関係の時間軸の練られた設定。
あっと言わせる曾根崎の真実と執念。
「阪神淡路大震災」「神戸連続児童殺傷事件」「刑事訴訟法改正」等、社会問題になった出来事をふんだんに盛り込んだテーマ性。

観る人によって様々な興味の焦点を提供する本作は、なかなかの傑作と言えるだろう。

 

 

 


スポンサーリンク

 

さて、次回は少女の不安定な空想に焦点が当たった作品『処刑人』について語りたい。