幻想・怪奇小説『ルクンドオ』エドワード・ルーカス・ホワイト(著)感想  悪夢から抽出された、恐怖の顕現!!

 

 

 

フォン・リーテンと共に大森林地帯に分け入り、ピグミー族を探していたシングルトン。彼等は、旧友のラルフ・ストーンが隊長を務める隊に所属する、エッチャムと出会う。エッチャムが言うには、ストーンの体調が思わしくないらしい、、、

 

 

 

 

著者はエドワード・ルーカス・ホワイト
アメリカ出身。
教職に就きながら、
歴史長篇や怪奇短篇小説を著する。

本邦でも短篇集や雑誌などで作品が多数紹介されており、
今回、翻訳での初単行本が、ナイトランド叢書にて刊行された。

 

 

 

と、いう訳で、
ナイトランド叢書の新刊、
エドワード・ルーカス・ホワイトの『ルクンドオ』です。

「ナイトランド叢書」お得意の、
20世紀前半に活躍した作家の紹介ですが、

本作の作者は、アメリカ出身です。

とは言え、
その面白さはいつも通りのクオリティ。

 

さて、
作者のエドワード・ルーカス・ホワイトはこう言っています。

本作は、
「私の悪夢をそのまま描いた作品集なのだ」と。

正に、その通り、

悪夢ならではの不条理に満ちた恐怖短篇集、

 

それが、
本作『ルクンドオ』です。

しかし、
本人は「悪夢そのまま」と言っていますが、

驚くべきは、その構成力。

悪夢的な不条理感を残しつつ、

恐怖小説としての完成度が、
どれも高い、

 

そんな印象を受けます。

 

本作の収録された作品は、

恐怖短篇をメインに、

幻想作品、
ファンタジー的なロマン小説と、

面白さの方向性が似たジャンルを集めた、
バラエティー豊かなラインナップです。

正に、
目眩く感覚に誘われる、

そんな印象を受ける事になる、

『ルクンドオ』は、そんな一冊と言えるでしょう。

 

 

  • 『ルクンドオ』のポイント

悪夢的な不条理感溢れる恐怖小説

オチへと至る、作品の構成力の面白さ

緩急あるバラエティ豊かなラインナップ

 

 

以下、内容に触れた感想となっております

 


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  • 悪夢的な面白さ

本作『ルクンドオ』は、
作者エドワード・ルーカス・ホワイト曰わく、
「悪夢をそのまま描いた」作品集だとの事です。

しかし、
その作者の謂いを、そのまま受け入れて良い物か?

作品の完成度の高さに舌を巻きます

 

本作に収録されている作品群は、
怪奇短篇小説を愛好する人が読むと、

何となく、
オチが読めてしまう作品が多いです。

そういう意味では、ひねりの無い、
素直に「悪夢」を顕現させた、
王道的な面白さの作品集だと言えます。

 

しかし、
オチが読めても、本作に収録されている作品は面白い

何故か?

それは、
本作の収録作の構成の完成度の高さに拠るものだと思われます。

 

作者は、
「観た悪夢を、そのまま描いた」と言っています。

これはつまり、
「観た」ものを、
「小説」に落とし込む際、

夢を観ている間は当事者ですが、
それを小説にする「夢から覚めた自分」は、一歩引いた立場へとシフトしていると言えます。

そこには、
ある種の「第三者目線」が生まれ、
作品にメタ的な面白さを加える事になります。

この、「夢を小説化する」
というワンクッションによる「客観的視点の導入」が、

作品の面白さの完成度を高める一因となっている、

そんな印象を受けます。

 

  • 収録作品解説

それでは、『ルクンドオ』に収録されている、
全10篇の短篇を、
簡単に解説してみようと思います。

 

ルクンドオ
不気味で印象深い作品。

結局ストーンの人面疽は、呪いを受けたというより、
自己の中から湧き出て来た後悔や罪悪感といった負の感情の象徴であって、
その内面的な苦しみ、悪夢に、
他人を巻き込んでしまっている、
と言えます。

人面疽は、
身から出た錆、という訳です。

ストーンは、自分独りで苦しんでいる間は、
その負の感情に何としてでも抵抗するという姿勢を見せていました。

しかし、
身内以外の部外者にも、自分の無様な様子を晒した時、
彼は死を選びます。

他人を自己の内面の闘争に巻き込む訳にはいかない、
といった所でしょうか?

この短い間に、
色々と要素が詰め込まれている、読み応えのある作品です。

 

フローキの魔剣
幻想小説家は、バイキングネタがお好き。

ヒロイックファンタジーであり、
北欧神話的な運命論によって回っている作品ともいえます。

本作のみ、
他人の夢を参照にしたとの事。

さて、
本作での p.61 の描写、
国家や共同体を外から眺めた場面がありますが、
その視点が、現代日本にも当てはまっている事に、
何とは無しに皮肉を感じます。

 

ピクチャーパズル
「世にも奇妙な物語」的な幻想小説。

作品に流れる雰囲気で、
ラストはハッピーになるのか?バッドエンドなのか?と、
オチが読めない辺りに面白さがあります。

会話をしても成り立たなかったり、
根拠の無い幸福感で、目の前の現実を忘れる様子が描かれたり、

不幸な事件が起こった後の、
家族の歪な雰囲気のリアルな描写も秀逸です。

 

鼻面
読んでいると、
「何処かで読んだ事あるなぁ」と思っていたら、
荒俣宏・編の『怪奇文学大山脈』の第二巻に収録されている作品でした。
この「山脈」を発掘して行くだけでも、
怪奇小説愛好家には得るものが多いと思います。

さて、
作品の方は、
奇妙な雰囲気を終始湛えつつも、
劇的な因果応報が起こるでも無く終わります。

しかし、
お金を集めすぎたヘンギスト・エヴァーグレイは悲劇的な最期を迎え、
盗人である「語り手」は不幸な生活を送っている、

欲に関わった登場人物が全員不幸になる感じに、
夢ならではの無常観があります。

 

アルファンデガ通り四十九A
前半の軽快な雰囲気が一変、
後半の、音を立てながら一歩ずつ忍び寄って来る不幸が、
否応の無い恐怖を呼び起こします

幸せな家庭にも、
必ず不幸は起こる、
この現実を否応無く突き付けて来る、この無情さが沁みます。

突然の不幸というものは、
被る方は、不条理そのものにしか思えません。
その様子を容赦無く描写した作品とも言えます。

 

千里眼師ヴァーガスの石版
話の展開とオチは、
怪奇短篇小説でよくあるネタと言えます。
しかし、秀逸なのは、
詐欺師を自称するヴァーガスが、
「このままの展開では、不幸なオチが待っている」という事を自覚し、
その事を再三警告するにも関わらず、
真っ直ぐに破滅へと爆走するルウェリン婦人を止められない事です。

ヴァーガスとルウェリン婦人の会話が軽快でコミカルであるが故に、
その展開とオチが引き立ちます。

明らかにヴァーガスは、
怪奇短篇小説をネタにした、メタ的な存在。
謂わば、読者自身とも言える存在です。

しかし、
作中にそういったメタ的な存在が介在しても、
不幸というものは、避けられ得ない悲劇を運んでくるのです。

 

アーミナ
忠告というものは結局、
受け入れる側がどう対応するかに拠るものなのです。

美味い話には裏がある、
先人の警告には意味があると、
その事を認識する事と、
自覚する事は違うのだと、
こういう話から教訓を得るのが重要なのでしょうね。

 

豚革の銃帯
ストレートな読み味の怪奇小説ですが、
本著の様に、ひねった感じの作品の中にあると、
「これも、オチで逆転されるのではないか?」
と、疑ってしまいます。

本作のケイスの様に、
十全な準備を施し、
日々の訓練を怠らなければ、
来たるべき不幸を退ける事が出来るハズなのです。
しかし、
常人には、これが中々出来ないから、
怪奇小説における悲劇は尽きないのです。

 

夢魔の家
本作はストレートな怪奇短篇小説。

怖いことが起こりそうで起こらない、
…と思いきや、既に起こっていた!

ある程度展開が読めても、オチの切れ味に変わりは無い作品です。

 

邪術の島
おどろおどろしい題名ですが、
分かり易く一言で言うと、社畜の話ですよね。

嫌だ嫌だと言いながら、
ここより良い場所があると知っていながら、
島(会社)から出る事が出来ない住民は、
転職を恐れる社畜の心理に酷似しています。

しかし、世界を広く見渡す事が出来、
勇気を奮う事が出来るならば、
いつでも立ち去る(辞める)事が出来る、
そんな示唆があるのではないでしょうか。

 

 

本作に収録された作品は、
物事を一歩引いた所から観察し、

「これは、こういう事だよね」
という、読み手との共通認識を意識しながら作られた印象があります。

ネタとしては、ストレートな怪奇小説でありつつも、

そこに、
一ひねり加えた「メタ目線」の面白さがあるのです。

それは、
「夢で観た悪夢」を
「小説に落とし込む」という行為により、
為し得た事なのだと思われます。

謂わば、
「怪奇小説に客観的視点を導入した怪奇小説」と言える、

『ルクンドオ』はそんな作品集であり、
今後予定されている作者の別の作品集にも、
期待が高まります。

 

 

ナイトランド叢書は下のページにてまとめて紹介しています。

「ナイトランド叢書」幻想と怪奇の海外文学

 

書籍の2018年紹介作品の一覧をコチラのページにてまとめています

 


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