サンフランシスコ発、イギリス着のモルツェストゥス号。その船には不気味な噂があり、船長以下ただ一人を除いて全員下船したという。ジェソップ達、新たに契約した乗組員により出港するが、海上で数々の怪異に見舞われる、、、
著者はウィリアム・ホープ・ホジスン。
航海士の資格を持ち、幾年も海上で過ごした著者の経験を活かし、本作他様々な海洋怪奇小説を著する。
代表的な長篇に「ボーダーランド3部作」
『<グレン・キャリグ号>のボート』
『異次元を覗く家』
『幽霊海賊』(本著)がある。
他、映画『マタンゴ』の原案となった『夜の声』、
『幽霊狩人カーナッキの事件簿』等がある。
航海士の資格を持つ著者ウィリアム・ホープ・ホジスン。
その彼の経験を存分に活かしたのが本作『幽霊海賊』である。
その内容は、題名にて想像出来る通り、
航海の途上にて、謎の怪異に襲われる乗組員達の恐怖を描いている。
しかし、『パイレーツ・オブ・カリビアン』や『ワンピース』的にアクションバリバリで「幽霊海賊」と船上バトルを繰り広げる、みたいな内容では無い。
ホラーであるので、
怪異に遭遇して慌てふためくのが基本だ。
帆船のパーツの専門用語が多数出てくるが、それにより
まるで実話の様な雰囲気と臨場感がある。
著者の実体験を活かしたであろう本作。
じっくり丁寧でかつ、面白い「海洋怪奇小説」の決定版とも言える内容である。
以下ネタバレあり
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海上の実話怪談!?
本書『幽霊海賊』は、実際に何年も航海に従事したという著者・ウィリアム・ホープ・ホジスンの面目躍如といった内容である。
「海上」という逃げ場の無い、ある意味「ソリッド・シチュエーション」においてジワジワと忍び寄る怪異。
そんな限定された状況なのに、怪異のバリエーションが豊かだ。
影が見える、
音が聞こえる、
帆が勝手にほどける、
マストから人が落ちる、
灯が消える、
何かに触られる、
霧の中で、誰かが、何かと争っている、
皆が皆、何かがおかしいと気付いておりながら、手をこまねいている、、、
まるで、船が舞台の「実話怪談」を集めた様な感じを受ける。
まず、帆船の専門用語がふんだんに使われている事がある種のリアルさを生み出している。
そして著者自身の海上での実体験、
また、聴き集めた怪談を小説としたからであろうと思われる。
そういう、「聴き集めた怪談」的な雰囲気がこの作品には漂っている。
正に、「海洋怪奇小説」専門家ならではと言える作品である。
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恐怖の茹でガエル状態
『幽霊海賊』ではイキナリバン!!と怪物が出て来たりはせず、ちょっとずつ怪異が積み重なってゆく。
これが質が悪い。
気のせいだ、人のミスだ、見間違いだと常識に囚われた判断を繰り返している内に、徐々にのっぴきならない状況に陥ってしまう。
そして、明らかに「怪異」だと認識するに至っても、その頃にはそれが常態となってしまい、危機感が薄らいでしまっている。
これは正に、恐怖にならされた「茹でガエル」状態であるのだ。
*茹でガエルとは、
熱湯に入れたカエルは直ぐに飛び出すが、
水から徐々に温度を上げると茹で上がるまでカエルは出てこない、という例え話による。
つまり、ゆっくりとした変化は、それが致命的なものであっても気付かず破滅へと向かってしまうという警句である。
この『幽霊海賊』でも、まさにその状態である。
主人公ジェソップも、船長も二等航海士も、乗組員の皆が皆、何かおかしいと思いつつも、あえて騒ぎを起こさずしきりに平静を装おうとする。
一人、見習いのタミーのみ危機を訴えるが、「徒に不安を煽るな」とたしなめられてしまう。
一見、臆病なタミーを黙らせるのが正しい意見の様に見える。
だが結果から考えると、タミーの主張が実は一番正しかったと分かるのだ。
危機やリスクにおいては、臆病な位が実は一番生存率が高い。
状況に慣れきってしまい、迅速な対処を怠った事がカタストロフを招いた要因となってしまったのだ。
本書『幽霊海賊』は怪談としての面白さ、構成のバランスが素晴らしい。
徐々に盛り上がる形式では、ややもすれば冗長になりがちだが、そのギリギリのラインで緊張感をキープしつつラストまで描ききった。
殆ど実話との印象さえ受ける『幽霊海賊』は「海洋怪奇小説」の逸品としてオススメの作品だ。
かくしてモルツェストゥス号は5隻目の幽霊海賊船として海を彷徨うのだろう、、、
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さて次回は、限定される怪奇の状況は福岡?小説『蔵の中の鬼女』について語りたい。