小説『主の変容病院・挑発』スタニスワフ・レム(著)感想  虐殺にまつわるあれこれ

 

 

 

ナチス侵攻の足音が聞こえるポーランド。病気の父に代わって叔父の葬儀に参列したステファンを、思いがけず大学時代の友人スタシェクが訪ねて来る。成り行きでスタシェクの勤める精神病院に就職する事になるステファンだが、、、

 

 

 

 

著者はスタニスワフ・レム
ポーランドのSF作家。
本作は全6巻のレム・コレクションの最終巻である。
『ソラリス』
『高い城・文学エッセイ』
『天の声・枯草熱』
『大失敗』
『短篇ベスト10』
『主の変容病院・挑発』(本作)がその6巻である。

他代表作に
『エデン』
『泰平ヨンの航星日記』
『泰平ヨンの未来学会議』
『完全な真空』
『虚数』等がある。

日本で手に入る著作でもこれだけ豊富である。

 

スタニスワフ・レムと言えばSF作家として有名だ。
しかしメインの小説

『主の変容病院』はSFでは無い。

 

非SF小説の(いわゆるリアリズム小説)『主の変容病院』と、
架空の書籍の書評2篇、
独自の理論を開陳した評論2篇からなる。

そして、本書『主の変容病院・挑発』の収録作品に

通底するテーマとして「大量虐殺」がある。

 

スタニスワフ・レムの処女長篇『主の変容病院』と、そのテーマに合った著者の別作品を合本した本書は編者の力技といえるだろう。

SFのみじゃない。
作家スタニスワフ・レムの多様性を発見出来る一冊だろう。

 

 

以下ネタバレあり


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  • ポーランドという国家

ポーランドという国家はその成り立ち、歴史が複雑でとても一言で言い表せない。
ポーランド史は非常に興味深く、著者・レムの作家性はその影響を受けているのだろう。

本書『主の変容病院・挑発』収録作の「主の変容病院」が書き上げられたのは1948年。

第二次世界大戦時にはドイツ、ソ連の双方から侵略を受け国家が蹂躙、ホロコーストの恐怖をもつぶさに見てきたレムが処女長篇として「主の変容病院」を書いたのは必然だったのかもしれない。

 

  • 主の変容病院

レムと言えばSFが有名であるが、本作『主の変容病院』はSFではない。

それどころか、『泰平ヨンの航星日記』の様な軽妙で楽しいワンアイデアのSF小説と比べると、その読み味は全く違う。

とは言え、人間を見る目線に何処かユーモラスなものが既に見られ、その点では後の作品にも通じるものがある。

 

さて、『主の変容病院』はその導入部の何処かコミカルとも言える葬式の風景から始まる。
そこには忍び寄る不安(ナチスドイツ)を敢えて忘れてみせようとする空元気の様なものが見られる。

一方、実際に病院勤務が始まると、その空気感が少し変わる。

ステファンは病院で自由闊達で、まるでここが理想郷であるかのごとく過ごしている

自由の無い患者、確実に侵攻が進んでいる外の世界と、全く隔絶した世界を自分の中で築いている。

また、病院内の人物、スタシェク、セクウォフスキ、彫刻の男の子などは、まるでステファンのオルター・エゴであるかの様に描写される。

つまり、不幸な外の世界を締め出し、自閉的世界に囲われる事に幸せを見出しているのだ。

よってそこには他者たる存在の「女性」は存在し得ない。
スタシェク目線である時は思い焦がれる存在のノシレフスカを、主人格のステファン時は敢えて「美しいが、ただそれだけ」という人物として認識している。

そして、自閉的自分が唯一関わる他者たる女性は「母親」のみである。
ラストの描写こそ、その現れだろう。

だが勿論、自分だけ無邪気に楽園にいても、世界と他者は否応無く自分を呑み込んでゆく。

自らのオルター・エゴ達を剥がされ(ナチスに自意識を殺され)、裸になったステファンがノシレフスカの母性に向かって甘える様子はもの哀しさが漂う

 

  • 他収録作品解説

『主の変容病院』のナチスの恐怖、大量虐殺というテーマに合わせて他の4篇も選ばれている。

ジェノサイド』は架空の書籍の書評という態を取っている。
扱われているのは「虐殺論」とも言える内容で、テロの恐怖、北朝鮮の脅威など、正に今現在の世相を読み解くのにも役に立つのが凄い。

人類の一分間』も架空の書籍の書評。
…しかし個人的に言わせてもらうと、実際にその内容の書籍があっても私は全く興味が無い。
よってツッコミは入れども特にそれ以上の内容を見いだせなかった。

創造的絶滅原理 燔祭としての世界』では、理論が勝ちすぎて、私が理解するには難し過ぎた。

二十一世紀の兵器システム、あるいは逆さまの進化』は本書で最もSFしている。
兵器史の話がいつの間にか架空の歴史にすり替わっているのが驚きの面白さだ。
「ボクの考えた最強兵器」「ボクの考えた戦略」が開陳されているのが微笑ましい。

 

 

SF作家のイメージが強いスタニスワフ・レム。

本書の評論的な4篇を読むと、レムが該博な知識を持ち如何に物事をよく考えていたのかという事が分かる。

今までとは違う一面を見せつつ、しかし、こういう面があるからこそ諸作品を支えてきたという証左であるのだろう。

 

 

 

 


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さて、次回は事件の真相は見た目とは違う?映画『エル ELLE』について語りたい。