遭難した宇宙船「ノーマッド」の生存ガリー・フォイル。唯一の密閉空間であるロッカーの中で命脈を繋ぐ事、実に五ヶ月以上。広大な宇宙空間で、遂に同系列の会社の宇宙船と行き交い、救援信号を発するが、しかし、その船はフォイルを無視して通り過ぎた。その瞬間から、復讐に燃える人生が始まる、、、
著者はアルフレッド・ベスター。
翻訳されている作品はいずれも評価が高い。
『破壊された男』(第1回ヒューゴー賞を受賞)
『虎よ、虎よ!』(本書:オールタイムベストSFとの評価もある)
『ゴーレム100』(2007年のSFが読みたいランキングで海外篇2位)
また、短篇集に
『イヴのいないアダム』がある。
SFの名作として名高い『虎よ、虎よ!』。
本書は
SF・アクション・アドベンチャーである。
「ジョウント」というテレポーテーション技術が車の運転レベルで実用化された未来において、
縦横無尽に暴れ回る復讐者の活躍が描かれる。
SFであるというのは舞台設定、その本筋は
奇想天外な冒険物語である。
最近のSFにありがちな、訳の分からぬ独自理論だけで押し切るタイプでは無い。
読んで楽しい、物語としての面白さに溢れた本作『虎よ、虎よ!』。
高すぎる前評判で敬遠し、逆に読まないのは勿体ない。
評判通り、いや、評判以上の傑作と言えるだろう。
以下ネタバレあり
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ワイドスクリーン・バロック
本作『虎よ、虎よ!』は、SFのジャンルで言う所の「ワイドスクリーン・バロック」である。
ワイドスクリーン・バロックとは何か?
Wikipedia等を参照にすると、元々はブライアン・W・オールディスが、チャールズ・L・ハーネスの『パラドックス・メン』を評して言った言葉らしい。
その定義をざっくり言うと
「時間や空間に囚われず縦横無尽に飛び回り、奇想天外でスケールの大きい謎や陰謀とドラマチックな展開が待つ物語」である。
主な作品としては、
『非Aの世界』A・E・ヴァンヴォークト
『カエアンの聖衣』バリントン・J・ベイリー
『タイタンの妖女』カート・ヴォネガット
そして本書
『虎よ、虎よ!』アルフレッド・ベスター
があげられる。
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物語を読む面白さ
本書『虎よ、虎よ!』は面白い。
具体的に言うと予測不能の面白さである。
つまり、理知的に物語を予想すると、それを斜め上に裏切ってくる来るのだ。
何故か?
それは、主人公のガリー・フォイルがあまりにも脳筋過ぎるからである。
全てに怒り、計画を立てていながら、事態に対しては場当たり的な即興で対応する。
この混乱具合が面白いのだ。
さらに、アイデアのつるべ打ちである。
短篇のみならず、長篇を何冊か作れる位のSFアイデアを惜しげも無くぶち込んでいる。
テレポーテーション、復讐劇、人体改造、謎の物質、謎とサスペンス、嘘と裏切り、そして実験的タイポグラフィ(文字印刷)。
これらの要素が、ゴッチャと斜めにかしぎながらもお互いに支え合う支柱のようにして、『虎よ、虎よ!』という一つの物語をしっかりと支えている。
この一見まじり合わない様な要素が、一つの物語として見た時には強固な面白さとなって統一されているという奇跡のバランス。
復讐劇を中心に、色々な舞台、謎と陰謀へと次々と目まぐるしく展開していく様が、読者の予想の範疇を超えているのだ。
しかし、そこに理不尽さは感じない。
むしろ、物語を読む面白さ、楽しさに溢れていると言える。
人の好みは色々ある。
私はこういうSFこそが読みたいと常々思っている。
今流行の「眼鏡かけたヒョロガリが理論をこねくり回しているだけ」のSFも、時には面白い。
しかし、「SFアドベンチャー」の様な作品を、もうちょっと評価してもいいんじゃないかと思うのだ。
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虎よ、我が復讐を受けよ!
『虎よ、虎よ!』の基本のストーリーラインはガリー・フォイルの「復讐劇」である。
しかし、その復讐の対象が次々と変わって行くのが面白い。
宇宙船《ヴォーガ》それ自体→
《ヴォーガ》の乗組員→
命令を下した人物→
人に命令を下すという立場、それ自体
野望の無い小市民として生きていたフォイルは、危機に直面し、復讐心で「虎」と成る。
それは、人を顧みずに、自らの行いに驀進する事で周囲を否応無く従わせるエネルギーを持つ存在。
人類や世界の発展の為に、力を振るう一方で、義務と責任を課された存在である。
しかし、最後はその概念にすら復讐を果たす。
全ての人間に自己責任と決断を迫る様な世界を作りだし、皆に等しく「虎」と成る機会を与える。
そして自身はその世界へと新しく生まれ変わる為に眠りにつく。
世界に必要なのは、
平穏だが固着した「秩序」か?
野蛮だが変化に満ちた「混沌」か?
永遠のテーマだが、
ガリー・フォイルが夢見たのは、皆が等しく「混沌」の力を持つ故に、安定した「秩序」を得た世界と言えるのかもしれない。
前評判だけが高く、実際読んでみると大した事ないのはままある。
やはり、作品を評価するには、他人任せにすべきで無く、自分で読んで評価を下さねばならないのだ。
だがからこそ、数ある失望の中から現れる「評判以上の作品」に出会えた時の喜びはひとしおである。
本作『虎よ、虎よ!』はそういう希有な作品なのである。
*著者アルフレッド・ベスターによる
『破壊された男』
『イヴのいないアダム』
も解説しています。
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さて次回は、奔放な想像力が独特の世界へと誘う、漫画『アイスバーン』について語りたい。