漫画『蟇の血』近藤ようこ(著)感想  不条理こそが恐怖の源泉!! 

 

 

 

高等文官を目指す三島は、その試験の準備で訪れた保養地にて儚げな女性に出会う。彼女の身の上話を聞き、男女の仲になり、同棲する事を自らの先輩に報告に行った帰り道、三島は道に迷ったという女性に出会う、、、

 

 

 

 

著者は近藤ようこ
色々な原作を積極的に漫画化しています。
代表作に
『水鏡綺譚』
『ルームメイツ』
『夢十夜』
五色の舟』等がある。

 

原作は田中貢太郎
寡聞にして存じませんでしたが、明治時代から昭和初期を生き、怪談の蒐集にて有名だったそうです。
近々、著作の
『日本怪談実話』
『戦前の怪談』(「蟇の血」収録)*発売予定(03/19)
が復刊されます。

 

今回、近藤ようこが選ぶ原作は「蟇の血」。

原作はおろか、作者自体をも知らない作品。

しかし、

「近藤ようこ」という、
原作を漫画化するのが上手い作家のチョイスなら期待が持てます。

 

謂わば作家買いでありましたが、これがどうして、面白かったです。

本作『蟇の血』は

幻想怪奇譚。

 

怪談風に始まる冒頭から、

徐々に不条理な恐怖の世界へと入り込んで行きます。

 

静養地で出会い、深い仲になった女性。

夜、彼女が待つ下宿に帰る途中に道に迷ったという女性を送って行きます。

さっさと帰るハズが「いいじゃありませんか」と言われ屋敷に上がり、あれよあれよと長逗留になります。

戦前に編まれた怪談ですが、

迷い、辿り着いた先の屋敷で恐怖の体験をするという、
まるで現代のハリウッド映画の様な展開。

 

正統派なホラー作品と言えます。

読み味は「ぬちゃっ」とした粘液質な感じ。

意味が分からない、だからこそコワ~イ作品。
それが『蟇の血』なのです。

 

 

  • 『蟇の血』のポイント

不条理な幻想怪奇譚

如何様にも取れる解釈と意味の広さ

優しい「いい人」はつけ込まれる

 

 

以下、内容に触れた感想となります


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  • 解釈は人それぞれ!?幻想怪奇譚

本作『蟇の血』は説明を省いた、簡潔な物語となっています。

静養地で出会った女性の素性は?
三島が誘われた事に意味はあるのか?
「蟇の血」を飲んだらどうなる?
何故「蟇の血」なのか?
冒頭の先輩と三島の会話が無かった事になっているのは何故?

ざっと挙げただけでも、これだけ謎が残っています。

しかし、それは作中では明かされず、
この説明不足感、意味不明さが、ひたすら不条理な恐怖を煽って行きます

ですがむしろ、この説明は蛇足だと切り捨てた構成こそが本作の味であり、解釈を読む人間に委ねているのが面白い所です。

この、語られぬ理由に、読者は自身の恐怖を描写し作品を完成させるという形を採っているのです。

 

  • 「いい人」につけ込んだ動物霊の恐怖!?

では、私の解釈をちょっと語ってみたいと思います。

あくまで個人的な意見なのだと御了承下さい。

 

本作『蟇の血』は三島が動物霊につけ込まれる話です。

まず、静養地にて気になる女性に声を掛けましたが、これは相手が声を掛ける様に仕向けていたからと考えられます。

つまり、自分から声を掛けたつもりが、相手の「誘い」にまんまと釣られた形だと思われます。

この時点で女性(狐)に悪意があったのか定かではありませんが、三島は、いわゆる狐憑きの状態になっているのです。

 

夜の道、先輩宅から帰宅途中、門燈が怪しく回転します。

これは、怪異の始まりを告げるサイン(兆候)と考えられます。

(閉ざされた空間にて爬虫類(蛇)が餌(三島)を追い詰めるイメージ)

そして、道に迷った女性に出会います。
この描写が怖いですね。

夜道で見知らぬ人に行き交ったら、確かに顔が影に隠れて、言いしれぬ恐怖を感じる時はがあります。

正に、本作のp.52はそれをズバリ表現している、ゾッとする絵です。

その女性の姉の家に誘われますが、その時も(ユウガオかヨルガオの様な気がします)が不気味にざわめいています
これもサインです。

実は、怪異が起こるとサインが明白に表われているのですが、三島はスルーしてしまっているんですね。

 

なし崩し的に屋敷に上がり、「奥様」の相手をする事になります。

(奥様の着物の柄にも意味があると思いますが、花に詳しくないので分からないのが残念です)

ここで、三島は物語における三つの禁忌を犯します

1:相手の要求を受け入れてはいけない
三島は奥様の「友達になって」という要求を受け入れてしまいます。

2:相手の出した食べ物を食べてはいけない
三島は勧められた飲み物を口にしてしまいます。

3:相手に自分の持ち物を渡してはならない
三島は上着を取られてしまいます。
(その前に、既に帽子を渡していますが)

三島は「奥様」とその一族(蛇)に付け入る隙を作ってしまっているのです。

 

蛇も狐も憑依型の動物霊として最メジャーな存在です。

既に狐憑きの状態だった三島は、故に蛇を呼び寄せてしまう状態でもあったと言えるでしょう。

 

ハリウッド映画よろしく、一旦は逃げ出した三島は、「蟇の血」を飲まされている虜囚を見かけます。

何故「蟇」なのかと言うと、これは「蛇に睨まれた蛙」状態にする為
つまり、相手の体に「蟇の血」を混ぜる事で、「蛇」である自分達の言う事を聞く様にまじないを掛ける意味合いがあったのだと思われます。

「蟇の血」を飲む事は、動物霊の餌食になる事を表しているのです。

途中、何やらの肉(?)を蛇の撒き餌していたのは、勿論用済みとなった犠牲者の肉です。

 

ラスト、三島は蛇を受け入れず、結局は餌食となってしまいます。

ですが、その場に女性(狐)がいたのは何故でしょう?

おそらくは、女性(狐)は蛇が放った撒き餌だったのだと思われます。

狐に捕まった男性をたぐり寄せ、蛇は犠牲者を釣っていたのでしょう。

狐が言った「主人が意外な素振りを(p.48)」のシーンは、回想では男の描写ですが、
真実は蛇の「奥様」に利用されている事を表していたのかもしれません。

だから、狐である自分が「蛇」如きに使われている現状に絶望して、「私は死ぬるより他にこの体を置くところがありません」と言ったのだと思われます。

結局は、使われている自分も、用済みとなれば殺されると知っていたからですね。

最後は、餌で使った「狐憑き」の状態が解けなかった三島をアッサリ諦め、蛇は彼を餌食にしてしまったのだと思われます。

 

先輩と三島との会話が無かった事になっているのは、
海岸の静養地で女性(狐)に会った以降の出来事が全て、蛇の術中に嵌った夢物語のお伽話であったからなのです。

「今の世の中にこんな馬鹿げたことのある筈がない(p.39)」というセリフは、そのものズバリ、
今の世に居なかった(=幻に掛かっていた)という事を表していたのです。

 

 

美人がいて、声を掛けたら、深い仲になったなんて、うまい話があるはずも無く

三島は自身の無警戒さと、はっきりと断れない優柔不断さで、まんまと餌食にされてしまったのですね。

 

勿論これは私の解釈なので、人に拠っては如何様にも物語が拡がるものだと思います。

詳しく語られないからこそ、無限の解釈が出来る懐がある。

そういう「読み」が楽しい作品、それが『蟇の血』なのです。

 

『蟇の血』が気に入ったなら、近藤ようこの名作、『五色の舟』もオススメです。よろしければ、こちらもご覧になってください。

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