漫画『五色の舟』原作:津原泰水 漫画:近藤ようこ 感想  夢幻にたゆたう「還るべき場所」への郷愁

 

 

 

見世物小屋の巡業一座である、僕と桜、昭助兄さん、清子さんにお父さん。特別な存在である僕らは、川辺の舟で寝起きしている。ある日、お父さんが「くだん」の噂を聞き、仲間へと迎える為に岩国まで皆で向かう事になった、、、

 

 

 

津原泰水の幻想短篇小説『五色の舟』を、
近藤ようこが漫画化したのが本作。

原作の小説は、「SFマガジン」700号記念のオールタイム・ベスト企画で、国内短篇作の1位となった。

漫画の方は、第18回(2014年)文化庁メディア芸術祭のマンガ部門で大賞となった。

 

先の見えない大戦の只中、異形の存在として世間とは隔絶した生活を送る一家の物語。

原作はSFとして高い評価を得ているが、読み味は

幻想怪奇譚。

 

SF的な要素もあるが、それをファンタジーとして物語にした印象の作品だ。

そして、この幻想譚を漫画化したのは、近藤ようこ。

夢と現実がたゆたい、その境界が曖昧な世界

 

に近藤ようこの絵が良く合っている。

家族の在り方、
夢と現実、そして幸せとは一体何なのか?
そして「くだん」が語る未来とは?

水面の様に美しく、しかし曖昧に移ろうこの物語は読了後に忘れ難い印象をもたらし、もう一度最初のページをめくる事間違い無しの作品となっている。

 

 

以下、内容に触れた感想となっています


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  • 「くだん」とは?

くだん」とは漢字で書くと「」であり、
その字の如く人と牛の合体した生き物である。

人面牛体、また牛頭人の存在であり、
災厄の直前にそれを予言する為に生まれるとか、
未来を予言し、その後に死ぬとか色々設定がある。

簡単に言うと、
凶事+未来予知をする人牛が「くだん」である。

最初に「くだん」が描かれたのは天保7年(1836年)の瓦版と言われる。
その後、災害や飢饉、戦争で世が乱れる度に目撃情報が挙げられるようになる。

第二次世界大戦中も岩国市(山口県)の下駄屋に生まれたとの噂が立ち、戦争の終結を予言したと伝えられる。

この『五色の舟』の舞台設定はその辺りの時節なのであろう。

 

  • 幸せとは認識である

和郎の一家は見世物小屋の一座である。
皆、身体的に常人とは違う特徴を持ち、世間からはぐれてしまった者達である。

しかし、その五人の共同生活に、和郎は何ら後ろめたいものは感じていない。
むしろ、自分は特別な者なのだと、ある種の誇りを胸に生きている。

これは、驕りでは無い。
ただ、和郎はその生活しかしらず、しかし、それが幸せであるから自然に湧いてきた気持ちであるのだ。

なので、この生活が破られようとする予感(=予知夢という形での「くだん」の干渉)に怖れおののく。
家族が居て、安心出来る場所で暮らしているからこその幸せであるので、お父さんが「舟に乗り」「変わって」しまったとしたら、そこにはもう幸せは無くなってしまうのだ。

だが、運命は皮肉である。
夢では、舟を乗り換えるのはお父さんや昭助兄さん、清子さんのいずれかだったハズが、
実際に舟を乗り換えるのは、いつもは残されていた自分たち(和郎と桜)であった。

ここ(p.161,162)がこの物語のクライマックスである。

「くだん」に導かれる先の世界、どの様な世界がいいかと問われ、
お父さんは「ふたりが長く幸せに生きられる世界」
清子は「和郎が学校へいけるところ」
桜は「ほかのみんなも幸せに」と言う。

そう、これらの願いは「送り出す方が持つ希望」なのだ。

送り出すお父さんや清子さんが考える「二人が幸せに生きられる世界」であり、
当の送られる桜の考える「ほかの皆が幸せに生きている世界」であるのだ。

よって、厳密には和郎や桜自身が幸せと考える世界では無かったのだ。

つまり、
お父さんや清子さんの様に自分たちの境遇が不幸と知っている方は、せめて和郎と桜は幸せに生きてくれと二人を希望と願いを込めて送り出すのだが、
当の送られた方は、自分たちが望んだ訳では無い世界で、その中で疎外感を持ち「書き割りの中で役を演じている」かの如くに生きているのだ。

和郎と桜は元の世界で幸せに生きていた。
近い未来に死が待っていたとしても。

二人は思う。
新しい世界へと送り出した方に「幸せで生きてくれ」という希望が残り、
送られた自分たちは、その残った希望をまぶしく、懐かしく見つめているのだ、と。

幸せとは、自分がそう感じるところにある。
和郎と桜の思いは、元の世界にある。
だがら死んだら、きっと元の世界に還ると信じて生きている。
それが、二人の希望なのだ。

 

 

原作が傑作であるのは今更言うまでも無い。
だが、この情緒を見事に漫画として描ききった近藤ようこも素晴らしい。

第一話のセリフが二重に重なる演出。
読んでいて「?」となるが、読み進めると納得出来るのが面白い。

これらを初め、いざ漫画化しようとしたら難しかったであろうが、
このねじれた幸せの有り様が哀切な世界を形作り、奇妙な円環構造を以てラストから最初へと回帰してゆく様は忘れ難い印象をもたらす。

傑作短編小説が、
傑作漫画として再生される。

この幸せにため息が出る作品である。

 

津原泰水の原作小説『五色の舟』収録の短篇集はこちら

 


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さて、ファンにとっては新刊が出るだけでも幸せ!?諸星大二郎の漫画『雨の日はお化けがいるから』について次回は語りたい。