唐と倭国に挟まれた国、蕃東。時は臨光帝の御代、降り続く雨の中、竜の卵が発見された。竜の誕生と昇天は、珍しいイベント故、これ幸いとばかりに皆が集まってくる。身分の低いものも、高いものも等しく集まり、しかしある程度の秩序が保たれていたが、、、
著者は西崎憲。
ファンタジー小説の執筆や、海外小説の翻訳など手広く活躍している。
代表作に
『世界の果ての庭 ショート・ストーリーズ』
『飛行士と東京の雨の森』等がある。
本作『蕃東国年代記』は、
唐(中国)と倭国(日本)の間の日本海に存在する架空の国、「蕃東」を舞台にした物語。
いうなれば
平安朝ファンタジーといった感じです。
作品の雰囲気は、夢枕獏の『陰陽師』と似ています。
しかし、架空の国の強み、
平安時代を基調に、想像力を存分に広げた世界観が描かれます。
短篇4篇と中篇1篇からなる構成、
登場人物は緩やかにつながっている位で、
特定の人物が目立つというより、
「蕃東」という国自体を想像するのが楽しい作品です。
『蕃東国年代記』、
(日本じゃないけど)和風ファンタジーの一つとして記憶される作品です。
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『蕃東国年代記』のポイント
平安朝ファンタジー(日本じゃない)
想像の余地を残すオチ
倭でも唐でも無い「蕃東」という国
以下、内容に触れた感想となっております
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作品解説
先ずは、作品解説を簡単に行います。
『蕃東国年代記』は、短篇4篇と中篇1篇からなる連作です。
雨竜見物
竜が生まれる!!
という魅力的な設定だが、クライマックスではさらりと描写されるのみ。
むしろ、見物をする準備段階のワクワク感や人物描写を、架空の国である「蕃東」という場所で再現したという印象です。
霧と煙
霧の中で水上を往く。
何となく三途の川のイメージが湧き、
何やら「悪魔の取引」が成されるが、まさかの取り立て不履行というオチ。
海林にて
百物語怪談風の物語。
虚々実々の描写が鮮やか。
有明中将
本人はのほほんとしていても、周りが盛り立ててくれる人、いますよね。
しかし、その魅力に囚われ、執着しすぎると破滅してしまうというのは、何事にも当てはまります。
気獣と宝玉
本書で一番長い100ページ程の中篇。
婚姻の許可を求める為に苦難に挑む系統の話であり、
言うまでも無く『竹取物語』のインスパイア作品です。
宝物を求め冒険を敢行する、王道的な面白さがありますが、
これまたオチが辛辣。
気になるオンナノコの為にプレゼントを用意しても、
「あ、いらないワ」とすげなく断られる非モテ男子そのもの。
こんな断られ方したら、陰キャになってしまいますよ。
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寸止めの美学
『蕃東国年代記』は平安朝ファンタジーと言える作品です。
夢枕獏の「陰陽師」シリーズを彷彿をさせる読み味があります。
とは言え、全く同じという訳では無く。
特徴的なのが、「有明中将」以外のエピソードではクライマックスを否定している事です。
普通ならば、話の流れとしてもっとも盛り上がる場面があります。
竜の誕生なり、契約の取り立てなり、結婚の諾否なり、
力を入れて描写出来るハズの場面で、そこをサラリと流します。
(「海林にて」はあれでベストだと思います)
本書では、物語をクライマックスへ向けて盛り上がるものとしておらず、
むしろ、結末に至るその過程に焦点が当てられています。
それは何故か?
おそらくは、物語にて登場人物を語るより、
むしろ、舞台である「蕃東」の描写にこそ力が入れられているからだと思います。
描写される、人々の行状、風俗、文化、食生活、云々。
ここでは無い何処か、
今では無い何時か。
それを表す為に、結果よりむしろ過程の描写を印象付ける構成になっているのです。
つまり、人というミクロな視点よりも、
「蕃東」という国全体を眺めたマクロな視点が印象に残るのです。
敢えて、オチを盛り上げない。
寸止めの様な形にて、それを実現しているのです。
また、その一方、オチをサラリと流すと、読者自身がオチを補完する形で想像をたくましくする効果もあります。
嫋やかな世界観にて、様々な読みも出来る、それが『蕃東国年代記』です。
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さて次回は、様々な読みどころか、かなりの分量の短篇の詰め合わせ、『日本SF傑作選3 眉村卓』について語ります。