文化『奇跡の六番勝負 サラリーマンがプロ棋士になった日』感想  旧態依然の組織とルール、それを変える事こそが奇跡!!

 

 

 

瀬川昌司、2005年、2月時点の対プロ戦の戦績は16勝6敗。これだけの成績を収めて、何故プロになれないのか?プロになりたいという瀬川の思いが、アマ棋界、新聞社を巻き込んで、やがては将棋界を変えるムーブメントを起こす、、、

 

 

 

 

著者は古田靖
著作に
『アホウドリの糞で出来た国』
『「アイデア」が生まれる人脈』
『ライター志望者が知っておくべきおカネのはなし』等。

 

 

先日公開され、
当ブログでも紹介した映画『泣き虫しょったんの奇跡』。

本書の著者・古田靖は、
映画の脚本協力をしています。

注意点としては
本書自体が映画の原作では無い
といった点ですかね。

 

さて、

映画の『泣き虫しょったんの奇跡』は、
瀬川昌司のプロ入りまでの過程を、
物語として「しょったん目線」で描いた作品です。

一方、本書『奇跡の六番勝負 サラリーマンがプロ棋士になった日』は、

将棋のアマとプロの関係、
それを考慮した上で、

瀬川昌司のプロ挑戦という事態が、
将棋界に何を起こし、
どういう意義があったのか、

周辺の事も捉えた第三者目線の構成となっています。

 

主観目線だった
『泣き虫しょったんの奇跡』とは、対の作品とも言えます。

 

対プロ戦の戦績で大きく勝ち越していた瀬川昌司。

これだけの戦績を残しても、
旧来のルールにおいては、
年齢制限を超えた者がプロ入りする事はありえませんでした。

他の競技、
例えばサッカーや野球なら、
強いアマが居たらプロから誘いが来るのは当たり前。

瀬川自身にプロとなる意思があるのなら、
それを応援したい。

そうして発起した、
トップアマや新聞記者による「瀬川昌司のプロ化を応援する会」は、

「プロジェクトS」として将棋界にムーブメントを起こす事になりますが、、、

 

事は、将棋界の話。

しかし、描かれているのは、

旧来のルール打破に挑む者達の話でもあります。

 

 

既得権益にしがみつく者、

感情的になってしまう者、

ふって湧いた様な話に、困惑を隠しきれない者、

全くの無関心の者 etc…

旧来のルールを変える事の困難とその過程が、如実に描かれています。

 

そういう困難を乗り越えて、
瀬川昌司が挑む
プロ試験「六番勝負」の行方。

主観目線の『泣き虫しょったんの奇跡』では触れられませんでしたが、

客観的に見れば、
その対戦相手の選出にも意味とドラマがあった。

 

事態を多角的に捉えられるのが、
客観目線の面白さ。

そういう意味で、
『泣き虫しょったんの奇跡』と併せて読めば、
さらに面白い事間違い無しです。

 

将棋好きにも、
映画を観て関心を持った人にも、
そうで無くともノンフィクション好きにも楽しめる、

『奇跡の六番勝負 サラリーマンがプロ棋士になった日』は、
読んで損の無い面白さがあります。

 

 

  • 『奇跡の六番勝負 サラリーマンがプロ棋士になった日』のポイント

旧来のルールを変える事の困難さ

人脈、潮流、運

プロ試験における、一番毎の対戦のドラマ

 

 

以下、内容に触れた感想となっております

 


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  • 主観的な目線と、客観目線

映画『泣き虫しょったんの奇跡』では、
主観的な目線にて瀬川昌司のプロ化が描かれていました。

対して、
本作『奇跡の六番勝負 サラリーマンがプロ棋士になった日』は、
客観的な目線において、
瀬川昌司のプロ化の過程を描いています。

面白い事に、
同じ事態を描きながら、
その内容は全然違います

 

個人のドラマや感情を中心とした映画の『泣き虫しょったんの奇跡』。

しかし、
それを客観的に見ると、
如何に多くの人間が、
「瀬川昌司のプロ化」に関わってきたのか
その様子に気付かされます。

普段、生活していれば、
どうしても自分目線で物事を見てしまいます。

しかし、
それを客観的に見ると、

ただ生活しているだけでも、
多くの人間と社会的に関わりを持っている、

その事にあらためて気付かされます。

 

今回の事態においては、

まず、同じトップアマの遠藤が瀬川の意思を確認する形で彼のプロ化を促し、

それを応援する「プロジェクトS」が発起し、

その一員である読売新聞記者の西條が記事を書き、

そして、
それと同時期に将棋連盟の機関誌「将棋世界」に山岸による瀬川のインタビューが載りました。

 

「プロになりたい」

個人の想いを叶える形で、
これだけの人物が動く、

ふって湧いた様な話ですが、
同時多発的にイキナリ多数の人間が「瀬川のプロ化」を主張する、

この事が将棋界を揺るがします。

 

  • ルールを変える事の困難さ

しかし、
将棋のプロ化においては、
道は一つしかありませんでした。

それは、四段になる事。

四段になるには、
新進棋士奨励会に所属し、
満26歳という年齢制限までに三段リーグの上位2位以上の成績を残さなければなりません。

 

瀬川は、
かつてその三段リーグを勝ち抜けず、
年齢制限において奨励会を退会した過去を持ちます。

一度ルールによりプロになれなかった者が、
その後、アマで好成績を収めたからプロになりたいと言って、
その理不尽が通るのか?

それはルールをねじ曲げる事ではないのか?

また、
苦労して三段リーグを抜けた者達の心情はどうなのか?

そして、
三段リーグを敗退した者の立つ瀬が無いのではないのか?

一人を認めたら、
その後に大挙してアマがプロに押し寄せてくるのではないのか?

そういうルール面、感情面における懸念が
プロの当事者にはあります。

 

また、どんどん話が進む「瀬川昌司のプロ化」の是非の話において、

事態の進展を知らない当事者の将棋プロにおいては、

「知らない内に自分達が乗り越えて来たルールに異議を唱えられている」

という不信感と困惑が湧くのは無理からぬ事です。

 

感情面でも、
理屈上でも、
いきなり「瀬川昌司のプロ化」に賛成する事は難しいのは確か。

しかし、
「将棋のプロ化」を客観的に見た場合、
現行の唯一のルールのみなのは、
ちょっとおかしいのではないか?

という印象を受ける事もまた事実。

ある意味、
「俺達の乗り越えてきたシゴキを受けない者が加入する事はままならない」
という、
体育会系の部活のシゴキの悪しき伝統を毎年新人に受けさせる

というノリにも見えます。

「その厳しさがプロのプロたる矜持」

それも又事実なれど、
柔軟に物事を考えるのも重要だと思われます。

 

  • 地運と天運

こんな困難において、
「プロジェクトS」の推進者の一人、
読売新聞記者の西條は強硬姿勢にて事態の打破を図ります。

 

読売新聞は将棋会の花形の一つ、「竜王戦」のスポンサーです。

その読売新聞に限らず、
各新聞社のスポンサードにより各棋戦の興業が成り立っており、

言うなれば、
棋士の給料は新聞社が多く出しているとも言えるのが現状です。

 

当時、
将棋連盟は年間赤字を出し、
このままでは経営が立ち行かなくなるという事態に陥っていました。

何か、新しい風を吹かせる、

例えば、瀬川のプロ化に条件を出し、
プロ試験という形で興行を行うなどの行為を行うことも必要なのではないか。

また、
場合によっては、
スポンサー料の減額もありうる。

など、
硬軟織り交ぜた主張で将棋界を揺さぶります。

特にp.112~113に載っている西條の新聞記事の要約などは、
正に名文。

将棋で勝負するのが棋士なら、
文で勝負するのが新聞記者

的確に自分の主張を、
相手が納得せざるを得ない形で展開しています。

 

また、「瀬川のプロ化」と時を同じくして、
将棋連盟の理事選も行われていました。

この理事選において、
新会長・米長邦雄が誕生し、
理事会の勢力が一新されます。

この理事選と
「瀬川昌司のプロ化の是非」を問うた投票が行われたのは同日。

結果は、
新理事会が成立し、
瀬川昌司のプロ試験実施が決定されるというものでした。

 

こういう、
将棋連盟の赤字経営に伴う、理事会一新、

それによる将棋界の変化を望む機運、

そして、
プロ、アマ、新聞記事などの
将棋界内外による「プロジェクトS」の推進者による努力、

これらの
天運(運、自分以外の事態の進展、時代の潮流)と
地運(人脈や当事者の努力)が上手く噛み合い、

瀬川昌司のプロ化試験が実現したのです。

 

  • 六番勝負の対戦相手

主観視点である、映画の『泣き虫しょったんの奇跡』では詳しく触れられていませんでしたが、

瀬川のプロ試験における対戦相手の選定にも、
ある種のドラマ性がありました。

 

対戦相手を決めたのは、
将棋連盟の理事会の新会長に就任した米長の独断。

しかし、
これがまた絶妙だったと言えます。

 

六番勝負の内、
三番取るとプロ化が認められるという条件。

発表された対戦相手は
一番:佐藤天彦三段
二番:神吉広充六段
三番:久保利明八段
四番:中井広恵女流六段
五番:熊坂学四段(辞退により、高野秀行五段に変更)
六番:長岡裕也四段

の六人。

米長が言うには、
「全員でならせば、平均して四段以上の実力」との事。

しかし、その相手に
三段や女流棋士が入っている事に映画を観ている時はちょっと違和感がありました。

「対戦相手が甘いのではないのか?」
「全員四段以上のプロ棋士の方が妥当ではないか?」
と思ったのです。

 

しかし、
プロ試験を興行として考えた場合、
この人選は話題性を考慮したものでもありました。

 

一番の佐藤天彦は、
現在、将棋界の最高位の一つ、名人として活躍するトッププロ。

当時も、
三段リーグで次点を二度獲得しており、
その実力はプロに引けを取らない未プロという観点で言えば、
瀬川と同じ立場。

また、
三段リーグの現役でプロを目指す、
いわば正規のルートを辿る身としては、
特例に負けられないという意地もあったのだと思われます。

勝敗は、佐藤の勝ち。

 

二番の神吉広充はエンターテナー。

対局にもど派手なピンク統一の衣装で登場し、
瀬川の度肝を抜きますが、

勝負は瀬川の勝利。

この目立つ派手な言動が、
興行としてのプロ試験にうってつけだったと思われます。

 

三番の久保利明は10人しか居ないA級で活躍するトッププロの一人。

しかし、
アマ時代の瀬川に、敗北を喫したという過去を持ち、
「A級棋士に勝てるアマがプロになれないなんて」
という機運を作った張本人でもあります。

プロではありますが、
ある意味雪辱戦。

これは久保の勝利。

 

四番は中井広恵

女流棋士のトップですが、
女流は長らく、給料面や待遇にて将棋連盟から冷や飯を喰わされていました。

しかし、米長は
「勝敗の如何によっては、女流の地位向上も考慮する」
という趣旨の発言を行います。

これにより、
いわば「アマのプロ化への道」か
「女流の地位向上」か
という対立軸が発生、
にわかにガチンコの重みが増します。

勝負は、瀬川の勝利。

 

五番は当初、熊坂学が指名されました。

熊坂は、C級2組からフリークラスに陥落した人間。

そして、フリークラスは瀬川がプロ化した時に編入される場所。

フリークラスから抜け出さなければならない人物と、
フリークラスに入りたい人物との対立軸。

しかし、熊坂の辞退により、
五番は彼の兄弟子に当たる高野秀行が行う事になります。

高野は瀬川と奨励会同期入門。

そして、早い時期から瀬川のプロ化に賛成していた棋士であると言います。

勝負は、瀬川の勝利。

 

これにより、
三番取った瀬川はプロ入りを認められるのです。

 

映画では触れられませんでしたが、
こういう細かい設定があったと教えてくれるのは、
嬉しい発見でした。

 

 

 

旧来のルールを打ち破る形で、
35歳にして将棋のプロに成るという夢を叶えた瀬川昌司。

しかし、
その実現には自らの意思や実力のみならず、

多くの人間の配慮や行動、
そして、運も味方した末の事だったのです。

事を為す事の難しさ、
しかし、
それを実現したからこそ、奇跡とも言える、

『奇跡の六番勝負 サラリーマンがプロ棋士になった日』には、
その奇跡の軌跡が描かれているのです。

 

 

書籍の2018年紹介作品の一覧をコチラのページにてまとめています

 


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