関東平野の東部の原生林を切り拓いて造成された「万葉ニュータウン」。宅地開発が進む一方、深い森と未だ接するこの場所で、ある日子供が神隠しに会う。一人、生還した男子は、鱗がある怪人を目撃していた、、、
作者は小川幸辰。
代表作に
『エンブリヲ』
おがわ甘藍名義の
『ママはチャイドル!!』等がある。
ともすれば「消えた漫画家」と言われそうな小川幸辰の久しぶりの単行本。
本作『みくまりの谷深(やみ)』は民俗学ホラーです。
「民俗学ホラー」と言ってもイマイチピンとこないでしょう。
より簡単に一言で言うなら、
河童が暴れる漫画である。
「カッパ」というとコミカルな感じが漂うが、本作はガチです。
人間とカッパがガチバトルを繰り広げます。
ペダンティックな前半の雰囲気、からの、
後半のB級ホラー展開、これが面白いんです。
そして、民俗学的な設定を盛り込んだストーリーも興味深いですが、
舞台となる山や水辺の自然の描写が丁寧で、
絵に独特の味があるのも魅力です。
一風変わった、独特の雰囲気の漫画が読みたいと思ったら、この漫画はオススメでしょう。
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『みくまりの谷深』のポイント
民俗学的な設定が独特で面白い
絵の雰囲気が良い
女の子キャラに妙な色気がある
以下、内容に触れた感想となっています
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みくまり
『みくまりの谷深』。
先ず、題名に聞き覚えの無い単語が混じっていて、妙に印象に残りますね。
「みくまり」。
この単語を文字入力すると、変換候補に即「水分」と出ます。
この「水分」とは、「水分神」の事。
古事記のイザナギとイザナミの国作りの描写において、
「天水分神(アメノミクマリノカミ)」
「国水分神(クニノミクマリノカミ)」
が生み出される部分があります。
神話においては、水の分配を司る神との事。
「みくまり」は「水配り」の意を持ちます。
つまり、灌漑、治水に通ずる神様なんですね。
水を引き込むことで、「田の神」の事でもあるのです。
また、作中でも言及されていた通り、
「みくまり」が「御子守(みこもり)」に通じ、「安産の神」という意味にも転じていった様です。
この「みくまり」の設定に、カッパの伝承を加えたのが、本作の面白い所です。
「河童」は間引きした子供が川に流されて転じた存在と言われたり、
河川の氾濫を治める為に流された、生贄の「人形」が転じたものとも言われます。
「水分神」の持つ、生命力溢れる「正」の印象と、
「カッパ」の持つ、社会からはじかれたり、社会の犠牲になった存在という哀しい「負」の印象を同時に併せ持つ存在、
それが、本作における「みくまり」という種族なのではないかと思います。
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埜(の)
『みくまりの谷深』。
題名では「谷深」と表記されていますが、
おそらく、本当は作中の表記通りに「谷埜」と表記したかったのだと思います。
しかし、「埜」では読めないし、意味が通じない人が殆どなので、見た目で分かり易い字に代えたんでしょうね。
私も分からないタイプだったので、調べてみたら、
「埜」とは「野」と同意との事。
つまり、「みくまりの谷埜」とは、
「みくまりが住む谷と野原」という意味合いなんでしょうね。
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民俗学サバイバル
こういう民俗学的設定を盛り込む一方で、ストーリーの部分では女子供も容赦無く被害に遭います。
「みくまり」が人間を惨殺する一方、
人間の方も、(姿形、知能も人と変わらない)「みくまり」を害虫の様に駆除してゆきます。
あまりにも、生命が軽い。
しかし、この描写は、正に「負けたら支配される」という文化の衝突を如実に表したもので、
太古から続く闘争の原初的な風景を描写しているものと見られます。
互いの文化の折衝や融和を目指すより、抗争が激化し単純な殺しあいに堕してしまうのは、
欲や怒りに駆られた知性の向かう限界を見る様な思いがします。
一方で、作中、「伝統を守護する」という観点から穏健派であり、人間とみくまりの共存を図っていた「おばば」は、
双方の抗争が始まるとどちらにも肩入れせず、
かといって義憤に駆られる事も、抗争を沈めようともしません。
自分の出来る範囲までは手を尽くすが、
一度事態がエスカレートし手に負えなくなれば無理せず一歩引き「見」に回る。
ある種の諦めを持ち、自分の領分をわきまえて立ち回った人間が生き残っているのは興味深い展開です。
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B級映画的感覚
しかし、そんな設定もテーマも、
女子供も悪人も分け隔て無くポンポン殺っていく展開により、B級映画的な雰囲気の中に組み込まれてしまします。
重厚的でねっとりした展開も可能だったでしょうが、
ここは敢えてハリウッド的な劇的展開を繰り広げる事で、アクションの末のカタルシスを演出しており、
(事態は根本的には解決していなくとも)なぜか最期には意味不明のやりきった感が漂っています。
この、力押しっぷりがB級映画的なんですよね。
*因みに、ここで言う「B級映画」とは作品のジャンルであり、決して「劣った作品」という意味では使っておりません。
民俗学的な題材をエンタテインメントとして提供する。
この難しい作業を、ホラーとアクション展開により可能にした作品『みくまりの谷深』。
ストーリーやテーマ性、そして、独特の魅力のある絵柄等、人により好みの部分が色々、
そして、そのいずれかが、読む人の心をきっと掴むだろうと思わせる漫画なのである。
こちらは全二巻の後半です
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さて次回は、好むと好まざるとに関わらず、人は復讐をせねばならない、映画『スリー・ビルボード』について語りたい。