時価五万七千ドルの高級アンドロイドが人を殺した。人を傷つけられないはずなのに、何故?だが俺の財産はこのアンドロイドのみ、どうしても捨てられない。コイツを働きに出して、金を稼いで貰わなければ、、、
著者はアルフレッド・ベスター。
第1回ヒューゴー賞を受賞した『破壊された男』
オールタイムベストSFと言われる『虎よ、虎よ!』
2007年の「SFが読みたい」で海外篇2位だった『ゴーレム100』
と、読者人気の高い作家だ。
本書『イヴのいないアダム』は、河出書房新社から2004年に刊行された『願い星、叶い星』にショートショートの「旅の日記」「くたばりぞこない」を加え文庫化したものである。
追加部分は解説を含めても24ページしかない。
旧版を持っているなら無理して買う必要は無い。
題名が変わっているだけなので、購入時はよく考えよう。
勿論、未読の方は存分に楽しめる。
本書に収録されている作品は、
いかにも「SF」といった内容のものである。
タイムトラベルもの、終末もの、世界線分岐もの、これらのネタの短篇・中篇SF集だ。
取り上げる題材自体は割と普通(のSF)である。
しかし、そのオチはちょっとひねくれた物ばかりだ。
普通の題材を使っても俺ならこう料理するぜ、という作者の心意気を感じる。
長篇の実験的な作品の評価が高い著者だが、短篇でも普通に面白い。
SF好きは勿論、短篇好きにも勧めたい作品集である。
以下ネタバレあり
スポンサーリンク
-
短篇に見る作者の性格
「短篇小説」と一言で言っても、色々なものがある。
文や単語をこねくり回して読みにくいもの、
1ページ目からすんなり世界に入れるもの、
ポエム的な雰囲気重視の作品、
鮮やかなオチで唸らせるもの、etc…
分量が短いからこそ、作者の性格が作品に出ていると感じるのは私だけであろうか?
さて、『イヴのいないアダム』である。
本書の収録作品にはちゃんとオチがある。
(意外とオチの無い短篇は多い)
そのオチは唸らせるものだが、意外性というより、ちょっとひねくれた感じのラストによって印象付けている感じだ。
題材自体は、タイムトラベルもの等、割とSFではよく見るテーマである。
しかし、そういう普通の物を扱っていても、そのオチの「捻り(ひねり)」にて他に無い印象をもたらす。
これには作者の「普通の題材を扱っても、俺ならこういう作品にして凡百の物とは区別してやる」というプライドというか、心意気みたいなものを感じる。
そういう意気込みで作った作品が、つまらない訳は無いのである。
-
収録作品解説
本書『イヴのいないアダム』には、
ショートショート2篇
短篇7篇
中篇1篇が収録されている。
各作品を簡単に解説してみたい。
ごきげん目盛り
アンドロイドとヴァンデルアーの関係が、嫌っていても離れられない恋人みたいな感じで笑える。
……しかし、本当に犯行はアンドロイドのものなのか?
実は、ヴァンデルアー自身の犯行をアンドロイドの所為にしているだけでは無いのか?
そう考えだすと途端に背筋が寒くなる。
ジェットコースター
詐欺師がカモを引っかけて、それを他の詐欺師仲間に紹介しているという作品。
一難去っても、一度隙を見せれば次々をたかってくるという人災の恐怖を描いている。
願い星、叶い星
サスペンスタッチから始まり、ホラーテイストを加えたオチに繋がる。
才能を持っている者は存在するだけで、意識せずに他人に危害を加える事があるという哀しい現実を意識させる。
イヴのいないアダム
自分の所為で破滅した世界にて生にしがみつく事に意味があるのか?
オチの静謐さが沁み入る終末SFだ。
選り好み無し
人はいつでも、現状に不満を持って生きている。
しかし、その今を失った時、初めてその価値を知る事になるのだ。
……とは言え、あのラストは中々受け入れ難いものがある。
昔を今になすよしもがな
ちょっと『アイ・アム・レジェンド』っぽい世界観。
終わってしまった後の世界にて男女が出会ったのに、SEXもせずに、お互いが自分の興味ある事しか主張せず、微妙に話が噛み合わない。
この寸止め具合というか、もどかしさが面白い作品である。
時と三番街と
『バック・トゥ・ザ・フューチャーPART2』っぽい感じ。
未来の年鑑の活用方法をわざわざ教えるのはバッドエンドの布石か?と思ってしまう。
地獄は永遠に
収録作中最長の中篇(144ページ)。
著者版の『笑ゥせぇるすまん』。
「自分の希望が叶いますよ」と喪黒福造に言われても、その「欲望」が自分を幸福にする訳では無い。
作品としては、最初の段階でのキャラの掘り下げが不十分なので、単なる連作短篇的な雰囲気しか無いのが惜しい。
旅の日記
文庫版追加のショートショート。
観光をしても、安全を求めたら自国の大使館の外から出なかった、みたいな笑い話。
くたばりぞこない
文庫版追加のショートショート。
昔を懐かしむ老害。
最後の一人になっても抵抗するという気概が暴力という辺りに、虐げられた個人の限界を感じる。
収録作中では一番長いのが「地獄は永遠に」。
しかし、短篇が面白いだけに、中途半端な長さの中篇は、本書の中では一番印象が薄いというのがある意味面白い。
そして、どの作品もオチにちょっと捻りが効いていて面白い。
オチを効かせる場合にも、
膝を叩くような鮮やかさもあれば、
本作の様に捻りの効いた違和感にて印象を残すという方法も短篇にはあるのだ。
話自体はストレート、それでいて読みやすく面白い。
『イヴのいないアダム』は、これぞSFと言える短篇集である。
スポンサーリンク
さて次回は、そのアルフレッド・ベスターの長篇、名作と名高い『虎よ、虎よ!』について語りたい。