ダヴェドを治める若き大公プウィスは狩りの途上で見知らぬ土地に迷い込む。そこで出会った灰色の肌の男は圧倒的な存在感を放っていた。彼の名はアウラン。伝説の地アンヌウヴンを治める彼と誓約し、プウィスは体を交換する事になる、、、
著者はエヴァンジェリン・ウォルトン。
ウェールズ神話の『マビノギオン』の一節「マビノギ四枝の物語」を題材とした『マビノギオン物語』の4部作をしたためている。
『アンヌウヴンの貴公子』(本作)
『スィールの娘』
『翼あるものたちの女王』
『強き者の島』の4作である。
本書『アンヌウヴンの貴公子』は、ダヴェドの大公プウィスが活躍する中篇2つを収録している。
いわゆる
異世界冒険モノだが、2つには違った読み味がある。
片方はバトルもの、もう片方は知略ものである。
この世とそこに生きるもの達から、まだ魔法が失われていない時代。
その時代のカムリ(ウェールズ)において、
神話の臭いが色濃い冒険が描かれている。
ゲーム的ファンタジーではない、
現代的リアリスティックなファンタジーではない、
掟と誓約と運命に縛られた神話ファンタジー。
正にこれぞ、正統かつ王道という「物語」である。
面白いファンタジーが読みたいと願うなら、本書は絶対的にオススメである。
以下ネタバレあり
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『マビノギオン』とは?
まず最初に軽く『マビノギオン』について解説したい。
ウェールズ神話、現地の言葉でいうとカムリ神話である『マビノギオン』には大きく分けて3つの物語があるという。
「マビノギ四枝の物語」
「カムリに伝わる五つの物語」
「アーサー王の宮廷の三つのロマンス」である。
そして、エヴァンジェリン・ウォルトンが著した『マビノギオンの物語』四部作シリーズは「マビノギ四枝の物語」を題材とした神話物語である。
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基本世界設定
世界を生み出した<母なる女神>モドロン。
全ての生き物は彼女を通して生まれ、また、全ての女性生物の中に彼女はいる。
生物は死したのち、再び彼女に還元され、また生まれ直す。
長らく人は彼女を崇拝し、世界は女王の下に統べられていた。
しかし、<新しき民>が勃興し、女神を崇める<古き民>の信仰を廃してゆく。
今まで気にしなかった「誰が父親なのか」という点を重視し、男神を奉じる<新しき民>の信仰は、<古き民>と女神の信仰から徐々に力を奪ってゆく。
この、「父系」という新しい概念(征服者)が、古い「女系」の信仰(現地住民)を押しのけようとする、まさにその文化的狭間の葛藤の時代を描いている。
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プウィスの冒険
本書『アンヌウヴンの貴公子』は異世界によるプウィスの冒険、中篇2篇を描いている。
だが、その2つの話は意図する所が全然違っている。
「冥界への道ゆき」ではバトルアドベンチャーを、
「フリアノンの小鳥」では頭脳バトルを描いている。
単純だが義に篤く、名誉を重んじるプウィスは好人物で、悩みつつも困難に対処してゆく。
そして、私が感じる神話ファンタジーの醍醐味というか、興味深い点は「掟、誓約、運命」に絡め取られた登場人物達苦悩、である。
浅はかな行動、何気ない一言、一時の感情が後々身の毛もよだつ不幸の種となる。
この抗えない運命を、時には従容と受け入れ、時には否と徹底抗戦する様にドラマを感じる。
「冥界への道ゆき」では誓約を成し遂げ、
「フリアノンの小鳥」では掟を覆すべく知略を張る。
また両エピソードとも、<古き民>の奉じる神が、<新しき民>であるプウィスと絆を結ぶ話である所に深みがある。
どちらも、<新しき民>の侵略で失われつつある古き良き時代を、その<新しき民>の力によって生き永らえさせようとしている。
「冥界への道ゆき」では、<新しき民>の勃興により隆盛した「父系」の神を、その<新しき民>自身の手により食い止める自家撞着を描く。
「フリアノンの小鳥」では、<新しき民>を軽蔑し無視しようとする流れに与せず、<新しき民>の中に混じり、その内部に自分たちの芽を植え付けようという「女神」の話である。
話の外枠、テーマが似ていても、その内容がこれだけ違う。
しかも、両方面白く、2つが並べて置かれている為、その良さが増している。
さらに、何やら後の伏線も張られている様で、続がどうなるのか楽しみである。
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さて、次回はその続き『スィールの娘』について語りたい。