父を知らずに育った「私」。母は<明日株式会社>で怪しげな予言をしており、それが百発百中。お金にも男にも不自由しない生活を送っていた。私はそんな母を軽蔑し、母の男を奪おうとやっきになっていた、、、
本書『ロマンティック時間SF傑作選 時の娘』はその題名の通り、ロマンティックな読み味の時間をテーマにしたSF作品の短篇を集めた傑作選である。
編者は中村融。
収録作は
『チャリティのことづて』ウィリアム・M・リー
『むかしをいまに』デーモン・ナイト
『台詞指導』ジャック・フィニィ
『かえりみれば』ウィルマー・H・シラス
『時のいたみ』バート・K・ファイラー
『時が新しかったころ』ロバート・F・ヤング
『時の娘』チャールズ・L・ハーネス
『出会いのとき巡りきて』C・L・ムーア
『インキーに詫びる』R・M・グリーン・ジュニア
以上の9篇となっている。
時間SFと聞いたら、ちょっと難しい印象がないだろうか?
確かに、ミステリ的な仕掛けやある程度の歴史認識が必要になる作品もあって、敷居がある様に感じる。
だが、本書『ロマンティック時間SF傑作選 時の娘』の収録作はそうではない。
恋愛や男女関係、
そういうロマンティックな話を描くのに、時間SFを使っているというだけである。
アイデア的にSFの面白さを使いつつ、描くのはロマンスなのである。
時間SFとロマンティックは相性がいい。
それは、2016年の大ヒット映画『君の名は。』を観れば頷けるだろう。
そして本書には、
『君の名は。』に勝るとも劣らない面白さの作品がゴロゴロしている。
収録作の著者名を見ても、殆ど知らない人ばかり。
それは、収録作が純粋に面白さに拠って選ばれている証左である。
SF好きはもちろん、
普段本を読まない様な人にも安心してオススメ出来る強力なラインナップ。
読書の楽しみを堪能出来る一冊である。
以下、内容に触れた感想となっています
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時間SFとロマンス
本書はその収録作が全て面白いという奇跡的なアンソロジーである。
編者、中村融氏のチョイスが素晴らしい。
その中村融が解説で言うには、ロマンスSFが受けるのは日本人独特であると言うのだ。
アメリカでは、オールタイムベストSFで上位に来るのは陰謀や歴史と絡めた大ネタの時間SFらしい。
一方日本は、男女の恋愛やロマンスといった、自分の身近に感じやすいロマンティック時間SFがベストでも上位に来るそうだ。
そういう国民性(?)に気付き、正に日本人向けのロマンティック時間SFを選んで本にしようと思った中村融の慧眼が素晴らしい。
思えば、2016年に空前の大ヒットを飛ばした『君の名は。』もロマンティック時間SFである。
大所高所から大ネタを振りかざすより、
自分の身近に共感出来る恋愛系の作品の方が受けるのかも知れない。
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作品解説
全9篇の収録作を簡単に解説してみたい。
『チャリティのことづて』ウィリアム・M・リー
「私の」「僕の視覚が」「「混じり合ってる~」」
みたいな感じで『君の名は。』を彷彿とさせる。
会いたいのに会えない遠距離恋愛のもどかしさの究極系が「時間をも隔たっている」という事なのだ。
『むかしをいまに』デーモン・ナイト
私達が感じている様な、過去から現在、未来へと続く時間の流れが絶対ではないと気付かされる作品。
映画『ベンジャミン・バトン 数奇な人生』を彷彿とさせる。
『台詞指導』ジャック・フィニィ
若さ故の傲慢さが有用な時もあれば、落ち着いた人生経験が必要な時もある。
そして、経験が最も溜まるのは失敗した時である。
過去に逃したものが、最早取り返せないものなのだと、後の祭りに気付いて行く事が大人になるという事なのである。
『かえりみれば』ウィルマー・H・シラス
「今の知識で中学生からやり直したい」
「今の経験値で中学の体力に戻りたい」
誰だって一度はそう思う、俺もそう思う。
そういう妄想が実際に現実になったらどうなるか?という作品である。
…確かに、今の老練した経験値にはない、若さほとばしる才能のきらめきを無視したら、学生生活なんて送っていられないのかもしれない。
『時のいたみ』バート・K・ファイラー
10年という月日を費やし、悲劇を回避したとしても、人の気持ちは別である。
結果的には別れる事になったとしても、その過程に納得出来るかが問題なのだ。
『時が新しかったころ』ロバート・F・ヤング
正に、ロマンティック時間SF。
刊行時は初訳であったが、現在は著者の短篇集『時を止めた少女』に収録されている。
同名の長篇作品もある。
時間と空間の隔たりを乗り越える事こそが、恋愛成就のカタルシスである。
カーペンターが気になる存在のミス・サンズと会話する時、目を見ずに服の胸ポケットを見ているという描写を書ける辺り、著者のリアル陰キャ具合を醸し出している。
時間のパラドックスの説明に、英国詩人のコールリッジの話をしているが、最近読んだ『ダーク・ジェントリー全体論的探偵事務所』でも同じようなネタが使われていた。
コールリッジのエピソードは文学者に人気のものなのだろう。
『時の娘』チャールズ・L・ハーネス
完璧な構成とも言える時間SF。
アイデアがあり、それを過不足ない分量にて作品にしているのが素晴らしい。
深く考えると、頭の中がねじくれてこんぐらがって来るのが面白い。
『出会いのとき巡りきて』C・L・ムーア
生きていて何かが足りないと思う事がある。
それが運命の相手だったら、幸せな事は無い。
何故なら、追いかける喜びがあるからだ。
本作を例えるなら、
パラパラ漫画をめくっている時に気になった女性が、ページを進める毎に段々とこちらを向いてきている様な感じ。
ホラーじゃないよ、SFだよ。
『インキーに詫びる』R・M・グリーン・ジュニア
読み難い訳と分かり難い内容で挫けそうになる。
しかし、難しく考えずに、
一つの時間軸に、少年、青年、中年、老年の主人公が並列しているという、ある種のファンタジーと取れば、そのアイデアの面白さに気付けると思う。
本作『ロマンティック時間SF傑作選 時の娘』はテーマアンソロジー。
それも、「ロマンティック時間SF」と極狭い範囲に絞ったチョイスとなっているのだが、ラインナップの全てが面白いという奇蹟。
SFのアイデア部分で驚き、ストーリーのロマンス部分で読ませる。
SFファンのみならず、普段見るSFは『君の名は。』位だという人にも、万人にオススメ出来る傑作短篇集である。
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さて次回は、『うどん、きつねつきの』について語りたい。熱でダウンしているので少なめの文章です。