1939年。大学の中退を繰り返すジェリー(サリンジャー)。彼は社交界でウーナという女性に出会うが、すげなくフラれてしまう。父が劇作家のウーナの気を惹く為、ジェリーはコロンビア大学の創作文芸コースを受講すると意気込むが、、、
監督はダニー・ストロング。
脚本家を経て、本作が映画監督デビュー作。
原作は、ケネス・スラウィンスキー(著)『サリンジャー 生涯91年の真実』。
出演は
J.D.サリンジャー:ニコラス・ホルト
ウィット・バーネット:ケヴィン・スペイシー
ドロシー・オールディング:サラ・ポールソン
ミリアム・サリンジャー:ホープ・デイヴィス
ソル・サリンジャー:ヴィクター・ガーバー 他。
どんなジャンルにも、
「伝説の~」と言われる人がいます。
伝説のF1ドライバー、
伝説のボクサー、
伝説のチャンピオン…は、クイーンの曲か。
本作『ライ麦畑の反逆児 ひとりぼっちのサリンジャー』の主人公、
J.D.サリンジャーも、そのタイプ。
「伝説の作家」
として、
長くリビング・レジェンドの名を恣(ほしいまま)にしてきました。
本作は、
その伝説の作家たる、サリンジャーの生涯にスポットを当てた物語です。
その中心となるのは、
1951年に出版された、
サリンジャーの代表作であり、唯一の長篇、
不滅の青春小説たる、
『ライ麦畑でつかまえて』です。
『ライ麦畑でつかまえて』を出版するまで、
どの様な紆余曲折があったのか?
そして、
出版後、サリンジャーの人生はどう変わったのか?
その事を描いた作品です。
面白い小説を作った作者が、
面白い人間かと言うと、決してそんな事はありません。
しかし、
こうやって映画で観てみると、
サリンジャーは興味深い人物であるという、事実。
不朽の名作を作ったインフルエンサー、サリンジャー。
作者の人物像を知る事で、
作品自体にもまた、新たな視点を導入出来る。
そういう事を促す作品、
『ライ麦畑の反逆児 ひとりぼっちのサリンジャー』です。
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『ライ麦畑の反逆児 ひとりぼっちのサリンジャー』のポイント
サリンジャーの人となり
諸作品が書かれたいきさつ
後半生は、何故引きこもったのか?
以下、内容に触れた感想となっております
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インフルエンサー、『ライ麦畑でつかまえて』
本作『ライ麦畑の反逆児 ひとりぼっちのサリンジャー』は、
その題名からして、
サリンジャーの作品の中でも特に、
『ライ麦畑でつかまえて』を強く意識した作りとなっております。
本作は、
サリンジャーの半生、その人となりを描きつつ、
ストーリーの中心には、
『ライ麦畑でつかまえて』がどの様な顛末があって、如何にして生まれたのか、
そして、出版後、どの様な影響があったのか、
その事に焦点を当てて作られています。
さて、
『ライ麦畑でつかまえて』が伝説の作品と言われる所以、
その一つの要因は、多くの人間に影響を与えた事です。
その中でも、衝撃的な事件の犯人、
特に有名なのは、
1980年、ミュージシャンのジョン・レノンを射殺した、マーク・チャップマン、
1981年、ロナルド・レーガンを襲撃したジョン・ヒンクリー、
1989年、女優のレベッカ・シェイファーを射殺したロバート・ジョン・バルド、
彼達が、『ライ麦畑でつかまえて』を愛読し、
犯行後、それを所持品として持っていた事が、
社会的に大きなインパクトを与えました。
謂わば、
「反逆児の文学」として受け入れられたのです。
何故、これ程まで、熱狂的に受け入れられたのでしょうか?
『ライ麦畑でつかまえて』は、
社会の建前を受け入れられず、
それ故、孤独をかこつホールデンの物語。
そして、多くの読者が、
「これは、私の物語だ」と思ったのです。
前述の犯人のみならず、
多くの文学者や有名人、
また、
多くの作品にて、登場人物が愛読していたりしています。
そういう著名人、作品のファンから、
さらに二次的に波及していったというのが、
『ライ麦畑でつかまえて』の大きな特徴でもあります。
かく言う私も、
TVアニメシリーズの『攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX』に影響されて、
『ライ麦畑でつかまえて』を読んだクチでねぇ。
そこから、サリンジャーの諸作品、
『ナイン・ストーリーズ』
『フラニーとゾーイー』
『大工よ、屋根の梁を高く上げよ シーモア-序章-』を読み漁ったものです。
系統樹の様に多くの人間に影響を与えた作品
それが、『ライ麦畑でつかまえて』と言えるでしょう。
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本作で描かれるサリンジャー像
そんな『ライ麦畑でつかまえて』の主人公、ホールデン。
映画の『ライ麦畑の反逆児 ひとりぼっちのサリンジャー』では、
サリンジャーと、そのホールデンのキャラクター性が、
非常に近いものとして、描かれています。
作中、
ケビン・スペイシー演じる、ウィット・バーネットが、
サリンジャーの人物像について、こう評します。
「親に愛されていないと思い育った人間は、自分が孤独の天才児だと思い込む」。
このセリフは、
正に、『ライ麦畑でつかまえて』の読者傾向とマッチしたメタ発言だと思われます。
サリンジャーのファンで、
わざわざ本作を観に来た人は、
「やべ、私の事言ってる」と思わず感じた事でしょう。
そして、本作で描かれるサリンジャーも、
生涯、このスタンスで生き続ける事になります。
「他人は、自分を理解してくれない」
そう、思い続けるのです。
戦争で離ればなれになった、
劇作家で、ノーベル文学賞も受賞したユージン・オニールの娘、
ウーナ・オニールが、
突如チャールズ・チャップリンと結婚した事。
戦争体験からの、
神経衰弱、フラッシュバック。
恩人のウィット・バーネットとの確執。
また、
映画では描かれませんでしたが、
自身の短篇小説『コネチカットのひょこひょこおじさん』の映画化作品が駄作だった事。
『ライ麦畑でつかまえて』の出版後、
熱狂的なファンのストーキングに遭った事。
ニューハンプシャー州の、
人里離れた場所で隠遁生活を始め、
地元の高校生と交流を持つに至るが、
インタビューが学生新聞では無く、地方新聞に掲載された事。
元々、サリンジャーは、
裕福な家庭の甘ったれたガキ。
それが、
女の子の気を惹きたくて、
そして、
母親のおだてに乗って、
文学を始めた。
しかし、
大学の創作文芸コースで、
ウィット・バーネットに出会い、
何度ボツを喰らっても、
諦めずに作品を作り続た努力が実り、
作家として成功して行きます。
こうして見ると、
サリンジャーは、決して天才肌ではありません。
しかし、
何度ボツを喰らっても諦めなかった、
ここから見られる、
「自分は天才だから、成功しないハズが無い」
という、根拠の無い自信が、
しかし、実を結んだ。
そういう、
凡人が努力の結果、たまたま成功してしまったタイプだと言えます。
しかし、
成功すればするほど、
その諸作品を生んだサリンジャーの精神性から、
彼の実生活が離れる結果となっています。
天才肌の作家なら、
作品の成功からもたらされるライフスタイルの変化に対応し、
それでも、
作品を発表し続ける事が出来たでしょう。
しかし、
サリンジャーは、
そのアマチュアリズムというか、
自分の孤独を愛する精神性を、曲げなかった。
プロフェッショナリズムより、
作品の持つ孤独さを、作者自身が体現していた。
それにより、
世間に壁を築く事になってしまったのです。
現代でも、
何気ないTwitterでの一言が、
意図せず拡散され、炎上し、
アカウント消去に追い込まれる人間が多数見られます。
人は、
自分の発言や行動を、
他の人に知って貰いたい、
そういう自己顕示欲を多少なりとも持っています。
しかし、
凡人が望外の注目を浴びると、
自己顕示欲が満たされるどころか、
自分の意図しなかった程の反響が、
逆に煩わしく感じてしまうものです。
有名になりたくて、
有名になった結果、
逆に孤独に向かう事となる。
本作で描かれるサリンジャーは、
そんな複雑な、状況に置かれた、
しかし、一般的な人物として描かれていると言えるでしょう。
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サリンジャーと映画
サリンジャーの『ライ麦畑でつかまえて』を読んで彼の事を知ったファンは、
恐らく、他の作品も読もうと思ったハズです。
しかし、
ほんの数冊の短篇集しかでていない。
グラース家の物語は続きそうで続いていないし、
「シーモア序章」と言いつつ、
序章で終わってるし、
なんだか、東洋思想にかぶれてるし、
ちょっと消化不良な気持ちになります。
ならば、映像化作品はどうか?
それも、先に述べた様に、
最初の映画化作品が駄作だった為、
以降、
例えば、スティーヴン・スピルバーグ等からオファーが来ても、
全て断ったとの事です。
作者、サリンジャーは、
2010年1月27日に亡くなっています。
しかし、
彼の遺志を尊重してか、
未だ、作品は映画化されていません。
だが、しかし、
作品の映画化が叶わないならば、
作者自身を題材にして、それを映画化すればどうか?
本作は、そういう逆転の発想に至ったのが、
面白い所であります。
本作で描かれるサリンジャー像は、
凡庸であり、
決して、人に愛されるキャラクターではありません。
しかし、
だからこそ、
『ライ麦畑でつかまえて』の読者なら、
この孤独に向かわざるを得ない精神性を歓迎し、
哀しく感じながらも、受け入れる事と思います。
あくまでも、
『ライ麦畑でつかまえて』のファンを意識した作品、
『ライ麦畑の反逆児 ひとりぼっちのサリンジャー』からは、
そういう印象を強く受けるのです。
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これぞ鉄板、野崎孝(訳)の『ライ麦畑でつかまえて』
コチラは、映画の原作となった作品
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