映画『オフィサー・アンド・スパイ』感想  正義と言えど、必ずしも善に非ず!!

1894年、フランス。軍の情報をドイツに漏洩させたとして、スパイ疑惑をかけられ、裁判にて有罪判決を受け、軍籍を剥奪、仏領ギニアに収監される事となったドレフュス。
1895年に軍情報局局長に就任したピカールは、翌年、事件の真犯人はエステラジーだったと知る。しかし、冤罪だと報告した上司の将軍達は、それを黙殺するようピカールに圧力をかけるのだった、、、

 

 

 

 

 

 

監督は、ロマン・ポランスキー
監督作に、
『水の中のナイフ』(1962)
『反撥』(1965)
『袋小路』(1966)
『ローズマリーの赤ちゃん』(1968)
『チャイナタウン』(1974)
『テス』(1979)
『赤い航路』(1992)
『ナインスゲート』(1999)
『戦場のピアニスト』(2000)
『ゴーストライター』(2010)
告白小説、その結末』(2017)等がある。

 

出演は、
ジョルジュ・ピカール:ジャン・デュジャルダン
アルフレッド・ドレフュス:ルイ・ガレル
ポーリーヌ:エマニュエル・セニエ
ユベール・アンリ:グレゴリー・ガドゥボワ
ゴンス将軍:エルヴェ・ピエール
メルシエ将軍:ウラディミール・ヨルダノフ
ボワデッフル将軍:ディディエ・サンドル
ラボリ弁護士:メルヴィル・プポー
筆跡鑑定士ベルティヨン:マチュー・アルマリック 他

 

 

1969年、
妊娠中の妻、シャロン・テートが、
カルト集団のマンソン・ファミリーに殺害されるという悲劇を経験した
ロマン・ポランスキー。

この事件は、
クエンティン・タランティーノ監督の、
ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』(2019)にて、
再び脚光を浴びる事になりました。

 

また、1977年、アメリカにて
子役であった未成年の少女に性的暴行を加えたとして有罪判決を受け、
その翌年に国外逃亡、
パリへと移住しました。

その後も、
彼に性的暴行を受けたという人物が多数、名乗り出ており
現在でも、その事が問題視されています。

 

シャロン・テート事件では、
マスコミ報道で勝手に犯人にでっち上げられたという過去を持つ、
ロマン・ポランスキー。

また、
性的暴行にて、国外逃亡し、
その後も多数の告発も受けているロマン・ポランスキー。

 

そんな彼が、
フランスで実際に起こった「冤罪事件」である
「ドレフュス事件」を題材にして映画を撮るというのは、
また何とも、曰わくのある事じゃぁないですか。

 

 

そんな作品『オフィサー・アンド・スパイ』。

ユダヤ人の陸軍大尉であった、
アルフレッド・ドレフュスの冤罪事件を題材に、

その冤罪を、
軍側から発見したジョルジュ・ピカールを主人公に、
彼目線で事件を描く、
いわゆる、実話系の作品です。

 

本作で描かれるのは、

神聖視される絶対権力は、
過ちを決して認めようとしない

 

という事です。

 

権力というものは、
その行いを箴言、掣肘する存在がなければ腐敗し、
自らの過ちをも正当化してしまいます

 

本作では、
「軍」という権力が、
如何に、内部の構成員から守られているのか、
その様子が描かれます。

まぁ、
より有り体に言えば、

組織の構成員が、
組織を守る為に、
組織の過ちを正当化する

その様子が描かれているのです。

 

「寄らば大樹の陰」
「長いものには巻かれろ」とは、
如何にも、日本的な故事成語ですが、

古今東西を問わず、

処世術の為に、
倫理を無視する行動は、
「当たり前」として受け入れられている

その事実に暗澹たる思いがあります。

 

それ故に、
真実を追い求めるピカールの行動には、
勇気と信念が必要なのですが、

本作が面白いのは、
そのピカールが必ずしも善人として描かれていない所です。

 

正義と、善は違う

 

 

マスコミ報道によって苦しめられ、

また、

「真実の告発」によって弾劾されているロマン・ポランスキーが、

そういう作品を撮るのは、
何か、含むものを感じますね。

 

正義によって成された報道、
正義の告発、

それは、必ずしも、
彼自身の善にはそぐわない。

そこから、
今回のテーマというか、
ピカールの人物像が構成されたのかもしれませんね。

 

 

ともあれ、
こういう「実話系」の作品は、

過去の歴史から教訓を得たり、
その周辺の興味深いエピソードを知る事が、
楽しかったりします。

『オフィサー・アンド・スパイ』という作品は、
そういった視点からも楽しめる作品ではないでしょうか。

 

 

 

  • 『オフィサー・アンド・スパイ』のポイント

過ちを認めない権力と、その構成員

分断と差別

正義と善との違い

 

 

以下、内容に触れた感想となっております

 

 

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  • 過ちを認めない権力と構成員

『オフィサー・アンド・スパイ』は、
証拠不十分で起訴、
軍籍を剥奪され、
冤罪によって投獄されてアルフレッド・ドレフュスの事件を題材としています。

権力を守る為に、

過ちを認めず、
詭弁と文書偽造、
見て見ぬ振りと、ゴリ押しの両輪で
自らの正当性を主張する。

 

そんな本作に、
安倍晋三という権力者と、
モリカケ、桜を見る会を想起させられたのは、
私だけではないでしょう。

「軍事機密」を理由に、情報を開示しない、
数々の文章偽造にて、事実を歪曲、
起訴されても、意味不明の論理で裁判に勝利、

自らの過ちを認めず、
「社会的に正当な行為」にて、
強引に自らの正当性を主張する。

全く同じ事をしているなと、
気付かされます。

 

その観点から見ると、

本作にて興味深い人物は、
情報局のアンリです。

 

直接の「ポッと出」上司であるピカールには従わず、
「命令されれば、人を殺すのも厭わない、それが軍だ」と言い放ち、
文書偽造に手を染めたアンリ。

本作では、
権力、組織を守る、
典型的な末端構成員として描かれますが、

しかし、
実物のアンリは、
1898年に、当時の陸軍大臣に文書偽造を告白し、
逮捕後、獄中で自殺をしています。

 

それが、良心の呵責によるものなのか、
口封じで自殺に見せかけられたのかは分かりませんが、
彼なりの葛藤があった事は、想像に難く無いです。

権力を正当化する事によって、
そのしわ寄せが末端の人生を狂わせるというのは、

アンリや、
モリカケ問題で文書改竄を行った近畿財務局の職員、
後に自殺した赤木俊夫の様な人物を産むのは、

業が深い感じがしますね。

 

  • ユダヤ人差別と分断

『オフィサー・アンド・スパイ』は、
ピカール目線での、ドレフュスの事件の決着にて幕を閉じます。

故に、
本篇では、触れる程度で描写されるに留まっていますが、

当時の時代背景として、
ユダヤ人差別の問題があります。

 

ドレフュスが逮捕された(1894)背景には、
色々な要因があるでしょうが、

彼がユダヤ人であった為に、
差別感情により、体よくターゲットにされた面が、
間違い無くあります。

 

1886年、
エドゥアール・ドリュモンが『ユダヤのフランス』を出版。

これは、反ユダヤ主義を掲げ、
当時の社会に大きな影響を与えました。

 

作家のエミール・ゾラが、
「オーロール紙」にて「私は告発する!」を発表するのは1898年。

そのゾラは、1902年に自宅で一酸化炭素中毒により死亡しますが、
これは、事故というより、
反ユダヤ主義者による他殺説も噂されています。

 

因みに、オーソール紙の主筆であったクレマンソーは後に首相となり、
ピカールを陸軍大臣に任命しました。

 

反ユダヤ主義を掲げるマスコミと、
それを糾弾する新聞があり、
社会が分断し、ユダヤ人への風当たりが強くなります。

本作でも、
告発した「オーロール紙」とエミール・ゾラの著作を燃やす場面が描かれます。

 

この狂乱と差別、偏見を見た
ユダヤ人ジャーナリストのテオドール・ヘルツル、
そして、ベルナール・ラザールは、
後のシオニズムの形成、

ユダヤ人がヨーロッパ人と共生する事を断念、
ユダヤ人国家の設立を提唱、

これが後のイスラエル建国へと繋がって行きます。

 

こうして見ると、
「ドレフュス事件」は、
単なる冤罪に留まらず、

社会の断絶、
ひいては、
その後の、ユダヤ人迫害と血の歴史を引き起こしたという点において、

歴史的に、重要な事件であったと気付かされます。

 

  • 正義と善の違い

本作『オフィサー・アンド・スパイ』の主役は、
ジョルジュ・ピカール。

このピカールは、軍の規律を重んじ、
仕事に、信念を持って取り組んでいます。

 

アンリは、
「命令されれば、それに従うのは軍」と言いましたが、

ピカールの観点からすると、
過ちを認めないという事は、
単なる馴れ合いであり、
故に、
職務に忠実な仕事が、
結果的には、組織に反発する事になります。

それが、
ピカールの信念であり、
彼の言う「軍」であり、
「正義」であるのです。

 

このピカールの
「空気を読まない堅物」ぶりが、
組織の隠蔽体質に風穴を開けるのですが、

面白いのは、
ピカール自身が、
「良い人物」として描かれていない、
いわゆる「善人」では無い点です。

 

ピカールは、職務とは切り離して判断していますが、
個人的な好みとしては、
「ユダヤ人嫌い」と公言しています。

また、
自身の不倫を肯定したり、

部下であるアンリを説得せず、
決闘で分からせようします。

 

正義と規律を重んじるが、
その前には、
上司も部下も無い

ゲームの「女神転生」で例えるならば、
属性は「ロウ(秩序)」で、
性格が「ダーク(悪)」と言った所でしょうか。

 

融通が利かない為に、

上司から見ると扱い難く、
部下から見ると威圧的、

仕事は出来るが、
協調性は無い。

こういう人、偶に居ますよね。

 

気持ち良く、一緒に仕事は出来ませんが、
しかし、
仕事ぶりは代え難いエース級であり、

故に、
傍から見る分なら、
興味深い人物であるんですよね。

 

この正義と善を切り離したバランス感覚が、

複雑な本作の魅力となっていると思います。

 

 

冤罪と社会の分断、
そして、
正義と善の違い。

実話を題材とした作品は、
ドキュメンタリーの延長になりがちですが、
テーマの描き方が興味深く、

故に、
『オフィサー・アンド・スパイ』は、
一つの作品として面白いものになっているのではないでしょうか。

 

 

 

「ドレフュス事件」を扱った書籍の一つが、コチラ

 

 

 

 

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