U.C.0079(宇宙世紀0079年)。
カナリア諸島、ラス・パルマスに停泊していたホワイトベースに任務が下る。ジム部隊が消息を絶ったアレグランサ島にて、残地諜者を掃討すべし。
調査を命じられたアムロ達一行。一見、無人島と思われたその島には子供達が住んでおり、また、アムロが操縦するガンダムは手練れの操るザクの襲撃を受けた、、、
監督は、安彦良和。
TVアニメーションシリーズ『機動戦士ガンダム』(1979~80)では、
キャラクターデザイン、作画監督を手掛けた。
アニメ監督を経て、
漫画家としても活躍している。
監督作に、
『アリオン』(1986)
『ヴイナス戦記』(1989)等がある。
声の出演は、
アムロ・レイ:古谷徹
ククルス・ドアン:武内駿輔
ブライト・ノア:成田剣
ミライ・ヤシマ:新井里美
セイラ・マス:潘めぐみ
カイ・シデン:古川登志夫
ハヤト・コバヤシ:中西秀樹
フラウ・ボゥ:福圓美里
スレッガー・ロウ:池添朋文
ジョブ・ジョン:近藤隆
マ・クベ:山崎たくみ
シャア・アズナブル:池田秀一 他
日本って、独自のオタク文化が育ってますよね。
今日のそれは、
戦後の漫画文化の隆盛と、
その後の、アニメ文化の形成によって成されたと思われます。
その、
日本発のアニメーション作品として、
欠かせない金字塔と言える作品に、
『機動戦士ガンダム』(1979~80)があります。
後のアニメ作品に多大な影響を与え、
膨大なフォロワーを生み、
また、
「ガンダム」というコンテンツ自体を確立させ、
現代まで連綿と続く、シリーズ展開をなさしめた怪物作品です。
さて、
その『機動戦士ガンダム』ですが、
そのTVシリーズ第15話「ククルス・ドアンの島」は、
エピソード的に、本篇とは独立した「外伝」的な話の内容であり、
TV版は、いわゆる「作画崩壊」していながらも、
話の内容は良かったと、
印象に残る回だったそうです。
しかし、
アメリカ版のTVシリーズではカットされ、
後の劇場版の『機動戦士ガンダム』では、
丸々端折られてしまったそうです。
それ故に、
使い勝手が良かったのか、
後に、この話を膨らませて、
漫画として、『機動戦士ガンダム THE ORIGIN MSD ククルス・ドアンの島』(おおのじゅん作)が描かれました。
この漫画版は、
外伝的エピソードであったTV版「ククルス・ドアンの島」の、
更に、その外伝エピソードなのですが、
本作『機動戦士ガンダム ククルス・ドアンの島』は、
TV版のリメイク、正統進化、拡張版といった内容となっております。
そんな由来がある本作を、
「ガンダム」シリーズに、
何も思い入れの無いこの私が観に行ったら、
どうなるのか?
いや、
劇場版『機動戦士ガンダム』の3部作(1981~82)と
『逆襲のシャア』(1988)位は、
観てますけれどもね。
で、先ず思ったのが、
企画として、面白い
という点です。
今まで、
TVアニメシリーズの映画化作品って、
総集篇が多かったイメージです。
(まぁ、その流れを作ったのも「ガンダム」なんですがね)
しかし本作は、
完全オリジナルでは無く、
「TV版の1エピソードを豪華にリメイク」
という、新しい試みとなっております。
これは、面白いアイディアです。
このノリで、
「エヴァンゲリオン」とか、
「攻殻機動隊S.A.C」とか
「グレンラガン」とか
「ドラゴンボール」の
対フリーザ戦とか、
セルゲームとか、
単品だけで、
神作画で映画化とかしたら、面白いと思いませんか?
フォロワーを、またまた生みそうで、
流石、ガンダム、と言った所です。
また、絵のテイストが良いんですよね。
安彦良和タッチを、なるべく再現した感じというか。
最近では、アニメ作品でも、リアルに寄っているキャラクターデザインが多いですが、
本作では、上手いこと、アニメ的なデフォルメが成されています。
また、
キャラクターは手書きながらも、
メカの殆どは、CGという、
最近の潮流を採り入れているのですが、
それが、
ごく自然というか、
上手く、同じ画面でマッチしているのが、凄いです。
最新技術と、
日本アニメの伝統芸能の融合も、ここまで来たのかという印象。
で、ストーリーです。
青春時代、
成長の過程で通過する、
印象的な数日のエピソード、
と言ったところ、
いわば、
少年の通過儀礼
的な話となっております。
何も知らなくとも、
青春の1ページの話なので、
誰が観ても、鉄板の面白さとなっております。
しかし、
元の、オリジナルの第15話のエピソードを知っていれば、
より、楽しめただろうなぁ、
「あ、これが違う」とか、
「凄ぇ進化してる!!」とか、
思えたんだろうなぁ、と思うのは、否めません。
そういう意味では、
初見でも楽しめますが、
やっぱり、ファン向けの作品だなぁと、
『機動戦士ガンダム ククルス・ドアンの島』は思います。
さて、
ここからは、問題点。
『機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ』(2021)もそうでしたが、
本作は、
特別興行料金として、1900円固定です。
映画館のメンバーズカードとか、
割引も無効です。
で、
『機動戦士ガンダム ククルス・ドアンの島』の
劇場パンフレットの話です。
本作にはパンフレットが3種類あって、
通常版(1100円)
通常版に、
CGのメイキングを含めた冊子が付いた
豪華版(2500円:2冊組)
豪華版に、
本作のクリエイターが寄稿したイラスト集、
「お疲れ様本」を付けた、
初回生産限定版(4400円:3冊組)
の3種類があります。
パンフレットマニアの私としては、
初回生産限定版を買わざるをえなかったのですが、
今まで、
『ポリーマグー お前は誰だ』(1966)の
3千何百円だったか忘れたのが最高値だったのですが、
今回、パンフレットの値段の高さを更新しました。
で、パンフレットの内容ですが、
通常版は、
監督、スタッフ、キャストのインタビューなど、
知りたい内容が書いてあり、
感覚としては、
「値段の高いパンフレット」といった印象。
内容には不満は無いです。
値段差から、
豪華版は1400円になりますが、
ぶっちゃけ、デザイン画みたいな感じで、
その値段の価値は無いと思います。
で、初回生産限定版は、
値段差から、1900円という事になりますが、
これは、ぼったくりです。
『シン・エヴァンゲリオン劇場版』で、
入場者特典で配られた小冊子がありますが、
あれと同じくらいです。
無理して買わなくていい内容です。
どうしても、コレクションしたいマニア向け商品ですので、
購入する場合は、
それを考慮してお買い上げ下さい。
私の場合、
「パンフレット見せてもらっていいですか?」と尋ねた時、
売店のスタッフがニヤニヤしながら、
「触ったらお買い上げになります」とか言われた事も含め、
納得いかないモヤモヤが残りました。
「ガンダム」というネームバリューを使って、
マニアから集金する殿様商売をするのは、
どうかと思っちゃいましたね。
又、本作は、
劇場にて、既にソフト(ブルーレイ)を購入する事が出来ます。
劇場先行通常版のブルーレイが、5000円。
劇場版のブルーレイが13000円で、
購入には、映画の半券が必要です。
大量購入による転売防止ですね。
まぁ、流石にこれは買いませんでしたが、
参考までに。
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『機動戦士ガンダム ククルス・ドアンの島』のポイント
少年の通過儀礼
TV版の1エピソードのリメイクという企画の面白さ
パンフレットが高すぎる
以下、内容に触れた感想となっております
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少年の目線で描かれる物語
TVシリーズの第15話のエピソードを
劇場版としてリメイクした作品、
『機動戦士ガンダム ククルス・ドアンの島』。
劇場版を作るにあたって、
メインキャラの一人となるのは、
ククルス・ドアンです。
で、
尺が稼げるという事で、
普通なら、
ドアンがジオンから抜ける動機とか、
どういう経緯で、戦災孤児を匿う事になったのか、
その心の機微を描くものだと思います。
しかし、
本作では、
その点には敢えて触れず、
あくまでも、
アムロ・レイの目線の現状を描いています。
パンフレットの監督のインタビューによりますと、
時代背景としては、
ジオン公国が、
地球において、ジャブローを落とせず、
この後、オデッサの戦いで敗北する、
その中間の時点です。
つまり、ジオン側から見るなら、
軍からも脱走兵が現われ始めるという、
後退局面の話という事です。
この様に、
設定は明確でありながら、
本作では、
それを匂わして、推測させるに留めています。
アムロ目線で徹底しており、
彼の目から見たククルス・ドアンは、
戦災孤児に慕われており、
何か、自分の、秘密の仕事(目的)がある
ジオンの脱走兵であるが、
連邦に所属する自分に危害を加える気が無い様である
何処か、謎めいた人物として、
描かれています。
監督は、ククルス・ドアンを、
『地獄の黙示録』(1979)の
マーロン・ブランド演じるカーツ大佐のイメージだと語っています。
軍を抜けて、
ベトナムの奥地で自分のコミュニティを作ってしまったカーツ大佐、
成程、言われてみれば、
何処か、ククルス・ドアンと通じる所があります。
さて、
ガンダムを、
「数々のジオン兵の命を奪った『連邦の白いヤツ』」と認識していながら、
何故、
ククルス・ドアンはアムロの命を奪わなかったのでしょうか?
明確な理由は、本作では描かれず、
それは、鑑賞した個人が、
各人、推測してくれと投げかけてきます。
本作では、
そういう、
作品内(映画内)では答えが出ない投げかけが多数あります。
例えば、
物語のクライマックス、
ホワイトベースのアムロ捜索隊と、
ジオンのサザンクロス隊が、
同時に島に到着する場面です。
ククルス・ドアンに同行を申し出たアムロに、
彼は尋ねます。
「君は、この子供達の為に、戦えるか」
「君の仲間とでも?」と。
アムロは明確に返答しませんでしたし、
実際には、そんな場面はありませんでした。
しかし、アムロは、その瞬間が訪れたら、
どうしたでしょうか?
一方のククルス・ドアンの優先事項は、
子供達=未来の人類達である事が分かる台詞です。
それは、
軍の脱走兵となり、
元、同僚、部下を躊躇無く撃破せしめる彼の行動に表われています。
そしてラスト、
アムロは、ドアンのザクを海に沈めます。
相手を撃破せしめる戦力があるからこそ、
敵がやってくるのでは?
そういう、アムロの問いかけです。
しかし、
ガンジーの様に、戦力を持たない無抵抗主義者だったとしても、
都合良く、
敵対する相手は、引いてくれるでしょうか?
例えば『北斗の拳』のラオウみたいな人なら、
容赦無く、殺害されてしまうでしょう。
戦士として孤軍奮闘するのは、
より、大きな戦力に敗れるのでは?
そういう、アムロの問いかけであり、
その象徴としての、
ザクの投棄なのですが、
実際問題として、
戦争時に、戦力放棄が可能なのか?
そういう二律背反の疑問が湧き上がるシーンです。
(まぁ、地下洞窟に高機動ザクが残ってるっぽいので、それを使えというのは野暮です)
本作では、
あくまでもアムロ目線で物語が進み、
そういう、ミクロな話に終始する事で、
数々の問いかけを、
アムロと共に、観客も共有する、
そして、その答えを、
観客自身の中から探す事になるとういのが
面白い構成だと思います。
とは言え、
アムロ目線で描かれない部分もあります。
その一つの印象的な描写が、
「ジオン側から見たガンダム」です。
クライマックスでの戦いでは、
「ガンダム」は、繊細なアムロ少年の操る機体というより、
数々のジオン兵を屠った恐怖の存在として、
ジオン兵側からの視点で描かれています。
面白いのは、
サザンクロス隊の現隊長、
エグバ・アトラーとの対決です。
ククルス・ドアンの操るザクに、
崖際という立地を利用されアムロは敗れますが、
エグバ戦では、
そのククルス・ドアンの戦法を
今度はアムロが利用しているのが、興味深いですね。
ほら、
「スターウォーズ」シリーズのエピソード3のラストバトルでも、
オビ=ワン・ケノービが、アナキン・スカイウォーカーに
「地の利を得たぞ!(訳:戸田奈津子)」って言って、
アナキンに勝ってましたもんね。
地の利は大事です!!
地の利を得るというのは、
精神的な有利を得るという事。
最初から「ガンダム」にビビっていたエグバは、
自分が、相手に地の利を渡し、
自分が死地に居る事に気付かなかったというのが、敗因となっているのです。
TV版で、作画崩壊とされたエピソードを、
劇場版としてリメイクするという企画の面白さ。
それを、一発アイディアで終わらせず、
一本の映画としても面白い作品として仕上げた
『機動戦士ガンダム ククルス・ドアンの島』。
アニメの映画化には、こういう方式もあると、
今後、使われる事になるかもしれませんね。
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