映画『判決 ふたつの希望』感想  ご近所トラブルがエスカレート!!落としどころはいずこ!?


 

自宅のバルコニーで水撒きをしていたトニー・ハンナ。しかし、排水溝の不備で漏れた水が、違法建築の補修工事をしていた作業員にかかってしまった。現場監督のヤーセル・サラーメはバルコニーを見せてくれとトニーに言うが、無碍に断られ、勝手に排水溝にパイプを取り付けると、、、

 

 

 

監督はジアド・ドゥエイリ
アメリカで映画を学び、
クエンティン・タランティーノの映画のアシスタント・カメラマンなども務めた。
主な作品に
『西ベイルート』(1998)
『Lila Says』(2004)
『The Attack』(2012)がある。

 

出演は
トニー・ハンナ:アデル・カラム
ヤーセル・サラーメ:カメル・エル=バシャ

他、
リタ・ハーエク、タラール・アル=ジュルディー、ディアマン・アブー・アッブード、カミール・サラーメ、クリスティーン・シュウェイリー 等。

 

 

  • 長い前置き

皆さん、
映画を観に行く時は、
何を考慮しますか?

予告編の面白さ?
好きな監督や役者が出演しているから?
粗筋を読んで感じた第六感?

色々ありますが、
単純に「評判が良い」という作品は、観る切っ掛けとしては大きいものだと思います。

それは口コミだったり、
TVの番宣だったり、

そして、映画賞を受賞した、
というのもその内の一つでしょう。

 

その映画賞の中でも、
最も有名なのは、米国のアカデミー賞でしょう。

まぁ、正直、
アカデミー賞の作品賞は、毎年政治的な判断が介入するので面白く無い作品も数多くあります。

しかし、
アカデミー賞の外国語映画賞にノミネートされた作品は違います。

映画として、観て面白い作品

世界中で上映された作品の内、
そういうシンプルな理由で選択された作品達だからです。

 

私は、機会が合えば、
なるべく観に行くようにしています。

いずれの作品も名作揃い、

アカデミー賞外国語映画賞ノミネート作品、

要チェックだと思います。

 

長い前置き終了。

 

さて、

本作『判決 ふたつの希望』は、
第90回アカデミー賞の外国語映画賞にノミネートされた作品です。

レバノンの映画としては初との事。

そして、
私はレバノン映画を観るのは初めてです。

 


*レバノンの位置はこの辺り(首都はベイルート)

 

 

『判決 ふたつの希望』は、
先ず、最初に、
ちょっとした事からご近所トラブルが発生します。

その当事者、
トニーもハンナも自分の過失を認めず、
憮然とした表情で意地を張り合います。

その結果、

ご近所トラブルがエスカレート

 

とうとう法廷にて決着を付ける事になるのですが、、、

切っ掛けは些細な事だった。

しかし、
いつの間にか、

国家、宗教、民族問題にまで発展し、
事態が大事になってゆく、、、

 

おっさん二人の喧嘩だったハズなのに、
どうしてこうなった、、、

他人の不幸は蜜の味、
と言いますが、
こうなると流石にちょっとシリアスになってしまいます。

 

本作は、
普通に起こり得る、ちょっとした喧嘩が社会問題まで発展して行く様を描いています。

それ故、
レバノンという国家、宗教、周辺地域を交えた民族問題を含めた知識があった方が、
より一層理解が深まります。

しかし、

本作の凄い所は、

私の様に、

レバノンの事を全く知らない人でも、
その問題意識を共有出来る事です。

 

恥ずかしながら、
私はレバノンの位置すら曖昧、

周辺の民族問題についても詳しくありません。

それでも、私が本作に感じ入ったのは、

「諍い」が発生、エスカレートし、手に負えなくなるというスリリングな過程は、万国共通

 

だからと言えるからでしょう。

 

勿論、
映画を観た後はおさらいタイム。

無知な私は、映画の舞台となったレバノンの事を知りたくなる訳ですが、

その復習において、
パンフレットが非常に役に立ちます。

 

コラムにてレバノンの社会事情、歴史的背景の解説が為されており、
キーワード解説や、
現代史の簡単な年表なども収録されています。

簡潔でありながら、
中々至れり尽くせりの充実した内容となっております。

 

映画としての面白さに興味を持ったなら、

レバノン自体をお勉強して、
少し賢くなれる!?

『判決 ふたつの希望』は、
観る価値アリの骨太作品です。

 

 

  • 『判決 ふたつの希望』のポイント

喧嘩の落し処と相互理解

本人の意思とは無関係に深刻化する事態

レバノンと周辺諸国の社会情勢について

 

 

以下、内容に触れた形で、レバノン周辺事情を解説しております

 


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  • レバノンと『判決 ふたつの希望』の周辺事情

『判決 ふたつの希望』はレバノンでの話ですが、
基礎知識として、
レバノンの社会情勢は勿論、
周辺地域の事情を知っていると、
より作品への理解が深まります。

映画としては、
私の様に、全く知識の無い人間でも楽しめますが、
社会的なテーゼを考えると、
折角なので、その辺りも知っておくのもよろしいかと存じます。

という事で、簡単に、レバノンとその周辺事情を
本作と絡めてまとめてみます。

Wikipediaとパンフレットを参考にしましたが、
記述の間違い等がありましたら、
ご指摘頂くと幸いです。

 

先ず、イスラエルから入ります。

北にレバノン、シリア、
東にヨルダン、
西にエジプト、
そして、ガザ地区とヨルダン川西岸地区のパレスチナと国境を接しています。

首都はエルサレムと主張していますが、
国連やアラブ諸国はこれを認めておらず、
現在、問題となっております。
(最近も、トランプの米国が大使館をエルサレムに移した事が問題となりました)

1914年に始まる第一次世界大戦時、
戦争を有利に進める為にイギリスは数々の密約を交わしたと言われています。

中でも、

フランス・ロシアとの「サイクス・ピコ協定」
アラブ人との「フサイン・マクマホン協定」
そして、ユダヤ人に対しての「バルフォア宣言」。

は、三枚舌外交と言われました。

利害が相反するこれらの密約は、現在まで尾を引く火種となっております。

第二次世界大戦後、
1948年、
ユダヤ人はイスラエル独立宣言を行います。

それに対し、
現地のアラブ人であるパレスチナ人を支援するという名目のもと、
アラブ諸国がパレスチナに侵攻、第一次中東戦争が勃発し、
これにより、パレスチナ人は難民となりヨルダンやレバノンへと逃れます。

後々まで続く、
アラブ諸国とイスラエルとの終わりなき戦争の始まりです。

1950年頃、
パレスチナ解放機構PLO)が設立されます。

当初はヨルダンを活動拠点をしていましたが、
PLOはヨルダン政府と関係が悪化し徹底排斥を受け、
1970年頃から、その拠点をレバノンに移します。

この時、
PLOのみならず、
難民キャンプも虐殺にさらされたとの事。

本作のヤーセルも、
その時、ヨルダンからレバノンに移ってきたパレスチナ人だという設定です。

レバノンは、
国内でのパレスチナ人の対イスラエル武装闘争を認めた為、
その後、レバノンはイスラエルの侵攻を受ける事になります。

また、
パレスチナ人の多くがスンニー派のムスリムであった為、
レバノン国内のキリスト教マロンをはじめとした人々は社会不安を感じ、
パレスチナ人を排斥する運動を開始します。

これが、本作でトニーの弁護士・カミールが言っていた「レジスタンス」です。

1975年、
レバノンにて内戦が勃発

切っ掛けは
マロン派民兵組織による、
パレスチナ人の子供の乗るスクールバス襲撃だと言われています。

以後、
レジスタンスに対して、パレスチナ・ゲリラとムスリム民兵による報復合戦が激化。

1976年1月、
キリスト教右派がベイルートにてパレスチナ難民・ムスリムを虐殺、
その報復として、
PLO関連組織やムスリム民兵が
マロン派キリスト教との村、ダムールに侵攻し住民を虐殺

これが、本作でのトニーのトラウマとなります。

1976年5月のシリア軍の介入から、内戦は一旦は鎮静化しますが、
和平の失敗により再燃。

キリスト教マロン派が反シリア・パレスチナを旗印として、
バジール・ジュマイエルがレバノン軍団という民兵組織を結成します。

レバノン軍団は親イスラエル、
トニーの職場のガレージにダビデの星が描かれていたのは、
そういう関連からだと思われます。

1982年、
イスラエルがレバノンに侵攻して来ます。

7月に首都ベイルートをイスラエル軍が包囲した為、
レバノン政府の要請を受け、
8月にPLOはベイルートから撤退。

その後、
反シリア、新イスラエルと言われる、バシール・ジュマイエル(ヤーセルが謝罪に訪れた時、トニーが視聴していた昔のビデオでスピーチをしていた人)がレバノンが新首相に着きますが、
直後に暗殺。

(これについては諸説あり、
レバノン国内でのイスラエルの影響力を削ぐ目的で暗殺されたとも、
内戦終結を目指しイスラエルから距離を取り始め為に殺されたとも言われる)

同日、これをPLOの仕業だと断じたイスラエル軍は、
当時、レバノン軍団の一員と言われたマロン派の民兵組織に、
パレスチナ難民キャンプにて大量虐殺を行わせます
(サブラー・シャティーラ事件)

PLOは既に、そこに居ないにも関わらず、です。

それをやらせた人物というのが、
イスラエルの国防相のアリエル・シャロン

国際的にも大批判を浴び、国防相を辞任します。

トニーの言葉、「シャロンに殺されれば良かったのに」に
ヤーセルがキレたのは、これが理由ですね。

 

その後、1989年のターイフ合意を経て、
1990年にレバノンの内戦は終結します。

しかし、その翌年、
恩赦により内戦時の多数の戦争犯罪が赦免される事になります。

全てが「無かった」事となり、
レバノン軍団の現党首、サミール・ジャアジャア他、
内戦時に残虐行為に手を染めた人物が、
今も政界で活躍していると言われています。

歴史を総括せず、
無理矢理行われた忘却の上でその後の生活が始まった事が、
トニーやヤーセルの屈託であり、

彼等が互いを受け入れられない原因となっていると思われます。

 

  • 馴れ合いは不要、しかし、相互理解は可能

マロン派キリスト教徒のトニーと、
パレスチナ難民であるヤーセルの喧嘩。

彼等の背景を考えると、
それは過去の内戦を彷彿とさせるものであり、

第三者が感情移入して勝手にエスカレートして行った理由はそこにあると思われます。

忘却したハズの過去、
しかし、決着を付けていなかった忌まわしい記憶が、
今、再び蘇って来たのです。

 

しかし、です。

英題は『THE INSULT』(訳:侮辱)である本作は、
邦題、『判決 ふたつの希望』。

この題名に表される通り、
ヒートアップする周囲をよそに、
判決とは別の次元で、
トニーとヤーセルの二人は自分達で決着を付けます。

 

最初は、
全くの水と油として、互いを認められずにいたトニーとヤーセル。

しかし、
裁判が進み、
互いの事を知る機会を得て、
二人は少しずつ変化して行きます。

ヤーセルの人物を巡る尋問の途中、
中国製の重機は信用ならぬと、質の良いドイツ製を高くても使うというヤーセルのエピソードを聞き、
トニーはそれに反応します。

トニーはその後、
エンジントラブルで動かないヤーセルの車を見て、
その手直しを行います。

また、
ヤーセルの方も、
トニーの過去のトラウマのエピソードを聞いて感じ入った所があったのか、

その夜、
トニーの所に謝罪に行きます。

 

そのシーンは、本作のクライマックス。

ヤーセルはトニーを侮辱し、その後敢えて殴られる事で、
自分が謝罪するのです。

しかし、
これで互いに「フィフティ=フィフティ」。
おあいこだという決着になります。

 

人間、相手を嫌いになるのは、
自分と違うからなんですよね。

国が違う、
宗教が違う、
民族が違う、etc…

自分とは、文化的に相容れ無い。

それが解っているから、
最初から仲良くしないし、
付き合うと、やっぱり違和感があったりします。

 

ですが、
相違点を見て可能性を排除するよりも、

実は、
相容れ無いと思う相手でも、
その何処かには、自分と同じ部分があるものです。

その共通点を見つける事で、
相手を理解する事が出来、

その相互理解が、人間同士の関係性を築いて行くのだと思います。

トニーも
ヤーセルも、
その出自は全く違う人間です。

しかし、
僅かながらの共通点があり、
互いに虐殺を乗り越えたという過去の同じです。

どちらも、
過去に抱える苦しみは一緒。

ならば、似た苦しみを持つ相手を
互いに憎しみ合うのは無意味なのではないか。

決着さえ着けば、思うところは無い。

だから、
ヤーセルは謝罪を行う事が出来、
トニーはそれを受け入れる事が出来たのです。

 

 

 

些細な切っ掛けがエスカレートして行き、

それが法廷闘争まで発展、

更には、
互いの出自により、
第三者が過剰に反応、感情移入する事で、
周囲が勝手にヒートアップ、

TVが騒いだり、
暴動が起こったりして、
当事者の手を離れ、一大ムーブメントへと発展してしまいます。

しかし、
憎しみ合うしか無い境遇と思われても、
当事者同士は互いの共通点を見つけることで、相互理解を得る事は出来る。

決して仲良しで無くても良い。

しかし、
お互いを尊重する事は可能なのだ、

卑近的な問題が
社会的な問題に発展するスリリングな展開の面白さもさる事ながら、

そういうポジティブなメッセージがそのテーマにある、
『判決 ふたつの希望』はそういう映画なのだと思います。

 

 

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