映画『ハイ・ライフ』感想  オナニールームで、スペース自慰行為!!

宇宙船に、男が一人、赤ん坊が一人。…最初は、そうじゃなかった。旅が始まって3年目までは、乗組員は9人全員揃っていた。船の進行速度は光速の99パーセントまで達し、船の下部には重力が発生。随分暮らしやすくなったが、乗組員のストレスは限界に達していた、、、

 

 

 

 

監督はクレール・ドゥニ
フランス出身。
主な監督作に、
『ショコラ』(1988)
『パリ、18区、夜。』(1994)
『ガーゴイル』(2001)
『バスターズ ー悪い奴ほどよく眠るー』(2013)他。

 

出演は、
モンテ:ロバート・パティンソン
ディプス医師:ジュリエット・ビノシュ
チャーニー:アンドレ・ベンジャミン
ボイジー:ミア・ゴス

ウィロー:ジェシー・ロス 他

 

 

私がよく行くパン屋さんに、
「イチジクのルヴァン」があります。

パンの外側はパリパリ、ガリガリなんですが、
中に入っているイチジクは生な感じでぐちょっとしてるんです。

初めて口にした時、

うわぁ、コレ、マズイ!!

とか言いながら、食べたのですが、

そこのパン屋さんに行くと、
毎回、それを買ってしまうんですよねぇ…

これ、何なのでしょうかね?

不思議と、クセになる味なんですよね。

 

さて、

ハリウッド映画に慣れた私としては、

フランス映画を観ると、
何か、違和感があります。

雰囲気任せで、
ストーリーを語らない演出。

投げっぱなしのエンディング。

作劇の「起承転結」を無視した展開。

まぁ、ぶっちゃけ、
あんまり私の趣味とは合わないなぁ、
と、思うのです。

 

…ですが、
たまに、そんなフランス映画を観たくなるのも、
事実。

隠れた名作が、あるかもしれませんしね。

 

と言う訳で、
本作『ハイ・ライフ』です。

 

本作の舞台は、宇宙船。

死刑囚、又は、終身刑を言い渡された9人の男女が、
宇宙船に乗ってブラックホールを目指す。

閉鎖された空間で描かれる、人間ドラマのサスペンスを描いている。

 

こういう設定を見ると、
「ああ、本作はSFなんだな」
と、思うでしょう。

しかし、

本作は、SFのガワを被ってはいますが、
SFマインドは皆無です。

 

全体的に、
SF描写が、チープと言うか、
シュールと言うか

物語を、
SFとして描く必要性があったのか?

SF小説の一ファンとしては、
本作の姿勢に、疑問を持たずにはいられません。

 

では、
そこで描かれるストーリーやテーマは、どうなのか?

本作の登場人物は、
閉鎖された空間に、
死刑囚や、終身刑を言い渡された者達が、9人集まっています。

しかし、
船のリソースを守る為か、
乗組員同士の性交は認められず、

然りとて、
日々、何かをする訳でも無く。

徐々に、
緊張感とストレスが張り詰めて行く生活を送っています。

 

…が、

本作、
登場人物の過去に何があったのかは明かさず、
さらに、
宇宙船でブラックホールに行って、何がしたいのかも、明確ではありません。

そういう状況では、
語られるストーリーは、ほぼ、無いと言えます。

 

確かに、
事件は起こりますが、
映画とかでよくある、
「類型的な事件」であり、

展開は予想の範囲内、
特に、驚くべき所はありません。

つまり本作は、
ただ、

中身も無く、
SFという設定のガワだけが残っている状態なのです。

 

…え?

でもさっき、
SFはガワでしかないって、言ったよね、
と、
そこにお気付きの読者もいらっしゃるでしょう。

そうです、
実は本作、

 

中身は無く、
ガワは仮初めという作品。

ぶっちゃけると、
特に、何も無い、

 

そういう印象を受けてしまいます。

 

しかし、
実は、ちゃんと、本作にはテーマがあります。

それに観客が納得出来るかどうかは、別ですが。

 

本作には、
隠されたテーマ、
興味深い設定、
多くを語らないストーリーなど、

考察すべき部分が、多数あります。

印象的な、
いいシーンも多いのです。

本作は、つまらなくは無いのです。

しかしそれでも、
本作は、面白く無い

 

とは言え、
自分の趣味に合わない作品を貶すのでは無く、

何故、趣味に合わないのか?

それを考察する事が、
本作を鑑賞する意味であるとも言えます。

 

ただ一つ、
確実に言えるのは、

『ハイ・ライフ』の鑑賞後、
多くの人間が、

「ああ~、よく寝た!」
と言うであろう事です。

 

 


 

  • 『ハイ・ライフ』のポイント

語られぬ設定により、隠されたテーマ

多くを語らぬ事で、考察の余地を残す作品

映画としての面白さとは?

 

 

以下、内容に触れた感想となっております

 


スポンサーリンク

 

  • 映画の面白さとは何か?

映画を観る時に、
何に着目するのか?

映画を評価する場合において、
最も重要な部分は何か?

映画を作品として、
面白くする要因は、何か?

 

私の持論は、
その最も重要なファクターは、
「テーマ」であると思っています。

…しかし、
世の中は広い。

確としたテーマがある、
興味深い設定と、ストーリーがある、
印象深い、良いシーンが沢山ある、

あぁ、それなのに、
本作は面白く無いのです。
(感想は、私個人のものであると御了承下さい)

何故か?

本作は
構成と演習が、致命的に悪い(私の趣味に合わない)
と言えます。

 

  • SFマインドの無いSF

本作の舞台は宇宙、
設定はSF。

しかし、
冒頭で先ず、
宇宙服のチャチさに、違和感を覚えます。

何だか知らぬが、
厚手の布に、
ドーム状のプラスチックを被せた服

え?
高校生の学芸会!?
というレベル。

 

宇宙船の中も描写されますが、
これがまた、
プレハブ住宅みたいな質感

いや、
実際、プレハブで撮影しているのでしょうがね!

 

そして、冒頭のタイトル画面、

光速に近い速度で飛んでる宇宙船のドアを開けて(!?)
そこから、死体を捨てると、ストンと落ちて行きます(!!??)

6体の死体がフワフワ宇宙空間に浮いて、
タイトルどーん!『ハイ・ライフ』!!

シュール、あまりにもシュール過ぎる…

 

SFの魅力、面白さとは何でしょう?

色々ありますが、
それは、作劇における自由度の高さにあると、私は思います。

設定をガチガチにして、ハードに攻めるも良し、

近未来的な描写で、
ラブストーリーなり、
ミステリなり、
ハードボイルドなりを語ったり、
社会に対する批判と問題提起をするも良し。

 

しかし、
本作には、「SF」を活かそうとする心意気が無いのです。

SFをSFたらしめる、
設定、演出、小道具の描写がおざなりですし、

そうで無いなら、
ストーリーで語ればいいのですが、

その「ストーリーすら無い」となると、
何の為のSFなのか?と、
疑問を呈さざるを得ないのです。

 

  • ストーリーの無い、話

ガワはSFでありながら、
それは仮初めでしかない。

それでいて、
「ストーリー」という中身も無いのが本作です。

 

どういう事かと言うと、

本作は、
過度の説明を避けた為に、

「宇宙船の乗組員は、死刑囚か終身刑」
という設定が、
全く、活かされていません。

過去に何があって、
現在に至っているのか?

その描写が無いので、
感情移入しにくいのです。

 

さらに、
旅の目的はブラックホールの様ですが、

ブラックホールに着いて、
一体、何をするつもりなのでしょうか?

天体観測?
新エネルギーの発見?
ただの冒険?

本作には、
未来へと向かう明確な目標が提示されていないのです。

 

更に悪いのが、
どうやら、設定では、
「建前上、ブラックホールに行くという目的だが、それも虚偽で、地球には帰れない」
というものがあるのです。

 

つまりまとめると、
本作は、
過去からの因縁も無く、
未来への目的も無く、

故に、
ただ、現代の状況のみの描写に終始した物語なのですが、

その、今、生きて居る状況すらも、
嘘であるのです。

過去も、未来も、現在も無い、
全く空虚な物語
それが、本作のテーマを理解する、
ヒントとなります。

 

  • 自慰行為

そもそも、
何故、9人を宇宙に行かせる必要があるのでしょうか?

旅が片道切符なら、
莫大なリソースを使って、
宇宙船を、「船員ごと宇宙に捨てる」などという行為は、
資源の無駄遣いでしかありません。

 

しかし、
その事を考慮すると、
本作のメインテーマが見えてきます。

 

本作は、
男女が同じ宇宙船に乗っていながら、
性行為が禁じられています。

そんな規制をするなら、そもそも性をどちらかに統一しておけというツッコみは無しです)

それ故、
本船は自慰行為(オナニー)が盛ん。

何と、
乗組員専用のオナニールームがあります。

それは、
乗組員の願望に合わせたイメージを提供するという、

オナニストにとっては、夢の様な機械(部屋)なのです。

 

しかも本作、
生殖が禁止されていながら、

乗組員の卵子と精子を使って、
人工授精を試みようとしています。

 

この様に、本作は性の描写が歪みきっています。

生殖を行わず、
実験により生命を産み出そうとする空虚さ。

その一方で、
船員は、オナニーで性欲を発散させているという、
リビドーの無駄遣い。

本作で描かれるのは、
他人とは繋がる事がなく、共感を排し、
「ただ、自分だけ」という孤独感の描写。

修道士の様な自分を貫くモンテ、
自分の主義を変えないディプス、
植物を過去に慰めを見出すチャーニー、
頑固に反抗し続けるボイジー etc…

それぞれの主張は交わる事が無く、
それ故、
本作の乗組員は、
只管、
肉体的にも、精神的にも、
自慰行為に耽っているのです。

 

そう、
本作のテーマというのは、
自慰行為だと言えます。

というか、
本作自体が、
監督自身の自慰行為です。

 

おざなりなSF描写、
詳細を語らないストーリー、

それでいて、
自分しか愛せない人々の孤独感のみを前面に描く、、、

そして、監督自身の現し身として、
医師のディプスが存在していると言えます。

彼女は、
性行為を否定し、
乗組員を薬物にて支配しています。

そんなディプスは、
薬で眠らせたモンテと性交しますが、
意思のない相手を犯すという行為は、
即ち、自慰行為でしかありません。

この描写は、
エットゥーレがボイジーをレイプしようとしたシーンと対比されています。

 

そして、
本作にて、最も印象的なシーンが、
ディプスのオナニーシーン。

オナニールームで、
裸でクネクネと蠢くシーンには、
妙な迫力があります。

それはひとえに、
ディプスを演じたジュリエット・ビノシュの演技力によるものであり、
監督の投影であるディプス医師のオナニーとは、
即ち、

観客に分かり易くない作りの本作が、
監督自身の自慰行為である事を端的に物語っています

そして、

ディプスと入れ替わりにオナニールームに入るエットゥーレが、
「チッ、萎えるわ」
と言っていた場面は、

自分(監督)で自分(ディプス)のオナニーを世に晒す行為で、
観客は引いてしまうという事を、
ちゃんと、自分(監督)は理解していると言及した、メタ的なシーンでもあります。

 

  • 現状への目覚め

そんな、現状(現在)しかない閉塞した世界も、
ラスト近く、
他の乗組員が死亡し、

モンテと、彼の娘のウィローのみが残された場面以降は、

宇宙船のメンテナンスに汲々する場面が度々挿入され、
緩やかな「滅び」が始まっていると物語っています。

滅びが始まるという事は、
即ち、未来へ向かっているとも言え、

皮肉ではありますが、本作で、
唯一、前向きな描写であるとも言えます。

 

ラスト近く、
宇宙船「7号」は、

同じ型の宇宙船「9号?」に出会います。

その「9号」とドッキングして中を探検すると、
そこには人が居らず、犬のみが、

まるで、
廃屋で勝手に繁殖しているかの如くに蔓延っています。

 

人が居ない宇宙船で、
どうやって犬のみで生きているのか?
というツッコみは置いておいて、

 

モンテは過去、
親友を犬の為に殺したという台詞がありました。

そして、
宇宙船「9号」にて遭遇する、
荒廃した「犬屋敷」の様な情景。

これはある意味、
モンテ自身の心象風景であるのかもしれません。

「9」とは、
「7」の未来であり、
「9」という数字をひっくり返せば「6」となり、それは、
「7」の過去でもあります。

つまり、
犬屋敷の「9号」とは、
モンテの過去と未来を象徴する宇宙船であると言えるのです。

 

勿論本作は、
そこの所のエピソードには、全く触れませんが、

しかし、

現状維持では、
自分の過去が、未来に訪れると悟ったモンテは、

自殺的なミッションであっても、
ブラックホールに挑む事で、
本作は終わります。

それは、
自分の為(自慰行為)というよりは、

娘のウィローに、
自分と同じ道を歩ませないという、
愛情によるものである事に、

モンテは、
自慰行為を脱したのだという証明であると言えるのです。

 

 

 

本作には、
良いシーンが多数あります。

乗組員皆で、遷移する星々の光を見るシーン、
ボイジーが、ブラックホールで歪められるシーン、
ウィローが、モンテに「犬を抱きたかった」と駄々をこねるシーン、
「私は母親似?」と尋ねるウィローを、全力で否定するシーン etc…

自慰行為というテーマも、
身も蓋もない分、興味深く、

そして、
ストーリーも、冷静に観察すると、
よく出来ていると言えます。

 

しかし、
良いモノを積み重ねても、
本作は面白く無い。

まるで、
カレーライスを上手に作る料理人が、

良い素材を集め、
最高の肉じゃがを作ろうとしたのに、

自信満々でレシピを見ずに作って、

何とも言えない出来映えになってしまった、

そんな感じです。
(どんな感じだ!?)

ジャガイモや人参は上手く切れているのに、

糸こんにゃくや玉ねぎが入っていなくて、

肉じゃがとしての味も、見た目も微妙なものになった、
みたいな。

 

結局本作は、
監督自身の自慰行為を世に晒した作品であり、

観客に、
不快感を与えるのが、その目的だったとも言えるのです。

しかし、
それこそが、意図した演出

 

『ハイ・ライフ』は、

自慰行為の虚しさ、生産性の無さを観客に示し、

失敗すると分かっていたとしても、
前へ進む事の必要性を、
その最後で問う、

そういう作品であるのかも、しれませんね。

 

 

現在公開中の新作映画作品をコチラのページで紹介しています。
クリックでページに飛びます

 

 


スポンサーリンク