映画『ブラック・フォン』感想  お化けの導きで、命を懸けた脱出ゲームに挑め!!

1978年、アメリカ合衆国、コロラド州、デンバーのとある田舎町。子供の連続失踪事件が起きており、同年代の学童を不安に陥れていた。
そんな少年の一人フィニーは、帰宅途中、パートタイムのマジシャンと自称する男に遭遇する。忽ち拉致されてしまうフィニー。目が醒めると、そこは、ベッドと壊れた黒電話がある地下室だった、、、

 

 

 

 

 

 

監督は、スコット・デリクソン
コロラド州デンバー出身、1966年生まれ。
長篇映画監督作に、
『ヘルレイザー ゲート・オブ・インフェルノ』(2000)
『エミリー・ローズ』(2005)
『地球が静止する日』(2008)
『フッテージ』(2012)
『NY心霊捜査官』(2014)
ドクター・ストレンジ』(2016) 等がある。

 

原作は、ジョー・ヒルの短篇小説『黒電話』。
元々、短篇集『20世紀の幽霊たち』に収録されていた作品ですが、
映画化に併せて、短篇集のタイトル自体、『ブラック・フォン』に改題されました。

 

出演は、
フィニー:メイソン・テムズ
グウェン:マデリーン・マックグロウ
テレンス:ジェレミー・デイヴィス

マックス:ジェームズ・ランソン

グラバー:イーサン・ホーク 他

 

 

 

「親の七光り」という言葉があります。

最近では「親ガチャ」と言われるものと似た感じの意味で、
親の能力、社会的立場、資金力で、
子供の人生が左右される、とする意味合いが含まれています。

 

親と同じ道に進もうとした時
政治家や、会社経営、ショービズ関連ならば、
親の資金力や地盤を受け継げるので、
エスカレーター式に移行出来ますが、

これが、スポーツや芸術関連なら、
実力主義なので、
中々、上手く行かない…

…と、いうことは無くて、
やっぱり、
生物学的、環境的遺伝要因というのは存在するのか、

親が著名なスポーツ選手だと、
子供もスポーツが得意だし、

親が、著名なアーティストだと、
子供も、芸術化志向だったりします。

 

本作『ブラック・フォン』の原作は、
短篇小説の『黒電話』。

作者は、
著名なホラー小説家、スティーヴン・キングの息子、
ジョー・ヒル。

ジョー・ヒルは当初、
親の七光りを嫌って、
スティーヴン・キングの息子という事を隠して、
著作活動を行っていたとの事。


そんなジョー・ヒルの長篇小説、短篇小説はどれも、
面白い作品ばかりであり、

しかし、
何処か、父親の小説を彷彿させるところもあり、

実力でキャリア初期の評価を獲得しつつも、
やはり、親の作風の影響は受けているんだなと、感じられます。

 

 

そんなこんなの『黒電話』が原作の、

本作『ブラック・フォン』。

私は原作の『黒電話』は、
読んでいるハズなのですが、

まぁ、なにぶん、
10年位前の話ですし、
どんな内容か、全く忘れてしまっております。

 

つまり、
既読でありながら、
初見でもあるという状況で観に行ったのですが、

まぁ、これが、面白かった。

 

 

不気味なマスクを被った、誘拐犯「グラバー」に拉致監禁されてしまったフィニー。

彼はどこぞの地下室に閉じ込められます。
そこは、ベッド、トイレの他には、
壊れたダイヤル式の黒電話しかありません。

防音措置がされているという、その地下室で、
叫べども、誰にもその声は届かず。

しかし、不意に、
ケーブル自体が切断されている、その黒電話がなり出した、、、

 

本作は、ホラー作品。

しかも、
最近流行りの、
頭のおかしい人間に絡まれる「サイコ・スリラー」的なものでは無く、

昔懐かし、
古き良き、
超自然現象が介入するタイプの、
王道とも言えるホラー映画です。

 

 

で、
舞台は、
監督自身の出身地と同じ、
コロラド州デンバー。

1978年という時代設定も、

監督は、1966年生まれであり、
主人公フィニーの年齢は13歳の設定。

つまり本作は、
監督自身の幼少期が反映された作品と言えるのです。

 

主人公は、少年、
それ故、本作は、何処か、

ジュブナイル的な
ノスタルジックな雰囲気も醸し出しています。

 

まぁ、確かに、
至る所に監視カメラが設置されている現代では、
町中での拉致なんて、
100パーセント無理な話ですしね。

 

また、
本作の主人公フィニーには、
グウェンという妹が居るのですが、

この妹が、マジで頼りになる!!
ある種の「妹萌え」作品でもあります。

 

 

『サイコ・ゴアマン』(2011)という、
怪作B級映画がありますが、

その映画の主人公、「妹キャラ」ミミが、
ガチなサイコ(性格・悪)なのですが、

本作のグウェンは、
いわば、性格、属性が「善・ライト」なミミと言った所です。

どうやら、原作よりもグウェンのシーンが盛られているそうで、
そういった意味でも、

グウェンを演じたマデリーン・マックグロウの活躍に、
刮目せざるを得ません。

 

 

面白い短篇原作を、
監督自身の個人的体験を元に、
アレンジしつつ、映画化した本作『ブラック・フォン』。

昔懐かしの超常現象系ホラー作品でありつつ、

妹萌え映画でもある。

いや、中々、オススメの作品であります。

 

 

 

  • 『ブラック・フォン』のポイント

正統派のホラー映画作品

命を懸けた脱出ゲーム、仲間はお化け!?

妹キャラ、グウェンの活躍も要チェックや!

 

 

以下、内容に触れた感想となっております

 

 

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  • 監督と原作

本作『ブラック・フォン』の監督は、
スコット・デリクソン。

監督の前作『ドクター・ストレンジ』は、

映像効果のパクリや、
「悟り」の表現がドラッグでハイになる時の幻覚と同じだった事、
原作の数々の改変、
チベットをネパールに変えたり、
チベット人師匠を白人女性にしたり、
また、中国の映画市場を意識した作りなど、

内容以前に、

数々の、マイナス面が目立つ作品でした。

 

続篇の『ドクター・ストレンジ/マルチバース・オブ・マッドネス』(2022)では、

当初、監督続投が示唆されていましたが、
スタジオとのクリエイティブの相違で、降板したとの事。

「~マルチバース・オブ・マッドネス」は、
ホラー風味のアクションSF映画として名作だったので、

前作の失態は、
スコット・デリクソンによるものだったのか?

もしくは、
一作目の『ドクター・ストレンジ』は、
スタジオ主導で製作したにも関わらず、

監督にクリエイティブの批判を全て押し付け、
詰め腹を切らされる形で、
「~マルチバース・オブ・マッドネス」は降板したのか?

どちらだったのか?

 

故に、本作、
予告篇を観た感じ、面白そうだったのですが、
『ドクター・ストレンジ』の監督という情報を知った時、
観に行くかどうか、迷いました。

ほら、映画館に行くまでが、
結構、面倒くさいじゃないですか。

しかし、
原作、ジョー・ヒルの短篇小説『黒電話』と知った途端、
一瞬で動機が形成されました。

 

結果は、
本作『ブラック・フォン』は面白かったです。

元々、スコット・デリクソンは、
ホラー寄りの作品を多く作ってきた監督。

純正ホラー作品は、お手の物なのです。

 

『ドクター・ストレンジ』の製作過程に、
どの様な経緯があったのかは分かりませんが、

一作の駄作のみで、
監督の評価を固定するのは良くないと、
本作で思いましたね。

 

  • 変わり種正統派ホラー映画

本作『ブラック・フォン』は、

昨今の流行である、
頭がおかしい人間の恐怖を描く系の、
サイコ・スリラーでは無く、

昔ながらの、
超常現象系のホラー映画作品です。

 

その意味では、正統派のホラー映画と言えるのですが、

本作の面白く、興味深いところは、
超常現象である幽霊達が、
拉致監禁されているフィニーを助ける役回りという点です。

 

本作に登場する「黒電話」。

何処にも繋がって無いハズなのに、
その「黒電話」を通じて、
グラバーに殺された犠牲者達が、

自分を殺した殺人鬼に対する復讐心か、
或いは、
フィニーを助けたいのか、

自分が脱出を試みた手段を、
各(幽霊)個人が、一人ずつアドバイスして行きます。

 

つまり、
幽霊やお化け、クリーチャーに対峙するのが、
正統派のホラー映画なのだとしたら、

本作は、ある意味、変わり種、

幽霊からのアドバイスという超常現象を駆使して、
サイコな殺人鬼と対峙するという展開なのです。

 

最近は、
超常現象やクリーチャーが登場しても、
「一番怖いのは、やっぱり人間」
みたいな作品が多いですが、

そんな
「一番怖いのは、やっぱり人間」系のサイコ野郎に、
お化け達が叛逆する形に、

昨今の流行りのスリラー映画に対する、
アンチテーゼみたいなものも、感じます。

 

で、クライマックスのシーンなのですが、

悉く、
失敗に終わった幽霊達のアドバイスが

結果、
すべて伏線として結実し、
ラストに、グラバー撃破に繋がっているのが、
気持ちの良い展開となっております。

 

この、
ラストで、相手を物理でボコるというのは、

本作の原作者ジョー・ヒルの父親、
スティーヴン・キングの名作『IT』を映画化した作品
IT/イット ”それ”が見えたら、終わり。』(2017)や、

サイコスリラー作品『アオラレ』(2020)のラストでもやっていました。

ホラー作品の犠牲者が、
お化けやサイコ野郎を、
ラストに復讐とばかりにボコるという展開、

その辺の、
暴力には暴力にて報いるという思考が、
如何にも、アメリカンな感じがしますね。

この辺りのメンタリティに、
日本のホラー映画作品との、
差異が表われています。

 

また、
妹キャラ、グウェンは、
「予知夢」を見るという才能があるのですが、

劇中では、
それが進化し、
ある種の「千里眼」みたいな形となります。

この「千里眼」にて、
グラバーの他の犠牲者の生い立ちが明かされ、
そこで描かれる当時の風俗が、
懐かしい、ノスタルジックな気持ちをかき立てます。

しかし、
「兄を助けたい」というグウェンの意思とは関係無く、

幽霊達は、
兄のフィニーを助けつつ、
妹のグウェンに対しては、
自分達の遺体の場所を知らせていたのが、
面白いというか、興味深い所ですね。

 

  • 幽霊達の小ネタ

本作『ブラック・フォン』では、
誘拐犯のグラバーは、
事件現場に「黒い風船」を遺しているそうです。

スティーヴン・キングの小説『IT』では、
殺人ピエロの「ペニーワイズ」が登場するとき、
或いは、子供を殺害した現場に、
赤、又は、色とりどりの風船が表われるという現象と、
共通点がありますね。

 

さて、そんなグラバーに殺された犠牲者の面々。

野球部のスラッガー、
新聞配達員、
札付きのワル、
喧嘩自慢、

何となく、共通点としては、
「身体能力が高そうな子供達」であると考えられます。

 

では、何故、
いじめられっ子だったフィニーが狙われたのか?

それは、
殺人鬼の目から見ると、
本質的には、フィニーは「強い子」だったという事です。

物語終盤、
親友のロビン(の幽霊)が、
「俺たちが分かり合えたのは、本質的に似ているからだ」という台詞があります。

これにはつまり、

いじめや、
拉致監禁の様な、
突発的な通り魔的困難に対しても、
挫けず、立ち上がる精神こそが、
それを乗り越える唯一の勇気であり、
大事な要因だというメッセージが込められているのではないでしょうか。

 

また、幽霊達は
実は、殺され方がそれぞれ違い、

その出現した姿に、
各個人、違いがあるとの事。

その辺りにも注目して観ると、
発見がありそうですね。

 

  • 殺人鬼と同時代性とノスタルジー

本作の誘拐殺人犯、
グラバーには、モデルが居ます。

ジョン・ウェイン・ゲイジー・ジュニア

1972~捕まった78年の間に、
少年を含む33名を、
強姦して殺害、
普段はピエロとして活動しており、
「KILLER CROWN(殺人ピエロ)」とあだ名されました。

 

原作者のジョー・ヒルが1972年生まれ、
監督のスコット・デリクソンが1966年生まれで、
本作の舞台が、1978年。

事件が発覚した1978年当時の全米を恐怖に叩き落としたと、
想像に難く無く、

その時代を反映した恐怖の対象といった所です。

 

また、
私の子供の頃の話ですが、

当時は、
今より暴力に対する敷居が低く、

便所でいじめっ子が、
理由も無く殴り掛かってきたり、

学校の先生が、
言う事を聞かない生徒をネックハンギングツリーで持ち上げる事も、

日常茶飯事でした。

 

本作では、
子供同士の喧嘩で、
凄惨な描写がなされますが、

昔は、
学校近辺でも、実際に、
流血沙汰は結構多かった印象があります。

そういった意味で、
怖い、悪い、マイナス面な記憶なのに、

「ああ、あるある」的な意味で、
何故か、懐かしい、
ノスタルジックな記憶を呼び覚ましたのが、

本作の面白い所です。

 

 

超常現象を題材にした、
正統派ホラー映画でありながら、

実は、幽霊達が主人公にアドバイスを施すという変わり種。

しかも、
妹萌えも描かれるという贅沢仕様。

ホラー映画の新たなる名作の一つとして、
『ブラック・フォン』は評価される作品と、言えるのではないでしょうか。

 

 

 

ジョー・ヒルの原作小説、『黒電話』収録の短篇集は、コチラ

 

 

 

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