1988年10月、メイン州デリー。降りしきる雨の中、少年ジョージは黄色い合羽を着て、兄ビルに作って貰った紙の小舟を流して遊んでいた。その小舟が排水溝に落ち込むと、その穴からピエロが覗きジョージに語りかけてきた、、、
監督はアンディ・ムスキエティ。
アルゼンチン生まれ。
ホラー映画『MAMA』(2013)にて注目され、本作の監督に抜擢された。
原作はスティーヴン・キングの『IT』。
多数の映画原作を持つ著者において、TV映画版に続いて2度目の映画化である。
出演者は若手を採用(括弧内役名)
ジェイデン・リーバハー(ビル)
フィン・ウォルフハード(リッチー)
ジャック・ディラン・グレイザー(エディ)
ソフィア・リリス(ベバリー)
ジェレミー・レイ・テイラー(ベン)
ワイアット・オレフ(スタン)
チョーズン・ジェイコブズ(マイク)
ニコラス・ハミルトン(ヘンリー)
ビル・スカルスガルド(ピエロのペニーワイズ)
原作者・スティーヴン・キングの作品の中でも、最も人気のある作品『IT』。
以前TV映画として映像化されたが、今回は劇場版として再び映像化された。
その本作『IT ”それ”が見えたら終わり』は
エンタテインメントとしてのまっとうなホラー映画作品となっている。
「ピエロのペニーワイズ」を映像で観た場合、どんな恐怖があるのか?
その辺りを突き詰めた
ビックリホラー描写が多い。
また、主な出演者が全員ティーンエイジャー、そして一夏の出来事なので、
ちびっ子達がじゃれ合うジュブナイル的側面もある。
現在進行形の子供も、
かつて子供だった大人達も両方楽しめる映画だ。
そして、肝心の原作ファンからはどう見えるのか?
何しろ長大な原作なので、とても2時間に収まるものではないのだ。
だが本作は、
原作の雰囲気を継承しつつ、
上手く映画オリジナルの展開を作っている。
基本的な流れは原作と同じで、設定を変えている部分がある。
しかし、原作において語られたエッセンスをちゃんと抽出して映画化している。
原作原理主義者は許せないかもしれないが、
そうでないなら、新しい映画『IT』として楽しめるだろう。
そして、本作は
キチンと切りが良い所で終わっている。
長い原作を全て、2時間では収めきれない。
しかし、1本の映画として単独でも面白い所で終わっている。
詳しくはネタバレなので言えないが、原作読者なら「まぁ、そうだよね」と理解して頂けると思う。
原作未読の人も、
原作ファンも等しく楽しめる、
本作『IT ”それ”が見えたら終わり』は良く出来たホラー映画と言えるだろう。
以下ネタバレあり
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『IT』子供時代篇
観る前から皆予想はしていただろうが、本作『IT ”それ”が見えたら終わり』にて描かれるのは、原作『IT』における子供時代の部分のみである。
なので本作はPart.1である。
大人時代篇のPart.2もその内映画化されるだろう。
とは言え、「IT」との決着はちゃんと着く。
キリがいい所で終わっているので、本作で始めて『IT』に触れる人でも単独で楽しめる作りになっている。
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輝かしき時代
ホラー映画というものは、そのアイデアや内容で観せる作品である。
なので、有名俳優が出ておらず、無名の新人役者の発掘みたいな側面もある。
(勿論、低予算で撮れるジャンルが「ホラー映画」という側面も確かにあるが)
本作『IT ”それ”が見えたら終わり』においても、特別有名な役者は出てこない。
それどころか、メイン出演者は全員(ほぼ)無名の若手である。
しかし、フレッシュな彼等の仲良しぶりが「輝かしき子供時代」をリアルに表現している(というか役者自身、現在進行形の黄金時代な訳だが)。
小学校六年生の夏休みほど、人生で美しいものはあるだろうか?
小説『IT』とは、あの夏の日の物語であり、
映画『IT ”それ”が見えたら終わり』においてもそれを理解し、ちゃんと描写している。
あの夏の日の友達とのじゃれ合い、特にリッチィとエディの憎まれ口の叩き合いなどは、「同じ事を自分もしていたな」と懐かしく思い出す人も多いだろう。
また、紅一点のベバリー・マーシュを演じたソフィア・リリスなどは、あの年代には難しいシーンが多かっただろうが、よく頑張っていた。
一番印象的なのは、下着で寝転ぶベバリーを男子達が食い入る様に見つめているシーンだ。
ベバリーが起き上がった瞬間、皆「サッ」と目を逸らすのが最高である。
また、意思決定を行うのはビルであるが、
行動を真っ先に行うのはベバリーであった。
「といあえず一発ぶちカマしてから、悲鳴を上げる」というスタンスなのも魅力である。
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原作からの変更点
映画『IT ”それ”が見えたら終わり』は原作から改変している点がある。
2時間という制約の中に収めるにはやむを得ないが、
原作の雰囲気を崩していなので気にはなら無い。
この辺は絶妙なバランス感覚である。
例えば原作のベヴァリーは長い髪のままだが、映画では切ってしまう。
原作では「荒れ地」が重要な場所になっているが、映画では思い切ってその場所が持つ重要性自体を切り捨てている。
だが、原作の持っていたエッセンス、
輝かしい子供時代の描写、
そして友情の美しさ、力強さ、
恐怖や悪意の恐ろしさ、
これらをキチンと描いているので、作品として『IT』の形が崩れていないのだ。
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ピエロのペニーワイズ
美しい友情を描く一方、そのカウンター・パートである恐怖も象徴たる「ピエロのペニーワイズ」をどう描くかも大事である。
原作において「ピエロのペニーワイズ」とは「恐怖の象徴、悪意の先導者」である。
映画においてもそれは変わらない。
だが、映像として描いた場合のインパクトは絶大。
各人が持つ恐怖の象徴へと変幻自在に姿を変える存在として存在感を示していた。
英語で言うとシェイプシフター(shapeshifter)。
日本で言う所の、「狢」みたいな存在である。
初見でのインパクトはションベンちびる程恐い。
しかし、ネタさえ割れれば恐いことは無い。
クライマックスでは皆にフルボッコにされる様子は哀れである。
原作ありの作品を映画化する場合どうするか?
原作に忠実に映画化すれば、原作ファンからの文句は出ない。
しかし、そういう無難な道では原作を越える事は出来ないし、原作の世界観を押し広げる事もままならない。
原作での面白い魅力的な点は何なのか?
原作で伝えたいテーマとは何だったのか?
これらを汲み上げ、2時間の映画作品として面白いものなら、ストーリーや設定に変更があっても、作品の核となる部分が継承されていれば、それは良い作品となるのだ。
本作『IT ”それ”が見えたら終わり』はその好例なのである。
*原作小説『IT』についてもこちらで語っています。
前回の映像化、TV映画版の『IT』
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さて次回は、恐怖は恐怖でも全体社会にたいする恐怖を描く、映画『ザ・サークル』について語りたい。