時は、1960年代。モンタナに引っ越してきた、14歳の少年ジョーの一家。父・ジェリーはゴルフのインストラクターをしていたが、客との賭けゴルフが原因で解雇されてしまう。しかし、しばらくして解雇が一転、もう一度来てくれと電話がかかって来る。母・ジャネットは喜ぶが、しかし、ジェリーはその再雇用を拒絶してしまう、、、
監督はポール・ダノ。
本作が初監督作。
映画俳優として、
『リトル・ミス・サンシャイン』(2006)
『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』(2007)
『プリズナーズ』(2013)
『それでも夜は明ける』(2013)
『ラブ&マーシー 終わらないメロディー』(2014)
『グランドフィナーレ』(2015)
『スイス・アーミー・マン』(2016)等に出演している。
原作は、リチャード・フォードの『WILD LIFE』。
出演は、
ジョー:エド・オクセンボールド
ジャネット:キャリー・マリガン
ジェリー:ジェイク・ギレンホール
ウォーレン・ミラー:ビル・キャンプ 他
大人になるって、どういう事?
二十歳を過ぎたら?
就職し、自分で稼ぐようになったら?
童貞なり、処女なりを捨てたら?
子供が生まれたら? etc…
その定義は、色々あるでしょう。
そう、本作は、
14歳の少年ジョーが、
大人になる、その入り口の物語と言えます。
ジェリーは、
再就職もせずに、フラフラする日々。
それを見かねてか、
ジャネットは水泳教室で、
ジョーも、
写真館でバイトを始める。
それが、何となく面白くないジェリー、
「俺を、追い詰めるな!」とふてくされる。
思い詰めたジェリーは、
ボランティア感覚で、山火事の消火作業に参加すると言う。
しかし、時給一ドル程度の二束三文で、
命を懸ける消火作業に、ジャネットはご立腹。
喧嘩別れの様な形で、
ジェリーは出稼ぎに行ってしまう。
バスで出発したジェリーを見送ったジョーは、
家で、暗く沈んで、ふて寝しているジャネットの姿を見る、、、
冒頭での、
仲良く、幸せそうだった家族が一転、
些細な事から始まったすれ違いが、
徐々に拡がり、
亀裂が決定的になって行きます。
さながら、
ダムの決壊の如く、
両親の関係が壊れる様を、
あくまでも、
14歳の少年の目線で綴った作品。
胸クソ悪い事、失望する事、
しかし、
そんな事態を受け入れ、乗り越える事で、
少年は大人へと成長して行くのです。
何処か、懐かしく、
美しい、牧歌的な雰囲気が、
観る者の郷愁を誘う、
それがまた、
観客自身が「大人になった頃」を思い出す切っ掛けとなる。
『ワイルドライフ』は、
そんな、センシティヴな作品と言えるのです。
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『ワイルドライフ』のポイント
少年の目線で描く、両親の不仲
少年が大人への道を踏み出す物語
終わった後でも、世界は続く
以下、内容に触れた感想となっております
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大人の階段登る少年
本作は、
14歳の少年ジョーの目線で、両親の関係性が壊れるのを描き、
それに伴い、
少年が、大人への階段を登る事になる顛末を描いていると言えます。
ジョーが大人になるのは、
両親を超えた時。
まぁ、超えたと言っても、
背の高さとか、
腕力とか、
年収で超えたという訳ではありません。
子供の目線から見ると、
絶対的な存在であったハズの親が、
自分と何ら変わらない「ただの人間」だったと理解する事、
それが、
少年が、大人になるという事です。
ではそれを、
本作はどの様に描いているのかと言うと、
それが、両親の不仲、なのですね。
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両親の行動、父、ジェリー
さて、
本作を観て思う事は、
ジェリーの行動もバカっぽいけれど、
それにも増して、
ジャネットの行動は、意味不明だな!
という点です。
しかし、
そんな言葉で切り捨てて、
二人の行動への理解を放棄してしまったなら、
ジェリーの事が解らないと言ってしまったら、
それは、男心を解ってないという事だし、
ジャネットの行動が理解出来ないと、
浮気をされる恐れすらあります。
という訳で、二人の行動を、
私なりに解釈してみます。
先ずは、ジェリーから。
そもそも、何故、ジェリーは、
ゴルフのインストラクターの再雇用のチャンスを拒絶したのでしょうか?
それは勿論、
単純にプライドの問題です。
靴まで磨いて、ヘコヘコ機嫌を取って、
息子の前で、相手を立てたのに、
その返礼が、解雇だった。
そういう相手が、
「もう一度来てくれ」なんて言って、
あなたなら、「わーい、やったー」と、
再び働きますか?
ここで「働く、家族が居るし」と言う人は、大人ですねぇ。
まぁ、普通は「誰が働くか!」と、言うでしょうね、
実際に、自分の身に起きた事ではない限り。
そういう意味で、
家族より、自分のプライドを取ったジェリー。
ちょっと疲れたのか、
働いていない時間を謳歌している感じ。
しかし、
妻と息子がバイトを始めた為、
「俺を追い詰めるな」と、キレる始末。
彼は、バツが悪いんですね。
そんな彼が選んだ仕事は、
山火事の消火。
何故それを選んだのかと言うと、
賃金は二束三文なのに、
命を懸けた危険性がある。
このボランティア精神に、
ちょっとワイルドな格好良さがないでしょうか?
仕事をせずにフラフラしてて、
家族の二人に責められた(ように感じた)ので、
二人に、カッコ良い所を見せたい、
少しのお金で、世間の役に立つ事をする、
俺って、凄くない!?
そういう自己満足的な主張が垣間見えます。
しかし、
ジャネットは、
そんなジェリーの考え、気持ちの持って行き方を、
全く理解しないのですね。
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両親の行動、母、ジャネット
そんなジェリーに対して、
ジャネットが取った行動は、
ハゲたデブのオッサン(でも、金持ち)との浮気。
とんだヤリマンビッチだわ、
と切り捨ててしまうのは早計、
それも、彼女なりの思考経路があるのです。
先ず、時代は1960年代。
この頃のアメリカには、
女性に、様々な権利が認められていなかったという社会背景もあると、
理解しておく必要があります。
その辺り、『ビリーブ 未来への大逆転』(2018)でも、
描かれていました。
ジェリーは、
元々は、ゴルフの競技プレイヤーだった様です。
しかし、大成はせず、
今度は、その経歴を活かしてインストラクターになりますが、
それすらも、解雇されました。
プライドの問題で、
ジェリーは「普通の仕事」をする事を拒絶しますが、
ジャネットは、
そんなジェリーに「あんたの行動は逃げだ」
と批判するのです。
夢を追いながら、敗れ、
今は普通の人になったジェリー、
彼自身は、それをまだ受け入れられずにいます。
そんな彼に、
大人になって、普通の仕事をして、家族を養えと、
ジャネットは言います。
しかし、
当のジャネット自身も、実は、現実を受け入れていないのですね。
ジャネットは、ジョーを連れて、
ジェリーが働いている山火事の現場を見に行きます。
彼女は、
「山火事が、何故、彼(ジェリー)を駆り立てるのか、解らない」と言います。
そりゃ、理解出来ませんよ、
別に「山火事」に固執している訳では無く、
ジェリーは「特別な自分」である事に固執している訳ですからね。
理解しようとする方向性がそもそも間違っているのです。
その帰り道、
ジャネットは、
自分の平凡な名前が嫌だし、
34歳という年齢は、再出発するには遅すぎる、
とジョーに言います。
これは、自分の事を言いつつ、
実は、ジェリーについて、自分が思っている事も言っているのです。
人生で、何かを成し遂げるという、
まるで、お伽話の様な成功、
所謂、アメリカンドリームを達成出来なかったジェリー。
女性が、
男性に依存せざるを得ない社会状況下において、
この先の成功が見込めず、
平凡に生きて行くしか無いジェリーと一緒に居ると、
このまま、
自分の人生も、平凡の中に埋没してしまうと、
ジャネットは思っているのです。
昔は、ブイブイいわしてたと言うジャネット。
つまり彼女も、
口ではジェリーに大人になれと言いつつ、
自分自身も、
平凡である事を、受け入れられずにいるのですね。
そんな彼女が、
丁度良い所に見つけた、新しい依存する相手、
それが、自動車販売店のオーナーをしている金持ち、ミラーだったのですね。
ミラーは象徴的な台詞を言います。
「金持ちは金持ちのままだし、貧乏人も貧乏人のままだ」と。
アメリカンドリーム、と言いながらも、
実は、
一度、固定化した社会的地位というものを打破するのは困難である、
その現実を表しています。
これは、
今のアメリカも、
そして、現代の日本にも通じていますね。
なので、
ジャネットとしては、
彼女の選択、思考経路は、非常に合理的。
今の夫が駄目なので、
良さそうな相手に乗り換えた、
というだけですね。
自分の生活、先行きに不安を感じ、
ならば、
金銭面で不安を感じ無い相手の方が良いのではないかと、
判断したのです。
もう、不安し、怖がりたくない、
という気持ちも、あったのでしょう。
まぁ、実際は、岡目八目、
自分では合理的な判断を下していると思っても、
その実、第三者から見ると、
明らかに間違った行動である、その典型例と言えますが。
何故ならミラーは、
ジャネットに対して、体の良いセフレ程度にしか思っていないからですね。
ジェリーは、
自分が特別であらんと、
現実を受け入れられずにいました。
山火事の仕事のあと、
森林警備局で働くというのも、
この響きが、ちょっとカッコ良いからでしょう。
ジャネットも、
ジェリーが特別で居たいなら、
自分も特別で居たい、
カッコだけ付けて身が伴わない者より、
金持ちを選ぶ、
山火事の現場から帰ってきたジェリーに、
改めて、そう宣言するのです。
分相応な生活を送る事を拒絶したジェリー、
それに呼応してしまって、
自分勝手な主張が合理的だと勘違いしたジャネット。
ジェリーがもし、
地に足を着いた生活受け入れていたならば、
ジャネットも、
平凡が嫌だ、なんて言わなかったのかもしれない。
二人とも、大人になれていないから、
こういう行動を取ってしまったのです。
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少年が、大人に成る時
さて、では、ジョーが大人になったのは、
いつでしょうか?
それが、本作では明確に描かれています。
ジャネットは、
自分の判断が正しい事を主張する為に、
ミラーに会いに行く時に、
息子のジョーを伴います。
ジャネットとしては、
→ジェリーに別に女が居のではないか?と疑う
→不安で、心配だ
→でも、不安で心配などしたくない、お金も、生活においても
→不安で、貧乏なのは嫌だ
→だから、不安にさせるジェリーをもう、愛していない
→ならば、金銭面で安定した男が欲しい
→金持ちとSEX
自分に悪い所は無い(と思いたい)のですね。
食事の時、
母とミラーがキスします。
観ている方としては、
何故、ジョーは何もしないんだ、このヘタレが!
と思うかも知れません。
しかし、
映画や漫画やアニメと違って(まぁこれも映画ですが)
実際の14歳は、
意外と、内気な人も多いハズ。
相手を攻撃していい時、
そして、その覚悟が無い、
だから、まだ子供なのですね。
しかし、それで、ジャネットが矢口状態、
自宅にミラーを連れこんでSEXしているのを息子に見られるという、
アホ丸出しの状況下において、
彼女は息子に釈明します。
涙ながらに
「どうしていいか分からない、他に道があったら教えて」と。
それに対し、
ジョーは醒めた目線で、何も言わずに立ち去ります。
少年なら、
普通の状況で、母の涙の訴えには、動揺する事でしょう。
しかし、
ジョーはその素振りを全く見せなかった。
散々ジャネットの痴態を見せつけられ、
遂に、親の欺瞞に気付いたのですね。
この時こそ、
ジョーが大人になる、その入り口に立った時、
親が、特別では無いと、気付いてしまった時なのです。
ジョーは母の涙を見ても、
このヤリマンビッチが、という目で付きで、彼女を捨て置きます。
ジャネットの涙が、嘘泣きだと気付いているのです。
そしてジャネットも、
自分の渾身の嘘泣きが、息子に通じなかった事に気付き、
その直後、直ぐ泣き止みます。
このシーンこそ、
本作の白眉ですね。
父ジェリーが帰還し、
母に、別居を言い渡せレます。
ジェリーは、
「母さんは、自分を見失っているだけさ」といいますが、
そんな父に、
ジョーは冷酷な現実を告げます。
ここで、
言葉を濁さず、明確に母の事を伝えられたというのも、
大人の対応ですね。
両親が大人になりきれずにいるのに、
その両親に対し、
息子が大人の対応をした、
それが、本作の面白いところです。
ラスト、
ジェリーは、何処かの商店で、営業の仕事をしている様です。
「スーパーの仕事なんて、女子供のやる事だ」と、
言っていた、彼が、です。
ジェリーは大人になったんですね。
しかし、
そんな彼と、ジャネットは、どうやら、別れたようです。
しかし、
ジョーは、
そんな二人を、自分が働く写真館に誘います。
そして、
三人で、写真を撮るのです。
作中、写真館のオーナーが、
「写真撮影とは、幸せな記憶を永遠に留めておこうとする行為だ」
と、ジョーに教えるシーンがあります。
今はもう、
壊れて終わってしまった家族関係でも、
写真に撮れば、
それは、あたかも、往時の幸せを偲ぶものになるかもしれない、
形だけでも、幸せに見えるのだから。
ジョーのそういう切なる想いのにじむシーンです。
まぁ、
彼達が写真を撮った、
その背景に不穏なキノコ雲があるのは、ご愛敬ですが。
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初監督作
本作が初監督作である、
ポール・ダノ。
彼は、この家族を題材にした作品と撮るにあたって、
スタッフにも、
気心の知れた相手を選んでいる様です。
先ず、共同脚本家のゾーイ・カザンは、彼の妻。
本作は、まず、ジャネット役から決めたそうですが、
その、ゾーイと、
過去に仕事をした事のあるキャリー・マリガンを、
その役にしています。
どちらも、
チェーホフの『かもめ』の舞台経験あるので、
その関連かもしれません。
それにしても、キャリー・マリガンは、
『ドライヴ』(2011)や、
『華麗なるギャツビー』(2013)でも、
男を破滅させる女性を演じており、
その、ロリだけど、オバサンに見える外観という特性を、
如何無く発揮していると言えます。
ジェリー役のジェイク・ギレンホールも、
過去、
『プリズナーズ』(2013)や
『オクジャ/okja』(2015)にて、
ポール・ダノと共演しています。
また、ジェイク・ギレンホールが新しく設立した映画製作会社の「ナイン・ストーリーズ」が、
本作の製作を担当しています。
こういう、信頼出来る相手と組んだからこそ、
極、家族的な作品に仕上がったのだと言えます。
大人になりきれない、両親の不仲が原因で、
止めようも無く、家族関係が崩壊して行く。
その中で、
大人へと成長して行く少年の視点で描写した物語、
『ワイルドライフ』。
ままならぬ事があっても、
それを受け入れて進む事で、人生は続いて行く。
その事を、
美しい映像と、
それに反比例する様な、生々しい感情のうねりで描いた作品と言えます。
*現在公開中の新作映画作品をコチラのページで紹介しています。
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