「火事の原因はマグダ」。そう噂が囁かれた為、消防士長のピョトルは娘のマグダを他所に置いていた。しかし数年が経ち、ほとぼりが冷めたと思われる頃にマグダは戻って来たのだが、、、
著者はステファン・グラビンスキ。
ポーランド文学史上、唯一の恐怖作家と言われる。著書に
『動きの悪魔』
『狂気の巡礼』がある。
本書『火の書』は怪奇小説集である。
「火」にまつわる怪奇短篇9つ。
エッセイ2篇。
インタビュー3篇からなる。
エッセイとインタビューは特に火に拘っていない。
自作の解説や書評などだ。
「火」にまつわる話ばかりよく作ったなぁ、
という印象通りに、短篇は
「火」に執着した作品が大半である。
火は全ての生物に恐怖を呼び起こす。
しかし、火自体の恐ろしさより、
「火」に執着する人間の心が恐怖を呼び起こす。
物語自体は単純だ。
しかし、そこに込められたねっとりとした渾身の恐怖に震え上がる。
そんな作品集である。
また、『火の書』はその装丁が素晴らしい。
是非一度、実物を見て欲しい。
以下ネタバレあり
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執着の恐怖
本書『火の書』は火にまつわる短篇を集めている。
だがテーマは「火」でも、その焦点はむしろ執着である。
そして『火の書』に限らず、著者ステファン・グラビンスキの作品は執着する事から生まれる恐怖を描いている。
一意専心で以て物事を極める。
素晴らしい精神だが、執着が行き過ぎ、狂気の線を越えてしまった人間の頑迷さは傍観者からすると理解不能である。
この相互理解の断絶の瞬間とその結末を作品として描いている。
これがステファン・グラビンスキの恐怖である。
過ぎたるは猶及ばざるが如し、である。
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作品紹介
本書はメインに短篇9つを据え、エッセイ2篇とインタビュー3篇を添えている。
短篇の簡単な解説をしたい。
赤いマグダ
マグダの居る所に火事が起こると噂されるが?
白いメガネザル
職人が出会う、未知の闇から生まれ出るものを描く。
四大精霊の復讐
火事を物ともせず活躍する消防士に向けられる悪意。
火事場
必ず火事が起こるという場所に、敢えて家を建てると、、、
花火師
天才花火師の幻想的な生涯を描く。
ゲブルたち
病院内で独自に発生した拝火教の結末までを描く。
煉獄の魂の博物館
火にまつわる霊障を集めている博物館で起こる事。
凝った表紙はこの作品を意識している。
炎の結婚式
火事場の炎でしか欲情しない男とそれに惚れた女の悲劇。
有毒ガス
雪夜に流れ着いた小屋で遭遇する怪。
『火の書』においては「火事場」こそステファン・グラビンスキの特徴が十全に発揮された作品であろう。
結末は直ぐに読める。
しかし、執着が反転し、カタストロフに向かって突き進み始める人間の狂気をありありと描き、それこそが恐怖を生んでいる。
あらかじめ分かっていたハズの結末を招く「赤いマグダ」。
自身を過信した為に起こる悲劇「四大精霊の復讐」。
執着が伝染し狂気と成る「炎の結婚式」。
これらもグラビンスキ的である。
「白いメガネザル」はゴシックホラー的装い。
「花火師」は毛色が違う幻想譚。
「ゲブルたち」「煉獄の魂の博物館」はオカルト。
「有毒ガス」はまるで日本の民話の様な読み味だ。
ご覧の通り、バリエーション豊富である。
「火」というテーマで一人アンソロジーと言える事をやってのけている。
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炎上必至!?
グラビンスキはエッセイとインタビューにて批評家や他の作家の批判をしている。
実名をずらずら並べているので現在では炎上必至である。
だが、作家ステファン・グラビンスキは意図して狂気を描き、誇りを持って作品作りをしていたのだと分かる。
だがらこそ、ぬるい他者が許せないのだろう。
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凝った装丁
日本で販売されているグラビンスキの著書、
『動きの悪魔』
『狂気の巡礼』
はいずれも装丁が美しかった。
そして、本書『火の書』も素晴らしい。
ちょっと統一感に欠けはするが、恐怖小説の歪さを現している様で面白い。
本書『火の書』においてはテーマである「火」そのもののよりも、それに執着する人間の狂気を描いている。
そして、狂気とは人間の内面より生まれ出づる物なので、より根源的な恐怖を呼び起こすのだ。
ポーランド唯一にして随一の恐怖作家の看板に、偽りなしである。
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さて、次回は同じポーランド系の作家スタニスワフ・レムの『主の変容病院・挑発』について語りたい。