幻想・怪奇小説『蜘蛛の糸は必ず切れる』諸星大二郎(著)感想  不安の立像!!悪夢の顕現!!

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船を待っている。いつ来るか分からない船を。倉庫を転用した待合所にて宿泊しつつ、互いに素性を詮索せず、数人の人間と共に待っている。昨日も来ず、今日も来ず、明日も来るかも分からず、果たして自分は本当に船に乗りたいのか、、、

 

 

 

著者は諸星大二郎
唯一無二の奇想漫画家であるが、本作は小説。
小説作品は
キョウコのキョウは恐怖の恐
『蜘蛛の糸は必ず切れる』(本書)の2冊がある。

漫画の代表作に
『暗黒神話』
『マッドメン』
『西遊妖猿伝』
『妖怪ハンター』シリーズ
『栞と紙魚子』シリーズ
BOX ~箱の中に何かいる~』等がある。

 

漫画家、諸星大二郎による短編小説作品集の第二弾。

前作『キョウコのキョウは恐怖の恐』同様に、

不安の表出、悪夢の具現化がテーマである。

 

前作と恐怖の方向性はほぼ同じ。
だが、本作においてはさらに、

自己すら信じられぬ、存在する事の恐怖が描かれる。

 

オチや展開というよりも、終始ねっとりした粘り着く様な闇が描かれる本書『蜘蛛の糸は必ず切れる』。

恐怖そのものが見たいという人にはうってつけの怪奇小説である。

 

 

以下ネタバレあり


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  • より恐怖そのものに肉薄する作品

本作『蜘蛛の糸は必ず切れる』は前作『キョウコのキョウは恐怖の恐』同様に、悪夢の具現化が描かれる。

だが、前作での印象的な狂言回し「キョウコ」が本作にはいない。

その分、何処かとぼけたコミカルな雰囲気が更に薄くなり、より恐怖そのものに肉薄する作品集となっている。

本作の作品群には理路整然としたオチなどなく、
ストーリーも、あっと唸る様な構成・展開となっている訳では無い。

しかし、その分、自己の存在すら疑問・否定しかねない様な、
漠然とした、しかし、目の端に常に見えている様な、言い知れぬ恐怖が描かれている。

黒い絵の具を筆に付けキャンバスに塗りたくり、「これがあなたの自画像です」と言われた様な違和感がある。

自分は何処から来たのか、
何が目的なのか、
そもそも、自分とは何なのか、、、

そういう疑問に答えを出さぬまま、不安そのものを具現化したのが本作品集である。

 

  • 作品解説

『蜘蛛の糸は必ず切れる』は中篇4つの作品集である。

簡単に解説してみたい。

船を待つ
目的も分からずに、いつ来るか分からない船を待つ。
人によっては目的があったり、船に乗る目的を作ったり、道が見えず自殺したりする。
人それぞれの目的で乗船という機会を待つ、それは人生の不安そのものなのである。

いないはずの彼女
居るだけで災厄をもたらす、呪いそのものに人格を与え、それ目線で話が進む。
だが、居るだけで迷惑なので、なるべく関わりを避けられ、皆に疎まれる普通の人間であるという可能性も捨てきれない。
そういう人間、あなたの近くにもいるでしょう?

同窓会の夜
「いないはずの彼女」の姉妹篇と言える。
自分の居ない同窓会で、自分の話題にて盛り上がる様に、皆を囁きで誘導する。
自己顕示欲という感情の地縛霊は、その発露である同窓会で現世に戻って来た。
しかし、どんなに人に見て欲しくても、多くの人間にとっては過ぎし日の記憶でしか無い。
騒げば騒ぐほどスルーされる道化でしか無いのだ。

蜘蛛の糸は必ず切れる
諸星大二郎小説作品の中では唯一と言っていい、強い意思を持つ主人公・カンダタ。
彼は周囲に不安を撒き散らし、しかし目的を果たせずともそれを諦めない不屈の闘志を持つ。
自己の内面に沈む事も、他人の迷惑顧みず、周囲に害を及ぼすのも、等しく地獄である。
機会を与えつつ、自分の位置まで登って来たら不快だと叩き落とす
常に「優越感」というマウントを取る事によって、上級のプライドと社会は保たれているので、カンダタの様な下級民の努力は叩き潰さねばならないのだ。

 

 

恐怖そのものを象徴として上手く取り出し作品とする。
そういう怪奇小説はある様で中々無く、面白い物はさらに少ない。

自己の存在不安に沈潜するかの様な、本作『蜘蛛の糸は必ず切れる』。
知る人ぞ知る、では勿体ない怪奇小説の名品である。

 


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さて次回は、恐怖と愛を絡めてみた作品集『エイルマー・ヴァンスの心霊事件簿』について語りたい。