エス・エフ小説『風牙』門田充宏(著)感想  真面目で硬派!!SFガジェットを使いつつ、あくまでメインは物語!!


 

会社の社長・不二の記憶に潜行した珊瑚。珊瑚はそこで、不二が飼っていた犬の風牙に会う。しかし、なんと風牙はシステムをものともせず、記憶の中から珊瑚を追い出さんとした。なんとか自我を保った珊瑚は、さらに不二の記憶の中を探索するが、、、

 

 

 

 

著者は門田充宏
本作収録の「風牙」にて
第5回創元SF短編賞を受賞しデビュー。
本著が初単行本。

 

2014年に、
「ランドスケープと夏の定理」(高島雄哉・著)と同時受賞した創元SF短編賞。

どちらも、本年、2018年に、初単行本を刊行する事にあいなりました。

 

本書は連作短篇4篇からなる作品集。

どの様な作品なのかと簡単に言うなら、

記憶と感情の物語です。

 

 

珊瑚は3万人に一人の割合で産まれる、
過剰共感能力者(HPS)のグレード5。

他人の感情を汲み取り、
その感情に嫌が応にも共感してしまうという特質を持っている。

それが故に、
14歳まで「自我」を持てずに生きてきた珊瑚は、

ある日、
「九龍」の不二によって救われる。

不二は過剰共感能力者を集め、
疑験都市という「感情を伴ったVR空間」を運営する為に、
その管理者、調整者として、

HPS能力者をインタープリタとして訓練していた。

九龍が作った技術、「共感ジャマー」によって自我を獲得した珊瑚は訓練に励み、
会社でもエース級のインタープリタに育った。

その、九龍の社長、不二に、
完治不能の悪性腫瘍が発見された。

余命宣告を受けた不二は、
自分の記憶をレコーディングしたいと希望する。

普通の事例なら半日で終わるハズの作業が、
二日経っても終わらず、

インタープリタをレコーディング中の記憶に投入する事になるのだが、、、

 

 

こう書くと、
ゴリゴリのSFで読みづらい様に感じるかもしれません。

しかし本作は、

あくまで、語られるのはストーリー。

 

「こういう面白いものがある」
それを語る為に、
SFという設定を使い、活かしている印象です。

 

とは言え、
その内容は、

もの凄く真面目。

 

著者は、1967年産まれ。

いわば、遅咲きのデビュー。

年頃が反映された影響か、
それ故に、
ストーリーのテーマとして語られるのは

病気、
トラウマ、
家族関係、等

 

健康で文化的な生活をしているならば、

普段、
目を向けず、避けて通っている事、

それを敢えて暴露し、
白日の下にさらしています。

それが、読んでいて、
硬派な、
故に、
ズッシリとした読み応えとなっています。

 

読んで、スカッと楽しいものでは無いかもしれません。

しかし、
この真面目さ、
真摯さは、
作品の完成度の高さでもあります。

作品として面白さは保証済み。

そういう王道的な小説を言える作品、
それが『風牙』と言えます。

 

 

  • 『風牙』のポイント

来るべき未来を描く、SFの魅力

語られるストーリーの真面目さ

喪失を受け入れるという事

 

 

以下、内容に触れた感想となっております

 


スポンサーリンク

 

  • 硬派な作風

本作『風牙』は読み易い文章です。

しかし、
そのテーマ性が重く、
スラスラと楽しく読める作品かと言うと、
そうではありません

作品のテーマとして、
病気や、
トラウマ、
家族関係のあれこれ、等が語られ、

けっして都合の良い事だけを描写したものでは無いからです。

 

さて、
本作はSF作品として、主に、
「記憶に潜行する」
「相手の感情と共感出来る」
というネタを扱っています。

ネタをしては、
過去のSF作品でも良く見るものです。

筒井康隆の『パプリカ』、
映画の『トータル・リコール』など、傑作も多い印象です。

そして、
本作で印象的な、「疑険都市」も、
「制作者が設定した方向に、感情をリアルに感じ取る事が出来るVR空間」と言えるもので、

いわば、
映画の『レディ・プレイヤー1』の更にその先を見越した、

もしかしたら来るかもしれない直近の未来を描いたものです。

 

そういう、
何処かで見た事のあるネタ、
直近の未来を描きながら、

そこで現出するのは、
相手の感情をリアルに他者が感じ取る事の出来る世界です。

過剰共感能力者という存在、
そして彼達の奮闘で造られた、疑険都市。

本作はつまり、
「記憶」や「感情」といった、極プライベートなものを、
文章にて表現しようとした作品と言えます。

媒体としては
「映像」や「音楽」と比べれば、非情に不利。

個人の内面を他人が共感するという不可能性に、
文章でチャレンジし、
それを表現せんとする

それを実現する為に、
本作は敢えてストーリー的には、読んでキツイテーマを選んでいるのだと思われます。

不快や、不安な事象ほど、
人間の感情がリアルに喚起される事は無いからです。

 

  • 収録作品解説

それでは、本作収録作品を簡単に解説してみたいと思います。

本作は、連作短篇4篇からなる作品集です。

 

風牙
創元SF短編賞を受賞した作品。

本作は、
過剰共感能力や、記憶空間など、
SF的なガジェットを存分に使いながら、
それが過剰に説明的にならずに、ちゃんと物語になっている所が凄いです。

他人に理解されないと悩む記憶の中の不二と、
他人に共感し過ぎる珊瑚や、飼い犬の風牙、
この対比を描きながら、
正反対な立場の者が、共に祖父の同じ言葉で救われている所に、
「粋」な感じを受けます。

 

閉鎖回廊
多重人格ではありませんが、
ネタとしては、よくある多重人格モノの一種です。

そこに、
「主観的な記憶」という「信頼出来ない語り手」を噛ませる事で、
SFミステリとしてのテイストを加えているのが面白い所。

本作独自のネタを、十二分に使った力作です。

 

「体験者に、制作者が設定した感情を、無理矢理感じさせるVR空間」というのは、
今ある技術の更にその先を描いたものです。

しかし、自意識や感情という極個人的なものは、
VR空間にて、唯一捨てられない己自身であるが故に、
本作で描かれた「九龍の疑険都市」の技術が現実に確立されてもは、
禁制品としてのみ流行りそうだと、
個人的には思います。

 

みなもとに還る
前のエピソードの「閉鎖回廊」の人格ネタを前提とし、
そこから更に、珊瑚というキャラクターの家族関係を掘り下げた作品。

打算に満ちた<みなもと>という団体、
そして、SFホラーとも言えるネタでありながら、
珊瑚というキャラクターの対応と落としどころにて、
無理矢理爽やかな感じをラストで演出しているのが面白いです。

「同じ事柄でも、それをどう受け止めるかで人生が変わる」
この後の「虚ろの座」にて、珊瑚の父の瀧澤が言った台詞ですが、
珊瑚が選びとった未来は、拒絶ではなく受容だったのですね。

「虚ろの座」を読んでから思い返すと、
また一味違った趣が感じられます。

 

虚ろの座
珊瑚の物語の、その前日譚となるエピソード。
珊瑚が自我を崩壊させた切っ掛けが描かれます。

本作は、単品としての悲劇を描きながら、
前3つのエピソードを補完する、
ちょっとオシャレなエピローグ的な効能も持ち合わせています。

 

日々をルーチンワークの思考停止にて過ごす事の、
結末の悲劇を描いたとも言える本エピソード。

人間、
生きる為に仕事をするのか、
仕事をする為に生きるのか、
その概念が逆転した時に、悲劇が起こります。

仕事なんて、いつでも辞められると思えば、
人生、道が拓ける事もあるんですよね。
(まぁ、悪くなる事もありますがね)

 

 

本作は、
恐らく、小説の書き方として、

書いている内に物語が勝手に動き出すタイプの
「順書き」では無く、

粗筋や結末をある程度設定して、
その通りに書いて行く「あて書き」のタイプだと思われます。

(私の勝手な造語ですが、意味は通じると思います)

 

本作の作品は、
読んでいると、ある程度結末が予想出来る作品ばかりだからです。

作品が、
結末に向けて、しっかりと進んで行っている印象を受けるのです。

しかし、
それでいて本作が読み味を失っていないのは、

物語が、オチのその先を描いて終わっているからです。

 

本作の作品は、
いずれも喪失の物語。

しかし、

病気になった、それでも生きて行く。

トラウマが発動した、そこから、新しく生きて行く。

家族を喪った、そこから、新しい関係を築いて行く。

病気、トラウマ、家族関係という不都合なネタを描き、
決してハッピーエンドでは無くとも、
そこから人生を始めようとする意思を感じさせます。

喪失の物語でありながら、そこから始まる先の物語をも予見させる、
そこに本作の面白さがあるのです。

 

確かにラストエピソードの「虚ろの座」は、
単品で読むと、終わり方が嫌な感じです。

しかし、
ここから珊瑚の物語が始まったという意味においては、

絶望的な終わり方であっても、
その先に繋がる未来があるという事を、描いている。

そうとも受けとれるのではないでしょうか。

 

 

 

SF的なガジェット、ネタ、用語をふんだんに使用しつつも、
それが描くのは、あくまでもストーリー。

感情、記憶という、
極個人的なものから発生する人間関係の悩みを描き、

それが悲劇に終わっても、
そこから始まる未来への希望を謳う。

『風牙』は真面目でズッシリとした読み応えの、
正しく、小説の面白さを体現した作品と言えるのです。

 

 

書籍の2018年紹介作品の一覧をコチラのページにてまとめています

 

 

 


スポンサーリンク