小説『生ける屍』ピーター・ディキンスン(著)感想  生ける屍とは社畜の謂いである!!

 

 

 

医薬会社に勤めるフォックスは動物を用いた治験を4ヶ月こなしていた。実験終了後、会社から次の任務地としてカリブ海のとある国を提案され、二つ返事で引き受けるがそこは政情不安定で、、、

 

 

 

『生ける屍』はかつてサンリオSF文庫で出版され、絶版後高値で取引されていたものがちくま文庫にて復刊された。

その内容は、題名から連想される様な

ゾンビが出てくホラーではない。

 

純粋なSFとも少し違う。その分を期待されると裏切られる。
しかし、小説としては面白いのでそこは保証できる。

では、『生ける屍』とは何の事か?
それは社畜の事を言っているのだ

 

40年ほど前に書かれた本書にも、既にその概念が見られる。

 

 

以下ネタバレあり


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  • 生ける屍の冒険

「生ける屍」のことを端的に表現した部分がある。引用してみたい。

「フォックスは、しばらくのあいだ魂と肉体と服との組合せを考えてみた。全部で七通りの組合せがある。三者全部揃った組合せがひとつ、三者のうち一つを欠くものが三通り、二者を欠くものが三通り。しかもそれはふたつだけの組合せでも名前がついている。つまり、
魂と服なら幽霊、
魂と肉体だけならば野蛮人、
服と肉体だけならば屍――いや、屍ならば組合せなくてもひとつだけで屍だ。
服と肉体との組合せは、生ける屍ではないか。」
(p.186より抜粋。改行は投稿者が入れる。また文中の「生ける屍」の傍点を消し、太字表記にしてある)

巻末の佐野史郎氏のエッセイでも引用されている。魅力的な部分だ。

魂の無い存在。つまり自らの意思を持たない空虚な存在の事を「生ける屍」と読んでいるのだ。

なにも考えずに命令されるがままに従い、何のスキルアップもないまま人生の時間を労働に費やす……あなたにも心当たりがありませんか?

本書『生ける屍』の主人公フォックスも、「自分は動物実験の様な単純作業をするより、もっと創造的な新しい実験をする方が成果を上げる事が出来る」と思っている。
しかし、本人はそう思いつつも与えられた仕事を完璧にこなしてしまうので周りは動物実験に適正があると見做してしまう。

自分の有用性を示す為だけに、自らの意思を殺して仕事に没頭する。そうした「生ける屍」状態の者を周りは敏感に察して、それを利用しようとする。
そして、フォックスは段々とのっぴきならない状況に追い込まれていってしまうのだ。

ほら、あなたにも心当たりがあるでしょう。
それを社畜と言うのですよ。

  • 塩をなめる時

ネズミの迷路実験をしていたフォックスは、島の支配者一族の一人であるトロッター博士に強要され、人体実験をする事になってしまう。ネズミにも与えていた、知能を高める可能性のある「SG19」という試薬を人間をもって試してみようと言うのだ。

フォックスはせめてもの抵抗として、集められた捕虜とともに窖(ピット)で寝起きし、自分にも試薬を投与し危険なものでは無い事を示すと言う。

それを聞いたトロッターは
「君が徳性のある人間になっちまったらどうなるのかね?」(p.223より抜粋)と言って笑う。

これはつまり支配者側のトロッターとしては、利用しやすい「生ける屍」のフォックスが知能や自意識を持ってしまったら困ると言っているのだ。
支配者は奴隷根性の性質を一目で見抜き、それを利用する。その事を「生ける屍」であるフォックス自身に無邪気に開陳するシーンだ。

しかし、その窖(ピット)暮らしでまさにフォックスは目覚めてしまう。我々はここから出なければならない、と。
フォックスは捕虜と協力しピットから脱出、そのまま逃亡する。

そして、捕虜だった一人の女性からある民話を聞く。
「墓から蘇った死人は、塩を食べ自分が死体である事を思い出し、再び墓に戻る」と。

これはフォックスの運命をなぞらえた予言めいた言葉だ。
「生ける屍」だったフォックスは、それを自覚する事で、以前とは違う人間となって元の生活に戻って行く、というものだ。

自らが「生ける屍」状態の時はそうと分からず過していても、ひとたび自分が「生ける屍」であると自覚してしまったら、再びその状態には戻れない

「社畜」が自虐ではなく、自らが真に「奴隷」であると自覚してしまったら元には戻れないのだ。

 

労働環境における社会的問題意識の提起の話のようだが、難しい事を考えずアドベンチャーものとしても面白い。
社畜の方は本書を切っ掛けに目覚めてみては如何だろうか?(その後の事は保証しかねます)

かつてはサンリオSF文庫に収録されていました。

 


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さて、次回は女子高生が魂と服だけの存在とバディを組む漫画『真昼に深夜子』について語りたい。