小説『黄色い雨』フリオ・リャマサーレス(著)感想  透徹した寂寥感

 

スペインの山間部にあるアイニェーリェ村。村人は次々に去ってゆき、住む者はすでにいない。そして、他村の男達がやがてやって来て、死んだ私を見つけるだろう、、、

 

 

著者のフリオ・リャマサーレスはスペインのベガミアン生まれ。弁護士からジャーナリストを経て、詩人、小説家としてデビューする。
日本で手に入る他の著作に
『狼たちの月』
『無声映画のシーン』がある。

本書は表題作「黄色い雨」と短編
「遮断機のない踏切」
「不滅の小説」を収録している。

本書『黄色い雨』は孤独な男の物語だ。
アイニェーリェ村には既に男しか居らず、

崩壊に抗えず、認めもせず、
しかし、ただ意地を張るしかない。

ただ一人の人間として村に居座り続ける男の、

その圧倒的な寂寥感が寒い冬の朝の様に身にしみる。

 

孤独と死に満ちた物語だ。

 

ちなみに、短編二編は全く読み味が違う。
また違う一面が見れてお得感がある。

 

 

以下ネタバレあり

 


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  • 黄色い雨とは

この作品の題名となっている「黄色い雨」とは秋の落ち葉の事である。

アイニェーリェ村は山間部にあり、果樹園もある様なので落葉が多いのだろう。
秋ともなればざぁざぁと黄色い落ち葉が降っているハズだ。

そして、「黄色い雨」が降りしきった後には苛酷な冬が到来して来る。

抗う術の無い困難の到来、その先触れが「黄色い雨」である。

そして、最終的に抗う術の無い事、「死」を予感させるものとして黄色がそのイメージとされている。
一般的には黄色は太陽の色、生命の色なのにこの作品では死をイメージさせる。そのギャップが興味深い。

  • 受け入れ難き事に抗えず

どんな人間にも等しく訪れる受け入れ難き事象が「死」である。

以下に印象的な部分を抜粋する。
「人は誰しも死ぬことを考えると恐ろしくなる。もっとも若い頃は死がずっと遠くの、はるか先のことのように思えて、誰も受け入れようとはしない。しかし、歳をとり、死が間近に追ってくるにつれて逆のことが起こる。つまり、われわれは死が恐ろしくなって、正面から見つめることができなくなる。しかし、いずれの場合も死の恐怖はつねに変わることはない。死は不公平で、容赦なく肉体を滅ぼし、しかも忘却が無限の冷たさをもたらすが、それが恐ろしいのだ。」(河出文庫p.85~p.86から抜粋)

男は一人でアイニェーリェ村に残り続けている。
近所の住民は残らず去り、妻にも先立たれ、息子の手紙を受け取っても、それでも居座り続ける。
先祖が開拓した土地を守るとか、そういう義務感というよりはただの意地である。

自分以外に恃む事をよしとしないが、それでも抗えないのが「死」である。

男は一人の日々を死に囲まれて過す。そして、その包囲が狭まり、間近に迫る死を否応無く意識し続ける事で、男はそれをようやく受け入れる。

  • 短編について

短編の2編の方も意固地な人間の悲哀と滑稽さを描く。
しかし、そこはかとないおかしみがあり、『黄色い雨』とはまた違った読み味となっている。

ちょっと思ったのだが、『不滅の小説』のルピシニオは漫画『新黒沢最強伝説』の黒沢のイメージで読めて面白かった。

 

 

圧倒的な寂寥感の中で死に向かい、徐々に身を刺すその予感を受け入れてゆく男の物語、『黄色い雨』。
人は誰しも死ぬのである。本書を読んで、その準備を始めるのも良いかもしれない。


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さて、次回は死神の依頼をも受ける探偵の小説『パルプ』について語りたい。