私には、いつからか見る夢があった。それは友人、ジャック・ストーンの家族と共にする庭での茶会である。その終了時に、必ずストーン夫人がこう言う「塔にお部屋を用意しましたよ」と、、、
著者はE・F・ベンスン。
19世紀末~20世紀初頭に活躍した英国の作家。
本邦でもアンソロジーの形で短篇が多数紹介されているが、短篇集自体が一冊丸ごと紹介されるのは、本書が初だと言う。
さて、その『塔の中の部屋』。
これこそ、真っ当、
ど真ん中のゴースト・ホラー短篇集である。
短篇集の作品はどれも、怪しげで邪悪な怪奇物語に満ちている。
どの話も、怪異に始まり、そして不吉な事が起きるというオチで終わる。
この、怪奇小説古典的王道展開をこれでもかと読ませてくる。
しかし、それでいて恐怖のバリエーションは多く、全く飽きさせない。
この量でこの質、至福の300ページ全17篇である。
解説では「軽く読んでくれれば」と言っていたが、ところがどっこい、これだけ読めばズシリと来る。
面白い怪奇短篇小説が読みたい、そういうリクエストにストレートに応えてくれる作品集である。
以下ネタバレあり
スポンサーリンク
-
多才な作家のストレートな恐怖作品
本書『塔の中の部屋』の著者E・F・ベンスンは、本邦では恐怖小説家として知られる。
だが、本国イギリスにおいてはユーモア小説家のイメージであり、
また、ノンフィクションも多く手掛けたという。
確かに、「笑い」と「恐怖」は紙一重。
漫画家の話だが、ギャグ漫画出身の作者がホラー的な漫画も手掛ける事はよくある事である。
「笑い」を追求すると、何処かの時点で壊れてしまい、「ホラー」に転じてしまうのだ。
しかし、本作はそういう狂気のホラーではない。
基本に忠実なホラー、典型的展開が何処か上品な感じすら与える怪奇小説集である。
短篇とは、気楽に読める反面、
物語世界が短いページでリセットされ続けるので、「短篇集」という形で一気に読むと、案外疲れる作品集も多い。
だが本作品集では物語の序盤、作品舞台解説の場面描写にリアルさがあり、物語への没入を共感によって容易に促す。
これは、多才な小説ジャンルで活躍する作者の資質であろうか。
この共感力が読みやすさを生み、より恐怖そのものを感じられる事になっているのだ。
-
作品解説
『塔の中の部屋』は全17篇の短篇からなる。
簡単に解説してみたい。
塔の中の部屋
意味不明だった恐怖に意味が与えられた時の更なる恐怖。
オチというより、不気味な展開と語り口が魅力的な作品。
アブドゥル・アリの墓
不思議な出来事や、邪悪な行為を目撃した場合、それを魔術と信じるや否や。
体よく言い訳して現場から一人逃げだそうとする「友人」の姿が笑える。
光の間で
不気味な幻視を視て、それに恐れおののいて、一目散に逃げ出す。
この行動は正しい。君子危うきに近寄らず。
喉元まで迫った恐怖の鉤爪の描写がいい。
霊柩馬車
ありがちで先が読めるオチであっても、語り口と場面描写で絶妙の面白さがある。
猫
予告された破滅をそのままなぞってしまう。
いくら忠告されても、実際に我が身に起こるまでは危機感というものが無い。
芋虫
ふとした事が理不尽な運命を回避する事になるかもしれない。
保身の為に、他人の危機で声が出ないとう状況が心苦しい。
チャールズ・リンクワースの懺悔
死ぬ前に懺悔が能わず、死して後悔いるという事があるのか?
この作品も状況描写が不気味で面白い。
土煙
狂気そのものが地縛霊として残った様を描く。
20世紀初頭であっても、「車の運転で性格が変わる」感じは現代となんら変わる事が無いのだと教えてくれる。
ガヴォンの夜
女性自身の気持ちはどうだったのか?
そういう問いかけがある一方、
結局サンディの思いを魔女が利用して、なんらかの「生贄」にしたのではないかとの疑いも残る。
レンガ窒のある屋敷
呼び鈴、「恐怖」の雰囲気から始まって犯行現場を見るまでに至る、恐怖を煽る展開と語りが見事。
かくて恐怖は歩廊を去りぬ
ゴーストと同居する家族、という設定からして魅力的。
結局、幽霊相手であっても相互理解の重要さを思い知らされる。
遠くへ行き過ぎた男
「パン」という存在は怪奇小説に常連のモチーフである。
しかし、本作は自然礼拝の意識高い系語りがうざくていまいち乗れ無い。
もう片方のベッド
ワインを頼んだ、頼んでないといいう状況を繰り返すという展開はギャグ的だが、それに幻視が加わると途端にホラーとなる。
扉の外
霊では無く、「現象が痕跡として場所に滞っている」と独自理論をドヤ顔で振りかざすが、聞いている方は「ぶっちゃけどっちでも同じだろう」と思っている感が出ていて笑える。
ノウサギ狩り
何が本当か、ではなく、何を信じているか、という事が現実を作っていく。
その上で、不仲となり殺し合い寸前まで行った人達がその後関係修復したラストに驚愕。
夜の恐怖
「死者の呼び声」という現象を、各人がそれぞれ違った形で感得するというのが面白い。
広間のあいつ
好奇心は猫をも殺す。
未知のモノ相手に「まだ大丈夫、自分は大丈夫」と思い上がるのは愚の骨頂である。
だが、結局、本当に「何か」がいたのか?
それとも、「邪悪さ」に感化された自らの心の作用によって死に至ったのか?
その判別は着かないのだ。
『塔の中の部屋』の収録作の展開やラストは古典的、
何かが起こって、恐怖に出会う、というものである。
しかし、その状況描写と展開の上手さで話にグイグイ引き込む。
オチやアイデアで読ませるタイプの短篇もあれば、
本作のように描写力や構成で読ませるものもある。
いずれにしても、本書が傑作怪奇小説短篇集であるという事は変わらない。
魅力的な怪奇小説を楽しめる事請け合いだ。
スポンサーリンク
さて次回は、ホラーよりも恐い?プロレスの実録裏話『増補DX完全版 劇画プロレス地獄変』について語りたい。