1885年、イギリスに上陸したドラキュラ伯爵はヴァン・ヘルシングを滅ぼし、ヴィクトリア女王との婚姻を敢行。プリンス・コンソートとしてイギリスを手中に収めた。
そして、時は1888年、世は吸血鬼の娼婦を残忍に殺害する「銀ナイフ」に騒然となっていた、、、
著者はキム・ニューマン。
ドラキュラ伯爵がヴァン・ヘルシング教授に勝利した後の英国を描いたシリーズ、
『ドラキュラ紀元一八八八』
『ドラキュラ戦記』
『ドラキュラ崩御』を著す。
他、ジャック・ヨーヴィル名義で
『ドラッケンフェルズ』
『ベルベットビースト』
『吸血鬼ジュヌヴィエーヴ』
『シルバーネイル』がある。
本作はナイトランド叢書の番外篇。
今回敢行される『ドラキュラ紀元一八八八』は、
ナイトランド叢書「最厚」の一冊となっています。
かつて、東京創元推理文庫から敢行された作品の
増補、復刊されたものです。
ドラキュラが支配する英国。
かつて日陰の存在だったヨーロッパ中の不死者が集まり、
さらに、巷は新たに吸血鬼となった「新生者」で溢れる現在、
出世を約束されるのは吸血鬼のみと言われていた。
未だ「温血者」であるチャールズ・ボウルガードは、闇の内閣の密命を拝する諜報員。
今回の任務は巷間騒がせる「銀ナイフ」事件について捜査する事だった。
一方、
齢400歳を超え、見た目は少女、
ドラキュラとは系統を異にする吸血鬼の血統、
ロンドンはイースト・エンドのトインビー・ホールにて貧困者を助けている
ジュヌヴィエーヴ・デュドネもまた、事件について独自に関わってゆく、、、
本作は、二人の主人公を主として描かれる群像劇。
そして脇を彩るのは、
ヴィクトリア女王、オスカー・ワイルド、チャールズ・ウォレン、切り裂きジャック、等
実在の人物と
ドラキュラ伯爵、モリアーティ教授、ジキル博士、Dr.モロー、等、
創作の人物。
史実、創作、
数多の虚実が入り乱れ
圧倒的モザイク模様の大伽藍を形成している作品、
それが『ドラキュラ紀元一八八八』なのです。
よくぞ、
よくぞここまでキャラクターを詰め込んで破綻しなかったな、という奇跡的なバランス。
いわゆる、ファンメイドの二次創作ものですが、
ここまで豪華に仕上げられると、ある意味オリジナル、
歴史改変SF的な面白さもあります。
この豪華絢爛な歴史改変ホラーを貫くのはストーリーの骨子は、
「切り裂きジャック」事件。
1888年、8月31日~11月9日にかけてロンドンを恐怖のどん底に突き落とした、
あの事件、
あの時代を描いています。
なので、本書を読む場合、
前知識として、
『吸血鬼ドラキュラ』を読んでいるのは必須、
そして、出来れば「切り裂きジャック」事件の事も知っていれば、
より楽しめます。
*『決定版 切り裂きジャック』仁賀克雄(著)が個人的にオススメです。
とは言え、
単品でも面白いのは事実。
例えるならば
『ジョジョの奇妙な冒険』の第一部、第二部を読まなくても、
第三部が楽しめるのと同じレベルで、本作も単品で楽しめます。
また、本作は数多の小説、映画等から多数の固有名詞を拝借している作品なので、
その元ネタを調べる楽しみもあります。
あ、この人物の名前、聞いた事ある、
と思ったら、
巻末にある登場人物辞典という便利なものがありますので、
それでチェック出来るという親切設計。
これで興味を持った作品を読んで見みるのも面白いでしょう。
本篇の面白さもさる事ながら、
創元推理文庫版になかったオマケも豪華。
登場人物辞典を増補し、
さらに
著者による付記(章毎の作品解説)、
撮影されなかった、映画「ドラキュラ紀元一八八八」の抜粋シナリオ、
もうひとつの結末、
著者のコラム「ドラク・ザ・リッパー」、
ドラキュラ短篇「死者ははやく駆ける」、
が収録されています。
*本篇はp.557まで、
その後にオマケが127ページもあります。
創元推理文庫版の所持者も、お金に余裕があれば本屋でチェックして見るといいと思います。
お値段は張りますが、
それに見合う面白さと充実ぶり、
『ドラキュラ紀元一八八八』は傑作エンタテインメントです。
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『ドラキュラ紀元一八八八』のポイント
改変された歴史上の「切り裂きジャック」事件
虚実織り交ぜた数多のキャラクターが織りなすモザイク模様
ホラー、アクション、サスペンス、ラブストーリー、これぞエンタテインメント
以下、内容に触れた感想となっております
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*本作は著者自身の解説、
そして、登場人物辞典をチェックすれば、最早付け加えるものもありませんが、
やはり個人の感想というものも何かのお役に立つと思いますので、
少し語らせて頂きます。
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キャラクター大集合
本作『ドラキュラ紀元一八八八』は、
ブラム・ストーカーの『吸血鬼ドラキュラ』の世界観を継承しつつ、
ドラキュラがヴァン・ヘルシングに勝利した
「if」世界にて起きた、
「切り裂きジャック」事件の顛末を描写した作品です。
この、ドラキュラが支配する英国は、
日陰者だったヨーロッパ中の吸血鬼が大集合。
この、吸血鬼の固有名詞乱舞ぶりが、先ず圧倒されます。
分からない。
殆ど分からない。
こんなにも吸血鬼作品ってあったんだなぁと、思い知らされます。
目立つキャラクターもあり、
ちょい役アリ、
全部の作品はチェック出来ませんが、自分もまだまだと恐縮しきりです。
*ナイトランド叢書で直前に発売された『見えるもの見えざるもの』E・F・ベンスン(著)に収録されている、社交的な吸血鬼「アムワース夫人」なんかも居ます。
そして、創作キャラはこれに留まらず、
『シャーロック・ホームズ』
『ジキル博士とハイド氏』
『モロー博士の島』等々、
これらのキャラクターがこれでもかと登場します。
面白いのが、ホームズは名前だけの登場で、捜査に関わらない点。
確かに、彼が捜査したら一瞬で事件が終わってしまいますからね。
そして、これらのキャラクターが実在の人物、事件と絡む面白さ。
「切り裂きジャック」事件の顛末に、
ヴィクトリア女王やオスカー・ワイルド、
吸血鬼連中や、チャールズ、ジュヌヴィエーヴ達がどの様に関わるのか?
現実の「切り裂きジャック」事件を知っていれば、
ああ、こういう形でキャラクターを配置したのね、
こういうキャラクターが活かされているんだ、と、
その構成の面白さにも唸らされます。
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マイノリティの復権にならない物語
ドラキュラが支配する事で、吸血鬼が世に出てくる。
しかし、結局は日陰者の彼等は日の目を見ないのは、
(文字通りの意味でも)
やはり、支配者であるドラキュラという存在の邪悪さ故でしょう。
ドラキュラが敷いているのは恐怖政治、
出世は吸血鬼のみ、
しかし、その身分もドラキュラの気紛れで安泰では無い。
ドラキュラを多くの人物(吸血鬼も温血者も)が厭わしく思えども、
その強権が怖くて文句が言えない。
そして、夜の巷に吸血鬼が跋扈するのが当たり前になった状況。
吸血鬼や新生者は温血者を軽蔑の眼差しで見ています。
しかし、吸血鬼の絶対数が増えると、
そのエリート意識とは裏腹に、
転生前の貧しい社会的地位そのままに、苦しい生活を送る吸血鬼もまた増えるという矛盾。
結局、エリートや古参が幅を利かせる社会の固着化の問題が浮き彫りになっています。
正に、19世紀末のイギリスを覆っていた厭世観がその気分であり、
そんな社会状況が改変された本作の歴史では、より悪い形で継承されているのが興味深いです。
作中でジュヌヴィエーヴが、
ドラキュラの統治が日陰者だった吸血鬼の解放に繋がるのではと期待したが、
むしろより吸血鬼を巡る社会状況が悪くなったと嘆くシーンがありました。
状況を打破し革命を起こした者が、
周りに期待されても、
本人にその意思や方策が全く無かったら、
状況はむしろ昔より悪くなる。
マイノリティが権力を握っても世界が良くならない、
政治と社会の難しさ、厳しさを思い知らされます。
ドラキュラという恐怖の存在が形成した社会。
ここでは、ドラキュラの血統である新生者は奇形の吸血鬼として、個体としても社会の要因としても歪な存在であり、
また、ドラキュラに変成されなかった人物でも、
精神に異常を来し、破滅への道を突き進む者がいます。
「種」としての人間の間に疫病を撒き散らし、
社会の精神的活動にも異常を引き起こす、
正に「邪悪の化身ドラキュラ」。
二次創作もの故に、
原作以上の悪のカリスマ性を発揮するドラキュラには、迫力があります。
ラスボス的雰囲気を出す為に、
最後の章以外では、姿が殆ど見えないのも良い演出です。
この稀代のキャラクターを活かす為に、
虚実合せた様々のキャラクター、
そして、「切り裂きジャック」という魅力的な事件と絡める離れ業。
このアイデアを思い付き、実現させた事が素晴らしいのです。
そして、あくまで主役はオリジナルキャラクター。
チャールズとジュヌヴィエーヴが出会う、
ミステリー、
アクション、
ラブ、
退廃した世界観でも、
主役達がしっかりとエンタテインメントしてくれる。
だから面白いのですね。
しかし、これもまだ第一部。
既に燃え尽きた感があり、
これが後二冊続くなんて信じられませんが、期待して待ちたいです。
*『吸血鬼ドラキュラ』ブラム・ストーカー(著)についてはコチラのページにて、
『決定版 切り裂きジャック』仁賀克雄(著)についてはコチラのページにて、
他のナイトランド叢書については下のリンクにて語っています。
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