伝奇小説『死霊狩り[全]』平井和正(著)感想  情念の固まり!!この世に叫ぶ、ふざけんじゃねぇ!!と

 

 

 

大事故から生還し、九死に一生を得た職業レーサーの田村俊夫。しかし、チームからは厄介払いされ、鬱屈を抱えた俊夫は暴力事件を起こしてしまう。そんな彼を誘った、謎の組織。彼の他に、テロリストや元CIAなど、一癖もある連中が一所に集まった。彼達の共通点は、卓越した生存能力、、、

 

 

 

 

著者は平井和正
数々のSF作品を描く。
代表作に
狼の紋章
「幻魔大戦」シリーズ 等がある。
先頃、短篇集の
日本SF傑作選4 平井和正』が刊行された。

 

 

平井和正の名作、
『死霊狩り(ゾンビー・ハンター)』3部作が、
全1巻の合本となって刊行されたのが、本書『死霊狩り[全]』です。

元々の刊行年は、
『死霊狩り』(1973)
『死霊狩り2』(1976)
『死霊狩り3』(1978)です。

実に、
40年以上前の作品。

しかし、
本作にて描かれる、

世界への、
そして人間という種への、
留まる所をしらない鬱屈の噴出と、

その源泉となる、
人間の悪性は、

 

未だ続いているもので、
現代に生きる我々にも痛いほど共感出来るものです。

 

作者や作品を全く知らない人は、

『死霊狩り』という題名と、
(ゾンビー・ハンター)という呼び方で、

ウェイ系の爽快無双アクションを想像されるかも知れません。

しかして、その実態は、

あくまでも、ハードボイルド、

懊悩と苦悩に満ちたヴァイオレンス・アクションとなっています。

 

 

日々を、生きる為に、
必死になって過ごしている。

しかし、

その人間の必死の、決死の努力を、

外から自分の為に利用する人間がいる。

 

大所高所に立ち、
他人を「駒」として利用する人間は、

大義、正義を「錦の御旗」とし、

それに従事する事を強要し、

常識的で正常な、
人間性に基づいた判断を利用して、

自らの言い分をこちらに飲ませて来るのです。

 

それは正に、

煮え湯!

『死霊狩り』は、
煮え湯を何度も飲まされる男が辿る、

魂の彷徨の物語なのです。

 

時に、

絶望し、怒り、自棄にやり、不感症になり、

その果てに辿り着く場所とは一体何処なのか、、、?

胸をえぐられる感じを何度も味わう、
絶望の物語『死霊狩り[全]』。

全人類よ、この怨念を、刮目して見よ!!

 

 

  • 『死霊狩り[全]』のポイント

人間の悪性に抗う魂の物語

絶望に何度も晒された人間の辿る結末

もっともらしい正義を標榜する事の利己的さ

 

 

以下、内容に触れた感想となっております

 


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  • 平井和正

いつもなら、前語りの部分では、内容に触れない感じの作品の解説を心掛けています。

しかし、今回は勢い余って、

作品に引っ張られる様な感じで、

情念を吐き出してみました

 

確かに、本作には、
現代では「厨二」と言われるラノベ的な設定が多く見られます。

しかし、
その読み味は全く違う、

ライトでポップな所など無く、
ダークでヘビーな、ハードボイルドに徹しています。

ライトノベルの元祖と言われる『ロードス島戦記』を読んだら、
あまりにも普通小説で、ビックリする、

それ以上の衝撃です。

 

その世界観やキャラクターの「立ち」具合から、

現代のライトノベルの源流とも言われる事がある平井和正の諸作品。

しかし、
作者や読者の願望を具現化した現代のライトノベルとは違って、

平井和正の作品は、
世界へのやるかたない憤懣を描き続けており、

それはさながら、人間の悪性に対する絶望的な宣戦布告とも言える作品なのです。

 

願望の具現化に対して言えば、

報われる事が無いと知りつつも、
叫ばずにはいられない絶望の表出

それが、平井和正と言えるのではないでしょうか。

 

  • 収録作品解説

では、収録作品を簡単に解説してみます。

本書『死霊狩り[全]』は、
シリーズ3作品をまとめた合本。

とは言え、
各作品はちょっとずつテイストが違うので、
その辺をチェックしてみたいです。

 

死霊狩り
先ず、話の導入部が抜群に上手いです。
テロリストのライラ・アミンから始まり、
その他、多数のキャラクターを紹介しつつ、
本命の田村俊夫へと繋ぐ。

そして、
ジャングルでのサバイバルや、
基地での訓練という、
鉄板の面白さを描きつつ、日常へと還る。

その後に訪れる、
絶望的なクライマックス。

起承転結の構成が見事

そして、それ以上に、描かれる情念が胸を突きます。

欲しかった物が全て奪われる俊夫と、

むしろ、その状態をこそ望む「S」との対比が、
読んでいても、歯噛みする程の憤懣を喚起するのです。

 

死霊狩り2
復讐心を利用されていると知りつつ、
それを無視してあえて言いなりになる

そういう状況に陥った人間は、
容易く裏切られると、いきなり冒頭でたたき落とされます。

しかし、
正義を振りかざす「S」には、
俊夫の憤懣など何処吹く風。

そして、
俊夫自身も、自らの復讐心は正統な物だと信じたいのですが、

ゾンビーの実態が、
「S」の言う危機感と、あまりにもかけ離れている為に、
俊夫は自らのアイデンティティの危機に陥ります

人が命ずるままに、
何も考えずに行動出来れば、それはそれで楽でしょう。

しかし、
人間、生きていれば、
上司が明らかに間違った支持をして来たり、
自分が常識と思っていたものが間違っていると突き付けられたりして、
命令と自意識の狭間で揺れ動く事が何度かあります。

組織的としてのコンプライアンスをとるか、
倫理的な正しさを実行するか、、、

その結果、俊夫は絶望します。

 

死霊狩り3
自暴自棄になって、何も考えない事を選択した俊夫。

それと対比する形で、林石隆のキャラが、ちょっと人間味を帯びた形に変化しているのが面白い所。

その一方で、
ゾンビー・ハンターという組織の欺瞞というか、
その悪意が凝って、とぐろを巻いている様な感じで、
ゾンビー島それ自体に、重苦しい雰囲気が、終始漂っています

それは結局、
利己的な形で作られた組織が辿る、
必然の崩壊を描いているとも言えます。

が、
その象徴である「S」がしぶとく生き残るあたり、
「憎まれっ子世にはばかる」を体現する胸クソ悪さです。

ですが、
俊夫の個人の物語として見た場合、

最後は「S」の支配から逃れ、
遂に人間の悪性から逃れ得た俊夫は、
ある意味勝利したと言えるのです。

とは言え、
その個人の勝利感や善意など、
それを一蹴する他者の圧倒的な無関心により、一瞬で吹き飛ばされるという事を象徴するラストは、

自分が例え人間の悪性を超越したとしても、
他者の悪性により後ろから撃たれ、結局は儚くなるという事を表している様で、

無常観が漂います。

 

 

 

人間の不幸や絶望を無視出来たら、どんなに良いか。

しかし、人間、そうは行きません。
結局は情動の生き物なのですから。

しかし、その性情を理解し、
むしろ、他者の情動を自らの利己的な目的の為に利用する人間は、

残念ながら、
我々が生きるこの現代の社会の中に、一定数いるのもまた事実です。

それは、『死霊狩り』が描かれた当時も、
以前も、
今も、
今後も、
変わらぬものとして社会の中で生き続ける悪意なのでしょう。

それが、巨大であれば有るほど、
抗うのは難しい。

あくまで、我を貫いて抵抗するか?
それとも、長いものには巻かれるか?

『死霊狩り』は勿論、抵抗する物語。

それは、困難な道であるからこそ、
我々読者の胸を打つのではないでしょうか。

我々は、いつしか、
唯々諾々と、悪意に染まってはいないだろうか?

その道は楽であれであれども、
しかし、
そのあまりの醜さは、本書に描かれている通り。

 

困難で、絶望的であっても、
悪性に抵抗する事を訴える『死霊狩り[全]』。

本書を読んだ後、どの道を往くのかは、

それは読者に委ねられているのでしょう。

 

 

 

書籍の2018年紹介作品の一覧をコチラのページにてまとめています


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