映画『バイス』感想  権力欲、ここに極まる!!これが、現代の黒幕だ!!

2001年9月11日、アメリカ同時多発テロ発生。混乱に陥るホワイトハウス。しかし、大統領危機管理センターにて、ただ一人、冷静で的確な判断を下す男がいた。彼の名は、ディック・チェイニー。時のブッシュ政権の副大統領。若かりし頃は、酒に酔って喧嘩をする、ワイオミング州の電気工だった彼は、如何にして「史上最強の副大統領」にまで登り詰めたのか、、、

 

 

 

 

監督はアダム・マッケイ
TVのコメディ番組「サタデー・ナイト・ライブ」の脚本家を長くつとめる。
主な監督作に
『マネー・ショート 華麗なる大逆転』(2015)等がある。

 

出演は
ディック・チェイニー:クリスチャン・ベール
リン・チェイニー:エイミー・アダムス
ドナルド・ラムズフェルド:スティーブ・カレル
ジョージ・W・ブッシュ:サム・ロックウェル
コリン・パウエル:タイラー・ペリー
コンドリーザ・ライス:リサゲイ・ハミルトン

リズ・チェイニー:リリー・レーヴ
メアリー・チェイニー:アリソン・ピル

カート:ジェシー・プレモンス 他

 

 

映画において、
実話系の作品を撮る場合、

テーマさえしっかりしていれば、
別に、出演者は、
必ずしも実在の人物に似せる必要は、ありません。

とは言うものの、やはり、

出演者が実在の人物に似ていれば、
それは盛り上がるというもの。

去年の第90回アカデミー賞では、
ウィンストン・チャーチル ヒトラーから世界を救った男
にて、
ゲイリー・オールドマンをウィンストン・チャーチル似にメイクアップした辻一弘が、
アカデミー賞のメイクアップ&ヘアスタイリング賞を獲って、
話題になっていました。

 

さて、
本作『バイス』も、
今年の第91回アカデミー賞にて、
メイクアップ&ヘアスタイリング賞を受賞しています。

しかし、
ぶっちゃけ、去年の比ではありません。

つい最近の、よく見慣れた人物達が、
集団で現われます。

ジョージ・W・ブッシュ、
ドナルド・ラムズフェルド、
コリン・パウエル、
コンドリーザ・ライス、
リチャード・アーミテージ…は残念ながら出ていませんね。

2001年~2005年位の間、
親の顔より見た、アメリカの政治家達が、
大量にソックリに再現されています。

そして、
当時のブッシュ政権を影で操った?
黒幕?

それが、
副大統領の、ディック・チェイニー!!

…って、誰!?

 

史上最強にキャラが濃かった、
子ブッシュ政権の面々の中でも、
特に目立っていなかった、副大統領。

確か、
ブッシュ政権を批判した映画『華氏911』(2004)でも、
特に取り上げられず、
むしろ、『華氏911』では、
ラムズフェルドがブッシュと共に、悪役として描かれていた印象でした。

私の記憶では、
顔は覚えておらず、
心臓病の手術をした、
猟銃の事故で、誤って人を撃った、
みたいなニュースを見たな、程度しか覚えていません。

 

しかし、
本作では、こんな感じの警句が引用されています。

無口なヤツには気を付けろ。そいつは、こちらが喋り行動している間、黙って観察し、こちらが動きを止めた瞬間に、襲いかかってくる
(anonymous:作者不詳の引用)

そう、
これこそ、本作で描かれる、ディック・チェイニー像。

顔すら覚えていない副大統領が、
実は、最も危険な、
史上最強の黒幕だった!?

 

本作は、
そのディック・チェイニーの半生にスポットライトを当てた作品なのです。

 

さて、
そのハイライトは、
勿論、ブッシュ政権の、副大統領時代となります。

しかし、
このディック・チェイニーの半生、
半端者の学生時代から、
インターンにて政治家への第一歩に至り、
そこから重用されてゆく様子…

傑出した人間の伝記が、
必ずしも面白い訳ではありません。

しかし、
本作で描かれるチェイニーの半生は、
とにかく、面白い!

素材自体の面白さもさることながら、

本作の監督は、
コメディ番組出身、

テンポとユーモア感覚に優れた映像体験を提供してくれます。

 

政治という舞台にて、
大量の情報を詰め込みに詰め込んだ作品、

普通なら、退屈する様な題材なのですが、

作品に通底するユーモア感覚が、
観ている人を飽きさせません。

むしろ、ちょっと楽しい、

ディック・チェイニーの活躍が、
痛快にすら思えてきます。

まぁ、やっている事は、
極悪なのですがね!

 

「影の大統領」
「史上最強の副大統領」と呼ばれた、
ディック・チェイニー。

実は、去年(2018)、
「旭日大綬章」を授与されているんですよね。

知る人ぞ知る、実力者。

シリアスな題材を、
コメディタッチに描く事で、
エンタテインメントとしての面白さのある作品とした、
『バイス』。

中々の面白さです。

 

因みに、
「vice」という英単語には、

1:副 (vice president で副大統領)
という意味と、

2:悪徳、邪悪
という意味があるのです。

本作の題名は、
そのダブルミーニングですね。

 


 

 

  • 『バイス』のポイント

影で操る者

理念無き政治

善悪の彼岸

 

 

以下、内容に触れた感想となっております

 


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  • ブッシュ政権、あの人、この人

2001年9月11日。

未曾有の危機に揺れた、アメリカ合衆国。

当時の大統領は、
子ブッシュこと、
ジョージ・W・ブッシュ

何となく、頼りな~い感じですが、
その様子が、逆にキャラが立っていました。

父は、同じく大統領を務めたジョージ・H・W・ブッシュ。

因みに、
弟ジェブ・ブッシュも大統領を目指しましたが、
共和党の予備選挙にて、ドナルド・トランプに敗北しました。

 

国防長官はドナルド・ラムズフェルド

もう、一見して邪悪
まるで、「スター・ウォーズ」シリーズに登場する、
ダース・シディアスの様な見た目から、

ブッシュを影で操っている黒幕だと、
当時から言われていました。

イラン・イラク戦争時(1980~1988)の1983年、
イラクとの国交正常化を目指し、
サダム・フセインと面談したという過去を持っています。

 

国務長官は、コリン・パウエル

その精悍な顔つきは、
見た目で分かる程の有能さ

父ブッシュ(ジョージ・H・W・ブッシュ)時代には、
統合参謀本部長として、湾岸戦争の指揮を執りました。

アメリカのイラク侵攻には批判的な立場でしたが、
政権の方針に従い、
2003年、国際連合安全保障理事会にて「イラクが大量破壊兵器を所持している証拠」を演説し、
結果、泥を被る事となり、
後に、国務長官を辞任します。

 

コンドリーザ・ライスは、
国家安全保障問題担当大統領補佐官として重用され、
TVで最もよく見かける、
ブッシュ政権の尖兵的な役割を果たしていました。

パウエルの後任として、
2005年から国務長官を務めます。

 

この一癖も二癖もある面々の中で、
実は、最も権力を持っていたというのが、

本作で描かれる「最強の副大統領」「影の大統領」たる、
ディック・チェイニーです。

 

いつだったか、誰の事を言ったのか、
それは忘れましたが、
確か、日本の政治家、小沢一郎が、
かつてこんな事を言ったとか、言わなかったとか。

担ぐ神輿は、馬鹿で軽い方が良い

ディック・チェイニーは、
見える所、
批判の矢面にはジョージ・W・ブッシュを立て、

自らは裏から、政治を操っていた

それが、本作における、
チェイニー黒幕説です。

 

  • ディック・チェイニー・ライジング

手痛い失敗に見舞われた人間は、
自身を失いがちですが、

時に、不屈の精神で立ち直る者も、中にはいます。

日本で言うと、
安倍晋三がそれにあたり、
失敗からの反動なのか、
以前よりも、より一層、権力志向を発揮しています。

そして、
安倍晋三以上に、
権力欲を発揮したのが、
ディック・チェイニーと言えるのではないでしょうか。

 

イェール大学を中退したディック。

しかし、その後、
映画の様に、リンに発破をかけられたのか、否か、

ワイオミング大学~ウィスコンシン大学へと進み、
そこからインターンを経て、
ラムズフェルドの下につきます。

しかし、
ニクソン政権での戦力闘争に敗北したラムズフェルドがベルギーに飛ばされ、
ディックは後ろ盾を失います

だがしかし、
そのニクソンがウォーターゲート事件で失脚、
共和党内のニクソン派閥は力を失い、
それは、逆にラムズフェルドとチェイニーにとってチャンスとなります。

ジェラルド・フォード政権にて、
ラムズフェルドは国防長官に、
チェイニーは大統領首席補佐官に、
それぞれ最年少で就任します。

順調にキャリアを重ね、
父ブッシュ政権時、
1989年には国防長官に任命され、
1991年の湾岸戦争を主導する人物の一人となり、
将来の大統領候補者と言われる様になりますが、

娘のメアリーが同性愛者だとカミングアウト

保守派が多い共和党においては、
致命的な要因。

結果、キャリアより家族をとったチェイニーは政界から引退し、
ハリバートン社のCEOに就きます。

 

時は流れ、2000年、
ジョージ・W・ブッシュに、副大統領候補者を捜して欲しいと頼まれ、
なんと自分を推薦。

大統領に成れないのなら、
副大統領として権力を振るうと決心したのか、

政権移行時には、人事を掌握し、自分の息のかかった者を配置、

メール操作を行い、
大統領の意思決定に割り込み、
更にはその証拠を消去しました。

また、大統領には、
一元的執政府論
(議会の許可無しに、様々な行政判断を大統領が行う事)
という強権を付与し、

自らはそれを、
UNODIR(Unless otherwise directed)、
(上層部(チェイニーにとってはブッシュ)の許可無しに、現場の指揮官が作戦を支持する特別な命令権の事)
にて振りかざしたのです。

謂わば、虎の威を借る狐。

というか、虎の威を借るドラゴン状態。

 

2001年の同時多発テロ以降はやりたい放題。

機を見て敏なるというか、
有事において、
人が浮き足立っている時に、一人、別のモノを見ていたチェイニー。

イラクとアルカイダの関連性、大量破壊兵器所持を主張、
イラク戦争を主導しました。

そして、
米軍支援とイラク復興支援を行ったハリバートン社は大儲け。

筆頭個人株主であるチェイニーも、
しこたま儲けました

 

本作にて描かれるチェイニーは、
こうして観ると、
結構、失脚が多いです。

しかし、本当に、運が良い

そして、それ以上に、好機を掴むのが上手い

バッターボックスに立った時、
飛んで来た絶好球をホームランに出来るか、
力んでピッチャーフライに終わってしまうか。

それは、
予め、準備が出来ているか、否かに拠ります。

チェイニーは、
目立つホームランは打たなかった、
しかし、
全ての絶好球を的確に、打ち返した、
まるで、イチローの様に!

 

これ程の傑物が、
同時多発テロ以降のアメリカ、及び、
世界の行く末の一端を担った、訳ですが、

その結果が、
金儲けとは、、、

 

本作は、ディック・チェイニーの伝記ではありません。

事実も多いですが、
制作者の想像に基づく、創作の部分も、それ以上に多いです。

政治と、戦争を、金儲けの手段に使ったチェイニー。

その彼に政治理念は無いと、
制作者は考えたのか、

インターン時代のチェイニーが、
ラムズフェルドに問うたセリフ、

「そこに、政治の理念はあるのか?」

その問いにラムズフェルドは、
呵々大笑で答えるというエピソードを盛り込みます。

 

理念は無く、
ただ、目の前にある出来事に、
条件反射的に対処する。

まるで、
飢えた肉食獣が、
目に付いた草食獣に襲いかかる、

そんな権力欲と金欲の条件反射のみで生きているような印象すら受けます。

 

  • リサとディック

影で人を操り、
権力を手にしたディック。

本作では、
更に、そのディックを操る人間として、
妻のリサが存在しています。

 

本作、結構メタ的な描写も多いです。

途中で、エンドロールを始めたり、
客観的な存在たるナレーターを、途中で殺したり、

中でも、特徴的なのは、
途中で急に、
ディックとリサが、シェークスピアの劇みたいに、
時代がかったセリフで語り合うシーンが挿入される部分です。

何故、いきなり、こんなシーンを入れたのかと言うと、

本作では、リサは、
シェークスピアの『マクベス』のマクベス夫人として描かれている

その事を示唆しているのですね。

 

『マクベス』では、
王がマクベスの陣地に泊まりにに来た時、

マクベス夫人が「王を殺して権力を手に入れろ」と、
マクベスに教唆します。

これは、裏切り行為ではありますが、
マクベス夫人にとっては、
単なる「機を見て敏なる行動」。

まるで、肉食獣が草食獣を襲うが如く、
そこに、善悪の倫理観は介入していないのです。

 

本作のリンにとっても、同じ事。

1960年代当時、
大学をオールAで卒業しても、
女性は就職出来なかった時代。

先日公開された
ビリーブ 未来への大逆転』(2018)では、
ルース・ベイダー・ギンズバーグは、世間を変えるべく奮闘しましたが、

リンがとった行動は、
ディックに自らの欲求を仮託するという事でした。

リンの言動は、時に辛辣です。

ホワイトハウスを「妖精の家」という娘の言葉を肯定するディックを、
「止めて、(娘が)馬鹿な女になる」と咎めたり、

パーティーで酔っ払う子ブッシュを見て、
間抜け呼ばわりしたり。

 

運命共同体である、リンとディック。

リンは、
ディックの思考を、
こういう何気ない言葉の数々で、規定して行った様にも思われます

まるで、マクベスに囁く、夫人の様に。

ホワイトハウスは理想のようなファンタジーが存在する場所では無いし、
間抜けなジョージ・W・ブッシュは、神輿に丁度いいぞ、と。

何しろ、全米人文科学基金の会長を務めた事もあり、
言葉には自信があるハズ。

同時多発テロ発生時には、
ちゃっかり大統領危機管理センターに潜り込んでいる程の図々しさも持っています。

 

まるで、
夫人の教唆に従って行動し、
富と権力を手にしたマクベスの様に、

ディックも成功を手にします。

しかし、
『マクベス』のラストを考えるに、
ディック・チェイニーとリンの強欲も、
いつか、咎められる日が訪れるのかもしれません

凡人である私が願わくは、
チェイニーが報いを受ける時、
世界を巻き込んで火の海にしないで欲しいという事ですね。

 

  • 出演者補足

あまりにもソックリさんが多い本作。

ディック・チェイニーを演じるために、
20キロ増量したという、クリスチャン・ベールは、

役によって、体型を変える、
「デニーロ・アプローチ」の体現者です。

『マシニスト』(2004)
『ザ・ファイター』(2010)
『ファーナス/訣別の朝』(2013)
『マネー・ショート 華麗なる大逆転』(2015)はガリガリ系。

『バットマン ビギンズ』(2005)
『ダークナイト』(2008)
『ダークナイト ライジング』(2012)はマッチョ系。

本作、
『バイス』(2018)ではデブ系の体格です。

むしろ、観ているコッチが心配になってきます。

お体にはお気を付けて。

 

ジョージ・W・ブッシュを演じたのは、
サム・ロックウェル

まさかの完コピで、
子ブッシュ本人にしか見えません

というか、特殊メイクの所為で、
サム・ロックウェルに見えないという逆転現象が起きています。

それ程、似ている!

見た目のみならず、
細かい動作や、喋り方、
顔の表情が似ているのですね。

アカデミー賞助演男優賞を獲った
スリー・ビルボード』(2017)の演技が記憶に新しいですが、
むしろ、これから、遅咲きの名優として、化けるかもしれません。

 

国防副長官のポール・ウォルフォウィッツを演じたのは、
エディ・マーサン

特殊メイク無しに、
何となく本人に似ているのが面白いです。

『ワールズ・エンド 酔っ払いが世界を救う』(2013)
アトミック・ブロンド』(2017)
ザ・シークレットマン』(2017)等に出演しています。

 

そして、驚きのチョイ役。

チェイニーの世論形成を支えたFOXニュースのアンカー役として、
メタ発言を連発する金髪美人。

ナオミ・ワッツに似ているなぁと思ったら、
よく見たら、ナオミ・ワッツ本人でした!

もう50歳なんですが、未だ美人ですなぁ。

マルホランド・ドライブ』(2001)
『ザ・リング』(2002)
『キング・コング』(2005)
『イースタン・プロミス』(2007)
『追憶の森』(2015)

TVシリーズの
『ツイン・ピークス』(2017)等に出演しています。

 

 

 

何度も失脚を体験し、
その度に復活し、
立ち上がる毎に権力が肥大していった男、
ディック・チェイニー。

ジョージ・W・ブッシュを神輿として掲げ、
自分は影から権力を掌握、

政治と戦争にて巨万の富を手に入れた…のか!?

コメディタッチでテンポの良い作品ではあれども、
中身は至って辛辣。

物事は、
ただ、見えているもののみが真実では無い、

むしろ、隠されている部分にこそ、
真実が潜んでいるのかもしれません。

 

記者たち 衝撃と畏怖の真実』(2018)でも述べられていましたが、

我々は常に、権力を監視し、
相手が暴走を始めたならば、
それを批判せねばなりません。

政治理念が原因で、
殴り合いの喧嘩が始まっても無関心で、
「ワイルド・スピード」の最新作が楽しみだ、
と言い放つ。

そんな、
政治に関する圧倒的な無関心こそが、
権力の増長を生む

そんなラストシーンも鮮やかな作品、
それが『バイス』なのです。

 

…まぁ、私も、
「ワイルド・スピード」の最新作は、楽しみではありますがね!

 

 

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