映画『よこがお』感想  被害者が加害者となる連鎖

予約していた美容院に入って来た女性、リサ。理髪師の米田を指名していた。リサは、仕事を辞めた契機に髪を染めに来たという。その仕事とは、訪問看護師。…半年前、彼女は大石家の祖母を訪問介護していた、、、

 

 

 

 

監督は深田晃司
監督作に
『椅子』(2002)
『歓待』(2010)
『ほとりの朔子』(2013)
『さようなら』(2015)
『淵に立つ』(2016)
『海を駆ける』(2018)等がある。

 

出演は、
白川市子/リサ:筒井真理子
大石基子:市川実日子
米田和道:池松壮亮
戸塚健二:吹越満
鈴木辰男:須藤蓮
大石サキ:小川未祐 他

 

 

 

ペ、ポ、ペ、ポ、ペ、ポ、ペ、ポ、
ポポポポポポポ、ポ、ポ、ポン

観終わった後、
このリズムが頭から離れない『淵に立つ』(2017)。

人間の怨念と、
人間関係の歪さを描いた、
奇妙で不気味な作品でした。

 

本作『よこがお』も、
そんな

人間関係の歪さを描いた作品です。

 

 

訪問看護師の白川は、大石家の祖母・塔子の介護をしている。

白川はその仕事振りで大石家に信頼されており、
自宅に引きこもり気味の長女、基子や、
高校生の次女、サキにも懐かれ、
勉強を教えている。

白川は、
看護ステーションの医師、戸塚との結婚話があり、
順風満帆で充実した日々であった。

ある日、
学習塾に行ったサキが家に帰って来ず、
警察に連絡、
ニュースにもなる騒ぎとなるが、

数日後、無事保護される。

TVの映像に流れた犯人は、鈴木辰男。

彼は、白川の甥だった、、、

 

 

犯人家族と、被害者家庭、

接点が無いハズの所に、
接点を見つけたら、

人はそこに、原因があると見てしまう、
「火のない所に煙は立たぬ」と。

そう、

世間やネット、メディアにて、
一度付けられたレッテルは、
剥がす事が困難なのです。

 

チェッカーズの『ギザギザハートの子守唄』ですよ!

ちぃっちゃな頃から悪ガキで、
一度「不良」のレッテルを貼られたら、
どんなに「分かってくれ」と訴えても、
その後の人生は、どうにも覆せない、、、

 

普通の生活を送っていた、
普通の人間が、
意図せず、加害者となった時、

 

人は、どうなってしまうのか。

本作は、
その事を描いた作品と言えます。

 

観ているだけでも、
痛く、辛く、苦しい。

しかし、
現代を生きる我々には、

まるで、
車に追突される「貰い事故」の様に、

自分に全く非が無くとも、
一瞬で「加害者」となる可能性があるのです。

 

自分にも、起こり得るというリアリティが、
そこはかとない恐怖を生む。

 

本作『よこがお』は、
観る人によって、如何様にも捉え方がある、

そんな、ドラマ作品なのです。

 

 

  • 『よこがお』のポイント

無実の加害者

被害者が加害者となる連鎖

人は、人の一面しか見ないし、見えない

 

 

以下、内容に触れた感想となっております


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  • 人間関係からなる絶望

本作『よこがお』は、
自分に非が無くとも、

「関係がある」という事実のみが誇張され、

無実の被害者となる人間の人生の悲哀を描いた作品です。

 

そんな本作からは、
観る人が、それぞれに解釈をし、
自分なりの教訓や、見処を発見するべき作品と言えます。

 

主人公である、
白川には、非がありませんが、

事後の対応が完璧だったかと言うと、
必ずしもそうとは言えません。

その1
犯人が発覚した時、自分の親戚だと直ぐに告白すべきだった

その2
余計な事を話しすぎた

その3
基子の気持ちを測りかねた

マスコミ対応が悪かった、
という点もありますが、

素人が、自分の非を棚に上げて、会社批判をして世間の論調を変化させた宮迫博之みたいに、
マスコミを上手く利用する事は不可能ですので、
それは除外します。

 

その1:
自分に非が無くとも、その後、必ず揉める事態が予想される場合、
それは、今対処すべきであり、
後に延ばせば延ばす程、
事態の収集が困難になります。

 

その2:
口は、災いの元

被害者家族の基子に、
余計な事を話しすぎました

また、
同僚に「今の話、本当ですか?」と聞かれた時、
事実ではありませんと、ハッキリ言うべきでした。
余計な説明は不要、
要点のみ、事実の否定をすればよかったのです。

黙るべき時に、黙らず、
喋るべき時に喋らなかったのが、白川の失点です。

 

その3:
基子は、社会と馴染めず、
引きこもり気味の大人。

介護福祉士を目指し、白川に勉強を教えてもらっています。

…というのは表向きの理由で、
どうみても、
基子は、白川とイチャイチャしたかっただけ、
つまり、
作中、基子のカレシである米田が、基子には別に好きな人が居ると言っていましたが、
それこそが、白川であるのです。

基子は、
愛しさ余って憎さ百倍

白川の結婚報告を聞くと、
白川と鈴木辰男の関係をマスコミにリークし、

それでも、白川と戸塚の仲が壊れないと見るや、
更に、鈴木の幼少時に、虐待していたという事実を歪曲した情報を流します。

ヤンデレっすわぁ。

正に、
自分以外のものを見て欲しくないという、
子供っぽい独占欲

世間と折り合えず、
引きこもっているという事実のある相手の行動を予測出来なかったのが、
白川の最大の悪手と言えます。

鈴木辰男が犯人であると知った、
その日の夜の公園、
白川と基子は、二人で話します。

「私、やっぱり話そうと思うの」という白川に、
「会えなくなるのは、嫌」だと、黙っていれば分からないと基子は言います。

最初は、単純に、白川を案じて話すのを止めたのかもしれない基子。

しかし、それだけでしょうか?

夜の公園の基子は、
外灯が逆行となり、その表情が読めません。

自分の憧れの白川に、
人には話せない秘密があり、
それを知っているのが自分だけなら、
白川と自分に、特別な関係が築ける、

白川の後ろめたさに付け込む事で、
引き籠もりの自分と、同じレベルに相手を堕とした様な気持ちになる、

だから、白川を愛せるのは、自分だけだし、
白川も、基子以外に頼れる人はいなくなる(ハズだと本人は考える)、

そういう想いが、基子にはあったのではないでしょうか。

 

人間、自分に非が無くとも、
知らぬ間に、一瞬にして、悪者にされてしまう。

その時、
安穏としていれば、
のっぴきならない状況に陥ってしまうと、
本作は語っているのです。

 

  • 被害者が、加害者となる時

しかし、本作は、そこで終わりません。

大石サキの略取誘拐事件と並行して、
その半年後の、白川の基子へ対する復讐が描かれています。

 

基子は、引き籠もり。

作中では、何があったのかは解りませんが、
彼女は、世間と折り合えなかった、

いわば、現代社会のひずみが生んだ被害者。

しかし、
そんな基子が、
「社会・世間」の目を利用して、
白川を「加害者」し仕立て上げる。

これは、
白川目線で言うなれば、
世間からバッシングされる被害者であると言えます。

 

そこで、白川は思います。

世間が、自分を「悪者」扱いするならば、
いっそ、本当の悪者になってやろうじゃないか

白川は、基子に復讐する為に、
基子のカレシを寝取る事を計画するのです。

 

世間、他者から批判された被害者が、

その恨みを晴らす為に、
今度は、自分が加害者となって、
他者を追い詰め、別の被害者を生む

本作では、
その負の連鎖が描かれているのです。

 

さて、更に一捻りあるのが、その白川の復讐の顛末。

白川は、基子のカレシの米田とセックスし、
自分と米田の裸の写真を、
米田の携帯で基子に送信します。

白川は、米田に事の真相を告白しますが、
米田曰く、「基子には、ずっと好きな人が居た」との事。

つまり、
白川の復讐は、的外れに終わるのです。

 

興味深いのは、
立ち去る白川に、米田は「市子さん、もう一度会えない?」と聞くのです。

白川は、米田と会う時は「リサ」と名乗っていたハズですが、
どの時点で、それが偽名だと、米田は解っていたのでしょうか?

もしかして米田は、
元々、基子経由で白川の容姿を知っていたのかもしれない、
若しくは、
半年前の報道で、リサが、大石家の看護士だった事を知っていたのかもしれない、

色々と、判断出来ます。

 

本作には、
そういう、色々と観る人が判断する場面が多いです。

他にも、
白川が大塚と別れるシーン。

白川は、大塚の息子に季節外れの誕生日プレゼントを渡しますが、
その時、遠くにいる大塚が、思わず腰を浮かします。

大塚は、
児童虐待の過去がある(と、マスコミで疑惑に晒された)白川が、
自分の息子を抱きしめたのを見て、心配だったのか、
若しくは、
息子を愛しそうに抱きしめる様を見て、やはり、別れる事を後悔して、思わず立ち上がってしまったのか、

その判断も、観る人に任せられています。

そういう場面が多いのは、
本作の面白い所。

 

さて、
白川目線では、
自身の復讐は不発に終わる訳ですが、

しかし、
基子目線から見ると、
白川の復讐は奏功していると理解出来ます。

何故なら、
基子の好き相手というのは、
白川だからです。

 

自分の行動は無意味だった、
自分は、自らが意図せず悪者にされ、
そうなろうと、自ら手を染めたのに、過失のある加害者にすらなれず、
結局、自身の意思を反映出来なかったと、
無力感に囚われます

しかし、
実際には、復讐は成就しているのです。

本人は、自分の意思、行動が、世間に反映されないと考えども、
実際は、本人の些細な意思、行動が、
その後の展開を決定付ける

この、徹底的な転倒ぶりこそ、
白川を見舞った理不尽な運命を物語っていると言えます。

 

本作のラストシーン、
4年後、
看護師となった様子の基子を偶然見かけた白川は、
基子をひき殺そうとします。

しかし、実際はそうはしない。

彼女は、被害者が加害者となる連鎖を、
自分の意思で止めるのです。

 

白川は、出所した鈴木辰男の身元引受人となります。

そして、
鈴木辰男が「(大石サキに)謝りたい」と言ったとき、
「意味無いよ」と答えつつも、
大石家を、一緒に訪ねようとするのです。

そんな白川は、

世間から、不当に、理不尽に押し付けられた「加害者」というレッテルであろうと、
それを受け入れ、
加害者の立場にて、世間と折り合いを付けていこうと、
彼女なりに決意したのだと思われます。

車のクラクションの長押しは、
世間への恨み言、叛旗を翻す咆吼。

しかし、
白川は、
被害者が加害者となる負の連鎖を断ち切る事で、
自分の意思を示して終わったと、
私は観ました。

 

 

 

人の一面しか見ないし、
見えないものです。

優秀な看護師として見られていた人が、
一瞬にして、
誘拐犯の共犯者、更には、その元凶と言われる様になる。

 

人は、全体像にて、複雑なキャラクターを形成しますが、

しかし、

その時に見えている「よこがお」という角度の一面だけで、
あたかも、それが全てであるかの様に、判断してしまいます。

虚像に狂わされ、
虚像に惑わされ、
それでも、
その虚像を受け入れざるを得なくなった人間の悲哀を描く、

『よこがお』は、
そんな人生の理不尽さを象徴する作品なのです。

 

 

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監督自身が描く小説版。映画とは、ラストが違うそうです。


 


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