映画『マーウェン』感想  妄想、空想は人を救う、しかし、それのみに固執すべからず!!

第二次世界大戦中、ナチスの高射砲に戦闘機を撃墜され、ベルギーに不時着したホーギー大尉。彼は、ナチス5人に囲まれ、袋叩きに遭うが、女性レジスタンス達に助けられる。その一人、ウェンディは言う「あなたは、助かったのよ」…
と、いうシーンを、マーク・ホーガンキャンプは撮影していた、、、

 

 

 

 

監督はロバート・ゼメキス
CGや特殊効果を使った作品が多い。
代表作に、
『ロマンシング・ストーン 秘法の谷』(1984)
『バック・トゥ・ザ・フューチャー』(1985)
『ロジャー・ラビット』(1988)
『バック・トゥ・ザ・フューチャー PART2』(1989)
『バック・トゥ・ザ・フューチャー PART3』(1990)
『永遠に美しく…』(1992)
『フォレスト・ガンプ/一期一会』(1994)
『コンタクト』(1997)
『キャスト・アウェイ』(2000)
『ザ・ウォーク』(2012)
『マリアンヌ』(2016)他

 

出演は、
マーク・ホーガンキャンプ/ホーギー大尉:スティーヴ・カレル
ニコル:レスリー・マン
デジャ・ソリス:ダイアン・クルーガー
ロバータ:メリット・ウェヴァー
G.I.ジュリー:ジャネール・モネイ
カラーラ:エイザ・ゴンザレス
アナ:グェンドリン・クリスティー
シュゼット:レスリー・ゼメキス
ウェンディ:ステファニー・フォン・フェッテン 他

 

 

マーク・ホーガンキャンプは、
女性の靴を履くのが、密かな趣味。

バーで酒を飲んで酔っ払い、
その時、会話した男を含む、5人の男性からリンチに遭い、
半死半生の憂き目に。

この時、脳に負ったダメージにより、
過去の記憶に障害が発生。

そんな苛酷な現実から、
自身を守る「避難所」の役割を果たすのが、

ベルギーの空想の町「マーウェン」である、、、

 

細かい所に違いがあれど、

なんと、本作は実話ベース

いきさつは、ほぼ、この通りです。

とは言え、
本篇は、映画風にアレンジしている様子です。

 

記憶障害を起こし、生きづらい日々を送るマーク。

「マーウェン」の様子をカメラに撮り、
空想の世界に没頭する事で、
現実の世界とのバランスを保っています。

本作は、
その空想の「マーウェン」の町の描写が、独特。

フィギュア人形そのものが動いている、
奇妙なリアリティのあるCGアニメーションです。

 

 

この「マーウェン」は、
いわば、マークが作った、空想であり、
ある意味、理想の世界。

マークの投影であるホーギーは、
これまた、
現実世界にモデルの居る、数々の美女軍団をはべらして、
憎っくきナチス相手に大活躍を演じます。

…洋の東西問わず、
陰キャの妄想というものは、
「異世界ハーレム」と相場が決まっているのですね。

 

 

元々、マーク(ホーギー大尉)の一番のお気に入りは、
ウェンディ。

彼女は、当時、
マークが酒を飲んだバーで働いていた従業員で、
暴行されたマークの第一発見者ですが、

現在は、別の場所に住んでいます。

「マーウェン」においては、
ホーギー大尉とは結ばれず、
舞台から去ったキャラクターの一人です。

 

そんなマークの現実世界に、
道を挟んだお向かいさんに、
ニコルという女性が引っ越してきます。

彼女はマークに偏見を持たず、
彼の妄想に興味津々で付き合い、
女性の靴を集め、履くという彼の趣味にも理解を示します。

マークは早速、
ニコルに似た女性のフィギュアを購入し、
「マーウェン」に迎え入れるのですが、、、

 

 

本作で描かれるのは、

空想の世界と、
現実世界の関係性。

 

陽キャのパリピには分からないでしょうが、

陰キャのオタ趣味の人間は、
否応も無く、
マークのダサさ、イモ臭さに身につまされる思いがします。

まるで、
自分を見ている様で、他人事とは思えない。

 

身も蓋も無いマークの様子に、
目を背けたくなりながらも、
共感してしまうのです。

 

独特のCG映像と、
奇妙でありながら、リアリティのある設定、
そして、
オタク的な人間のハートをえぐる様な描写、

『マーウェン』は、
誰でも楽しめるという作品ではありませんが、
観る人が観たら、あまりにも感情移入してしまう、

そんな作品と言えるのかもしれません。

 

 

  • 『マーウェン』のポイント

フィギュアとして、リアルなCG描写の「マーウェン」という町の様子

空想や物語は、人を時として救う

デジャ・ソリスというキャラクター

 

 

以下、内容に触れた感想となっております

 


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  • 物語は、人を救う…が

本作『マーウェン』は、

監督のロバート・ゼメキスがTVで観たドキュメンタリー、
『Marwencol』(2010)にて知った、
マーク・ホーガンキャンプという人物、

その半生を基にした作品なのだそうです。

 

独自の世界観を作り、
フィギュアを撮影して、
写真展まで開催する。

ジープ(模型)に人形を載せて、
引っ張りながら、町を徘徊し、
女物の靴を集め、それを履く事を趣味とする。

 

こういう、
あからさまなオタク的な人間を見た時、
現代日本では、
「見て見ぬフリ」をしがちです。

関わり合いになりたくないが、
通り過ぎてから、コッソリ振り返る、みたいな。

浅い嘲笑と、徹底的な無視、無関心、無干渉
それが、
日本で、奇妙な人を見たときの反応です。

 

しかし、
本作で描かれる、
マークと、彼の周りの人間の関係性は、
あくまでも、優しいんですよ。

過度に干渉はせず、同情もせず、
特別扱いもせず、
ありのままの彼を、受け入れているのですよね。

いわゆる、「アナ雪」の「レリゴー」ですよ。

 

元々、そういうキャラクターだったのかもしれませんが、
マークが「そうなった」のは、ある種の理由がありそうです。

それが、
5人の男性に襲われた、暴行事件であり、
マークは検事から、来る公判に出席する事を望まれているのですね。

 

「自分をこんな(暴行し、記憶喪失)にした犯人と、同じ部屋にいる事など、出来そうも無い」

そう言って、出席に二の足を踏むマーク。

しかし、
そんなマークは、

自分の妄想世界「マーウェン」においては、

暴行犯五人を模したナチスと渡り合い、

自分の知人がキャラ設定のモデルの、
美女軍団に囲まれたハーレムで、活躍しているのです。

 

ここ(現実)では無い、何処か(異世界)で、
知人を模したハーレムを形成し、
その世界では、自分こそ唯一無二のヒーロー

もう、厨二。
圧倒的厨二のラノベ設定

しかも「マーウェン」においては、

自分を投影したホーギー大尉は格好良く、
美女軍団は、ちょっとみんな、彼に都合の良い美人に描かれているのが、面白い所。

 

模型店のロバータは、
痩せた、巻き毛のボイン美人に、

訪問介護士のアナは、
高身長ですが、ホーギーに似合うように、背を縮められたり、

中には実物から既に、
容姿も人当たりも良い、メキシコ系美人のカラーラなんて人も居ますが。

 

でも、
そんな、オタクの妄想爆発の世界観を作り上げているマークを、

私はバカに出来ません。

何故なら、自分も、
妄想の中で、鬱憤を晴らすという事は、多々あるからです。

皆も、そうじゃありませんか?

 

不意な暴力や、
理不尽な要望を通してくる、

いじめっ子や、取り引き先。

信号無視気味に飛び出してくる、
対向車や、御老人。

実際は、顔だけにこやかに対応したり、
相手の行動を予測して、スピードを緩めて対処しますが、

妄想の中では、
相手をボコボコにして、
ブレーキなんか踏まない事もあるのです。

 

ですが、
頭の中だけで済ます場合、
そういう妄想は、ある種のガス抜き

その瞬間に発散すれば、
後にストレスを溜めない、
生きてゆく為の処世術と、言えるのです。

 

妄想で、ナチを倒して、何が悪い
美女軍団に囲まれて、何が悪い?

妄想は、
人が生きて行く為に必要な、避難所なのです。

 

映画や小説、漫画などの物語だってそうです。

一時、辛い現実を忘れ、
胸の空く思いや、ハラハラドキドキ、切ない恋や、難解な事件の解決に挑んだり、

物語の中の、
ここでは無い何処か、今では無い何時か、
自分では無い誰か(登場人物:キャラクター)に、自己を投影する事で、

人は、一時でも、自分が特別な存在だと錯覚する事が出来、
それが、
ままならぬ現実を乗り越える、明日への活力となるのです。

 

妄想や空想、物語には、
人を救い、癒やし、元気付ける力があるのです。

 

さて、
実際のホーガンの家の扉の所に、
「電気を消す、エアコンを消す」という張り紙がありました。

このシーンに、ドキッとした人は、多いのではないでしょうか。

京都アニメーションを放火した青葉容疑者の自宅のドアにも、
全く同じ張り紙があったのですから。

片や、
妄想が、現実社会と折り合う接点となっているマーク。

片や、
物語を破壊し、現実社会に被害をもたらした容疑者。

容疑者が、
何を思い、行動したのか、その解明が待たれます。

 

  • デジャ・ソリスというキャラクター

ですが、
妄想、物語の礼賛で終わらないのが、『マーウェン』。

どういう事かと言うと、
本作を象徴する、
デジャ・ソリスというキャラクターを紐解くと、
見えてくる事があるのです。

 

「マーウェン」の美女軍団には、
現実世界にモデルが居ます。

しかし、
ホーギー大尉に近寄る女性に嫌がらせをするヤンデレキャラのデジャ・ソリスには、
現実のモデルがいません。

作中では、
デジャ・ソリスは、マークが摂取している薬と同じ色をしており、

自身の不安感を、薬物の効用で解消しようとする、
マークの弱さと依存症の象徴というようなキャラクターでした。

しかし、
それだけでは無いと、私は思います。

 

マーウェンという妄想の中で、
マークはホーギー大尉として、

ナチス(暴行犯)や、
ナチスのSS(愛しの隣人ニコルの元カレ)を倒します。

しかし、
殺しても殺しても、
ナチス達は、その度毎に、何度でも蘇ります。

それもそのハズ、
ナチス達のモデルは、実際に存在する暴行犯、
妄想で倒しても、現実には全く影響が無く、

その暴行犯と現実で向き合う事が無ければ、
永遠に、トラウマの根本的な解消にはならないからです。

 

そして「マーウェン」世界において、
ナチス達を復活させていたのが、デジャ・ソリスだという事が、
クライマックスにて判明します。

更には「1500年先の未来に、一緒に行こう」というデジャ・ソリス。

そんな遠未来、
最早、現実との接点は、望むべくもありません。

デジャ・ソリスは、
妄想(物語)への、更なる没頭を促しているのです。

 

つまり、
デジャ・ソリスという存在は、

物語を、都合良く操る存在であり、
妄想への耽溺を促す存在、

空想(妄想、物語)それ自体とも言えるキャラクターなのです。

つまり、
薬物という意味と、
空想という意味、
二重の意味で、現実から目を背ける「依存」「逃避」の象徴であるとも言えるのです。

 

確かに、
妄想や物語には、人を癒やす効果があります。

しかし、
空想のみに固執すると、
その世界は、
終わらない、変わらない苦役の煉獄となります

何故なら、モデルとなった現実世界が、
何も変わっていないからです。

 

あくまでも、
生きる主軸は、現実世界に置くべきなのです。

そうでなけば、
妄想の方が、現実より上位になってしまい、
とんでもない行動を起こしてしまうからです。

 

マークも、
「マーウェン」での設定と重視するあまり、
現実社会にて、
良い関係を築けそうだったニコルに対し、
暴走気味のプロポーズをしてしまいます。

写真展を開催したり、
意中の相手に、ハッキリと、告白する度胸もある。

なのに、
その方向性が、微妙にズレているのです。

 

空想によって、身を助けるのは良いこと。

しかし、
妄想、空想、物語に耽溺し、
現実を、それらと混同してしまえば

空想で解消するハズだった現実の辛さが、
逆に、
空想から現実の方に、逆輸入して戻って来てしまいかねないのです。

 

マークは、
デジャ・ソリスが、
自分の「逃避」の象徴である事に気付きます。

緑の薬を捨て、
そして、
現実と向き合い、暴行犯の公判に出席し、コメントをします。

ラスト、マークはこんな趣旨の事を言います。

「妄想によって、自分は助けられた。しかし、現実はそう理想通りには行かない」

「空想の中で上手く行っても、現実には一人なら、それは寂しい」と。

だからマークは、
意中の相手であるニコルが、写真展に来ながら、何も言わずに去って行っても、それを黙って受け入れ、
長いこと、自分を気遣ってくれたロバータを、食事に誘うのです。

 

妄想、空想、物語、
そういった物は、理想として留め、

現実には、
分相応に、自分の現実を見つめ直す。

『マーウェン』という作品は、
そういう事を、描いているのではないでしょうか。

 

  • 出演者補足

本作で、
ロシア出身の訪問介護士として登場し、
「マーウェン」においても、
アナとして美女軍団の一員を形成しているのは、
グウェンドリン・クリスティー

作中、
現実世界では一シーンにしか出て来ませんでしたが、

マーク役のスティーヴ・カレルを遥かに超える「デカさ」で、
圧倒的な印象を残しました。

それもそのハズ、
あれは合成映像では無く、
実際に、彼女は190センチを超える長身なのです。

しかし、実際は英国出身なので、
作中での「ロシア訛りの英語」は、演技なのですね。

デカい女性=ロシア、
という短絡的な思考が笑えるキャスティングです。

 

パンフレットに、モーションキャプチャーを駆使した撮影風景の画が載っていましたが、

その一シーンに、
美女軍団が横一列で、教会に向かう場面がありました。
(パンフレットのp.23)

よく見ると、
他の人は段差の上を歩き、
グウェンドリン・クリスティーのみ、段差の無い所を歩いているのです。

「マーウェン」内ではホーギー大尉より小さいので、
それに合わせた演出という訳です。

 

代表作として有名なのは、
TVシリーズの『ゲーム・オブ・スローンズ』の第二シーズンから演じた、
タースのブライエニー。

映画では、
『スター・ウォーズ/フォースの覚醒』(2015)
スター・ウォーズ/最後のジェダイ』(2017)の、
キャプテン・ファズマ役です。

個人的には好きな役者なので、
もっと見たい所です。

 

 

 

一見、滑稽でも、
妄想、空想の力で、ありのままの自分を貫き、

辛い現実を乗り越える術とする男を描く『マーウェン』。

 

しかし、それだけに終わらず、
本作の良い所は、

空想のみに縛られる事の弊害をも、同時に描いている点。

 

妄想、空想、物語は、人を癒やし、元気付ける力がある。

しかし、
それのみに固執し、現実から逃げ、耽溺する事は、
更に、苦しみが増すだけだ。

物語の力を信じ、
しかし、それのみに溺れない、

『マーウェン』は、
そういうバランス感覚も、同時に描かれているからこそ、
面白いのだと思います。

 

 

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