フランスでの度の途上、英国人のアーサー・ヴェジンは、衝動的に田舎の駅に降り立つ。そこで一夜のつもりで宿を取るヴェジンだったが、奇妙にも自分を観察している風をみせる町民の様子に、曰わく言い難い興味を覚える、、、
著者はアルジャーノン・ブラックウッド。
幻想・怪奇小説作家として、
日本でも多数の著作が翻訳されている。
『秘書綺譚』
『人間和音』
『ウェンディゴ』
『木の葉を奏でる男』(電子書籍)等がある。
ナイトランド叢書の新たなラインナップとして加わった『いにしえの魔術』。
アルジャーノン・ブラックウッドの作品としては、
『ウェンディゴ』に続き、2冊目となります。
本作『いにしえの魔術』は、
中篇2本で、
短篇3本を挟んだ構成。
内、2本は新訳で、
3本は初訳の作品となっています。
「ジョン・サイレンス」シリーズの一つである表題作、
「いにしえの魔術」を始め、
いずれの作品もオカルト的な雰囲気を纏っています。
普通に生活していた主人公が、
ふとした拍子に嵌る陥穽、
太古の信仰や、
自然への畏れ、
そういった未知なるものに遭遇する様子が、
仰々しく、凝った状況描写にて
つらつらと綴られています。
そのオカルト的内容と相俟って、
人によってはちょっと読み難い感じを受けるかもしれません。
しかし、
未知なるものを文字で表現せんとする、
その想像力の飛翔ぶりを楽しむのが面白い、
そういう作品集なのだという印象を受けます。
ネタやオチや物語を楽しむというより、
その表現や、雰囲気を楽しむタイプ。
これも、幻想・怪奇小説。
そして、
古くから、こういう形式も読まれているから、
現代でも、生き残って読み継がれている、
『いにしえの魔術』は、
そういう作品と言えます。
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『いにしえの魔術』のポイント
オカルト的な物語設定
凝った、多数の表現描写
未知のモノへの恐怖
以下、内容に触れた感想となっております
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表現描写
本作『いにしえの魔術』の収録作品は、
ちょっと凝った、仰々しい言語表現が目立ちます。
内容もオカルト的であり、
その設定を説明する部分も多くあり、
人によっては、
ちょっと取っつき難い、読み難いと感じるでしょう。
確かに、
『恐怖の構造』にて平山夢明もこんな趣旨の事を書いていました。
「ホラーにおいて凝った文章を書くと、それを読解する事に頭脳が向いて、内容が頭に入ってこない」と。
正に、その通り。
私もそのタイプなので、よく分かります。
ホラーのみならず、
SFやミステリも、そう感じます。
しかし、
本作はむしろ、
その仰々しい、
ある種、詩的とも言える表現過多な描写こそが、
その内容に合っているのです。
本作では、
太古から蘇った信仰や、大自然の不可解な驚異、
そういった未知なるモノとの遭遇が描かれています。
そういった、
「未知のモノ」をどうにか言語にて表現せんとする作者の挑戦、
そういった書き手の挑戦が、
読む者の想像力を喚起します。
つまり、
作者の表現を理解する過程において、
読者の内に、未知なるものを現出せしめる。
恐怖というものは、
そして、
未知なるモノへの畏怖は、
自分(読者)の中から湧き上がるもの。
それを、
表現を理解する過程において、
読者自身の内部に恐怖を生産させる。
そういった効果を狙ったからこその、表現過多なのだと言えるのです。
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収録作品解説
それでは、本作の収録作品を簡単に解説してみます。
『いにしえの魔術』は
中篇2篇と、短篇3篇からなる構成。
新訳が3篇、初訳が3篇あります。
いにしえの魔術(中篇・新訳)
「ジョン・サイレンス」シリーズの一篇が、新訳にて収録。
旅先にて囚われるというモチーフは、
古今多数あるネタです。
解説で、萩原朔太郎の作品との共通点が指摘されていました。
私が思い出したのは、
水木しげるの『河童の三平』です。
さて、
自らの意に添わぬものの、自分の本質には合っているという事は、
仕事や人間関係においてよく見られます。
仕事は嫌で仕方が無いが、
センスはあって、お金が稼げるので辞められない、
みたいな。
そういう、
実状と意思の相克みたいなものを描いた作品でもあります。
勿論、
幻想・怪奇小説としても秀逸。
ジョン・サイレンスものですが、
シリーズを読んでいる必要も無いですし、
収録作品の中では、最も読み易いと言えます。
秘法伝授(短篇・初訳)
最初の2ページが最も面白く、
それだけで充分な作品。
残りは蛇足だと思えます。
関係無い話ですが、
「地球」がどうのとか言われると、
漫画の『範馬刃牙』に出て来た
ジュン・ゲバルを思い出しました。
神の狼(短篇・初訳)
オカルト系の話と思いきや、
オチの切れ味が印象的な物語。
ちょっとおかしい身内を庇い、
分別がある風の隣人を避難するトムを、
読者は「変な事するな」と思って読む訳ですよ。
しかし、その印象を180度ひっくり返すオチが素晴らしいです。
獣の谷(短篇・新訳)
話としては、作者自身の「ウェンディゴ」と同じですね。
自然の未知なる驚異に出会い、
変革を迎える話です。
エジプトの奥底へ(中篇・初訳)
「いにしえの魔術」と共に、
本書のメインとなる作品。
「いにしえの魔術」を最初に、
そして短篇3本を挟み、
「エジプトの奥底へ」をラストに置き、締めています。
「旅は得るだけでは無く、旅先から自分のものを奪われる事もありうるのだ」
という発想が秀逸。
これをネタに、小説にしているのですね。
その内容も、
「蘇る太古の信仰」という形は採っていますが、
しかし、それも結局は自らの倦怠と同意。
まるで、
仕事に疲れた社畜が、
自分が社畜である事を自覚してしまった様な物語です。
「別の生き方(世界)があるんだ」と気付いてしまったのですね。
仕事(社畜)を辞めずに会社に留まった者、
仕事(社畜)を辞めて、人生からドロップアウトした者、
一体、どちらが幸せなのか、
それは、一概には言えない事なのです。
仰々しく、読み難さを感じる文章ではありますが、
それを読み解く事で、自らの中に喚起される「畏怖」の思い。
それは、読者各自の物であるが故に、
ガッチリと感情と想像力が合わさった読後感を味わえる。
単なるオカルト小説と思う無かれ、
読む人間それぞれの恐怖を思い起こさせる、
表現過多な『いにしえの魔術』は、
そんな効果を持った作品でもあると言えると思います。
*他のナイトランド叢書の作品を、下のページにて紹介しています。
*書籍の2018年紹介作品の一覧はコチラのページにてまとめています。
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