東京の美大に通う風哩(ふうり)は、教授のセクハラに悩まされていた。それに加え、何者かの視線を常に感じる。その事をカウンセラーに相談しつつ、風哩は過去の自分のトラウマ、地元の伝承と、それに端を発する村八分もどきのイジメの記憶を語りだす、、、
著者は名梁和泉。
『二階の王』にて、
第22回ホラー小説大賞<優秀賞>を受賞する。
他の著書に『噴煙姉妹』がある。
『二階の王』にて独特の世界観、
引きこもりと
クトゥルフ暗黒神話を繋げてみせた、
著者、名梁和泉。
本作『マガイの子』にても、
面白い世界観のホラー作品を読ませてくれます。
本作では、
先ず「田舎の伝承」があり、
それにまつわってイジメられた経験のある主人公、風哩の東京生活が描かれます。
イジメで、地元から去った姉・風哩と、
地元に残っている弟・怜治、
この二つの視点で物語は進んで行きます。
地元、鞍臥の狭渓町に残る伝承。
いわゆる「神隠し」の派生系だが、
「お山」で行方不明になり、帰って来た子供は、
地元の魔性の獣「マガイ」と入れ替わっている、
という話である。
帰って来た「マガイの子」は、
元の人格と違って気性が荒く、
人を傷付けるという。
しかし、
これは単なる言い伝えと言い捨てられず、
近年でも、松土孝太、そして坂見風哩がそれを疑われている。
松土孝太は神隠しから3日後に帰還し、
風哩はお山で従兄が惨殺された現場に居合わせたのだ。
松土孝太は、家族もろとも町を去り、
風哩は、疎まれながらも高校を卒業、現在は東京で一人暮らし。
そんな狭渓町に、
NPO団体「狩生聖泉協会」が、
お山の磨崖仏の発掘・保護を目的として入り込んでいるのを、
怜治は目撃する、、、
民間伝承、
怪しい団体、
謎の事件、
過去の因縁 etc…
これぞ、
正統派のホラー小説
今どき、
珍しい位の、真っ当なホラー作品です。
また、本作は単独でも楽しめますが、
世界観を著者の前作『二階の王』と同じくしていますので、
併せて読むと、また違った面白さがあります。
内容的にはホラーの鉄板を描きく本作の魅力は、
登場人物のキャラクターと、
例えに使う独特の言語選択にも現われています。
その点では、読んで楽しい、
そして、展開も面白い。
現在、
「読めるホラー」が少なくなった?
そうお嘆きの方に、安心して勧められる作品、
それが本作『マガイの子』です。
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『マガイの子』のポイント
「取り替え子」の物語
独特な例えの面白さ
少数派から見る世界
以下、内容に触れた感想となっております
また、著者の前作『二階の王』の内容についても言及されております
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疎外された側の物語
本作『マガイの子』は、
単独でも楽しめるホラー作品。
しかし、
世界観は著者の前作『二階の王』と同じくしています。
時系列的には、
『二階の王』の前にあたる『マガイの子』。
『二階の王』に出てくる<悪因研>は、
本作の登場人物、砂原岳彦の著書「侵攻者の探索」を基にして、
その活動を続けていました。
そして、『マガイの子』では、
『二階の王』で少し言及された、
砂原岳彦の「聖戦教会」が壊滅する顛末を描いた作品とも言えるのです。
面白いのは、
『二階の王』では、異界からの侵攻者である<悪果>を排除する側の話だったのに対し、
本作『マガイの子』では、
その侵攻者である「マガイの子」の側から見た話である事です。
立場が違えば、
その主張、目線も違う。
とは言え、
両者とも、
主観的な感覚だよりだったり、
夢や、曖昧な記憶が元になっていたりします。
その点を考慮すると、
前作も本作も、
読みようによっては、狂人の妄想にしか思えないという共通点があるところがまた、
闇深さを感じる所です。
如何にもホラー的な、
怪物とクトゥルフ神話的な世界観ではありますが、
実は、延々と戯言が綴られているだけで無いのか?
ストレートなホラー作品的内容の面白さの裏に、
常にこの、
現実を危うくする不安感を読者に与えているのが、
本シリーズの面白さでもあるのです。
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取り替え子
本作では、
「マガイ」という民間伝承を、その物語の重要なエピソードとして設定しています。
この冒頭に附された短い伝承、
それをどう解釈し、読み解くかにより、
本作をホラーであり、
ある種のミステリ的な面白さをも提供している部分でもあるのです。
さて、この「マガイ」の伝承、
日本的には「神隠し」的な系列の話ではありますが、
冒頭のW・B・イェイツの引用からも分かる通り、
英国の「取り替え子」(チェンジリング)の伝承が基になっていると思われます。
チェンジリングとは、
妖精が赤子をさらって、
代わりに丸太や小鬼(ゴブリン)をゆりかごの中に残して行くそうです。
どちらも外見は元の赤ちゃんと変わりませんが、
丸太の場合は、
反応が薄い人間に育ち、
ゴブリンの場合は、
粗暴な人間に育つと言われています。
つまり、
「あいつは取り替え子だから、~な子に育った」的な、
レッテル貼りに使われていたのでしょうね。
興味深いのは、
各国の「神隠し」の原因の解釈。
日本では「天狗」。
英国では「妖精」。
これがアメリカでは、
「UFO(未確認飛行物体)」となっているんですよね。
この解釈の違いについて考察してみるのも面白そうですが、
それはまた別の話。
本作では、
その「取り替え子」側の話。
言うなれば、
レッテル貼りにより、
共同体から不条理な理由、
しかし、その共同体内では、まかり通る論理により排除された者の側の物語でもあるのです。
共同体からあぶれた者でも、
その心の中には故郷と呼べるものがあり、
それが、支えとなって生きている。
そして、
その故郷を同じくする者が、
この世の何処かに存在する、
そう思えば、辛い現実でも、
めげずに生きていける、
そんな事も、
本作を読んで、少し思いました。
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ジョン・カーペンター
本作『マガイの子』には、
固有名詞が多く使われています。
ミュージシャン関係には疎いので、
分からないものも多いですが、
ホラーファンとしては、
風哩のTシャツに、ジョン・カーペンター作品が使われているという部分に注目したいです。
ジョン・カーペンターは、映画監督。
いわゆる、カルト的SF作品を多く手掛けています。
アウトローがテロリストと戦う
『ニューヨーク1997』(1981)
冬の南極という極限状況にて、
人間に化ける異生物に襲われる
『遊星からの物体X』(1982)
クトゥルフ神話的なネタが散見される
『マウス・オブ・マッドネス』(1994)
これらの作品に限らず、
ジョン・カーペンター監督作品は、
社会から排除された者が、
社会からは理解されずとも、孤独な戦いを続ける、
みたいな内容の作品が多く、
『二階の王』や『マガイの子』とも通ずるテーマを内包していると感じます。
これらの作品も併せて観ると、
また面白いものがあると思います。
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例えのセンス
また、本作にて注目したいのは、
その例えの言語センス。
例えば、
「のっぺりした白いトラックが眉根を寄せ、気乗りのしない様子で停止した」(p.9 より抜粋)
「目の前に黒い緞帳が下りてきた。客席で得体の知れぬ生き物たちがざわめいている」(p.154 より抜粋)
「二人の膝小僧が笑い出したが、すぐ真顔に戻った。場をわきまえたらしい」(p.265 より抜粋)
どの表現も、
言葉通りの意味ではありません。
それぞれ、
言葉の連想にて、前後の意味を補強している、
面白い言語選択です。
「眉根を寄せる(不審げな様子)」←「気乗りのしない様子で停止」
「緞帳が下りてきた(意識を失う)」→「客席」
「膝小僧が笑い出した(恐怖で震える)」→「真顔に戻った」
言葉の持つ、慣用句の意味を使いつつ、
一方、
言葉そのものの本来の意味を単純に利用して、言葉を繋げているのです。
しかし、それでいて、
描写された状景を、
イメージとして頭の中で上映した場合、
その様子をすんなりと再現出来る、
こういう面白い例えは、
読んでいて楽しい気分になり、
読書の醍醐味の一つと言えるのではないでしょうか。
民間伝承を、
排除された側の立場から描写した作品、
『マガイの子』。
真っ当なホラー作品としても面白く、
そして、
その言語的な面白さで、
読書の楽しみも味わえます。
本作は、ストレートな面白さを持つ読書体験を得られる、
なかなか王道な作品と言えると思うのです。
*書籍の2018年紹介作品の一覧をコチラのページにてまとめています。
コチラは同じ世界観の前作『二階の王』です
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