幻想・怪奇小説『処刑人』シャーリー・ジャクスン(著)  少女の饒舌な空想!!

 

 

 

ナタリーは4人家族。理屈っぽい父、悲観的な母、フツーの弟がいて、自身は空想家。もうすぐ家族と離れて、大学の寮に入り、新しい生活が始まる、、、

 

 

本書『処刑人(原題:HANGSAMAN)』(1951)の著者はシャーリー・ジャクスン。奇妙な騙りを得意とする作家だ。

日本で出ている著作に
鳥の巣
『くじ』
『丘の屋敷』
『ずっとお城で暮らしてる』
『なんでもない一日』等がある。

本書『処刑人』は少女の妄想・空想・心の声がメインの少し不思議な物語だ。ナタリーは

授業を聞かずにボケェ~っと妄想を育んでいる様な陰キャ

 

タイプである。自身にも心当たりがあるのなら『処刑人』はオススメだ。

しかし、「妄想あるある」をここまで洪水の様に繰り出してくると、笑いを通り越して少し怖くなってくるが、それが一周回ってまた笑えてくる。

また、巻末に詳細なネタバレ解説を搭載しているので、謎にモヤモヤしたくない人にも優しい作りだ。

 

 

以下ネタバレあり


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  • 少女の妄想

ナタリーはかなりの妄想家である。

家族との会話中に、空想の警官による殺人事件の尋問の受け答えをする。
自分が本気をだすとスゴいんだゾ!と心の中でプライドを育てている。
孤独を気取り普通を見下しながらも、孤立を恐れ周りに合わせている。

そう、ナタリーは思春期特有の厨二病をこじらせている。
しかし、彼女を誰が笑えようか?
かく言う私もかつての厨二でねぇ。あなたもそうでしょう?

  • 母とエリザベス

ナタリーは母の愚痴をなだめがら聞き流す。
「いつも不思議に思ったものよ。世間の人はどうやって幸せな結婚をして、くる日もくる日も一日じゅう、幸せを続かせることができるんだろうって。」(p.31より抜粋)
母は箴言をのたまうが、娘は馬耳東風である。

また、女学生に人気の教師アーサーと学生結婚したエリザベスの憂鬱にも、ワイドショー的な関心を寄せる程度である。

ナタリーは「結婚の憂鬱」について、理解出来ない。
というより、自分とは無関係の事と思っているのだ。

これは、「自分の身には降りかかるハズが無い」という根拠の無い自信と、「自分が結婚する」という事に全く意識な無い為である。

ようするにナタリーはまだ子供なのである。

  • イニシエーション

そんな彼女が一皮むけるのは、ラストの森のシーンである。

謎の親友トニーと学校をサボって逃避行をする。そして、森の中でトニーと訣別するが、このトニーとは、そもそも何なのか?

もしかしたら、トニーとは孤独なナタリーが生んだ心の中の親友なのかもしれない。ナタリーの言って欲しい事を言い、してほしい事を一緒にしてくれる。

しかし、心の中の存在であるが故に、封印したトラウマを呼び起こす(p.68の謎の展開)。
だが、ラストの森のシーンでは、トニーの抱擁を「あんたなんか怖くない(p.327より抜粋)」とハッキリと拒絶する。

p.55あたりの酒に酔ってベッドで母が休んでいる間に若い女性の腰を抱いて楽しく歌う父と、p.205あたりの酒に酔わされたエリザベスを厄介払いして女学生とお楽しみをするアーサーは対比している様に思う。
そして、p.68でトラウマを受ける事と、p.223でトニーに出会う事も対比されているのではないか?
つまり、トニーとは過去のトラウマの顕現でもあるのだ。

そして、過去の嫌な思い出を拒否し置き去りにする事で、かつての自分(=自分の心の中の存在たるトニー)と訣別する
ナタリーは大人の階段を一つ登ったのかもしれない。

入学式時に上級生がイニシエーションを行ったが、ナタリーはそれを拒否した。
しかし、彼女のイニシエーション(通過儀礼)はこの時完了したのだ。

  • 解けない謎

さて、恥ずかしながらどうしてもわからない謎がある。

原題は何故「HANGSAMAN」なのか?

タロットカードでいうなら、「The Hanged Man」のハズである。

解説に書かれている「The Maid Freed from the Gallows」を元にしたものなら、「The Hangman」である。

「HANG”SA”MAN」の「SA」は何処から来たのか?
英語の言い回し的なものなのか?
文法的な事なのか?
発音的な省略なのか?
それともノリで作った造語なのか?

こういうモヤモヤが残るのもシャーリー・ジャクスンらしい、のか!?

 

 

妄想少女の暴走する空想、そして、過去のトラウマを乗り越える成長物語としても読める非常に味のある作品である。

 

 


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さて、次回は味のあるファンタジー漫画『ホブゴブリン 魔女とふたり』について語りたい。