エス・エフ小説『チェコSF短編小説集』感想  プリミティブな面白さに溢れた、これぞSF短篇集!!


 

「ロボット」という単語を生んだ、カレル・チャペックの母国、チェコ。この中欧の小国は、意外にSFが盛んな国である。そのチェコ産SF、20世紀に発表された数々の作品を紹介したのが、本書である、、、

 

 

 

 

本書『チェコSF短編小説集』は、
編訳者である平野清美が、
フェイスブックにてヤロスラフ・オルシャ・jr.と連絡を取り、
実現した企画だそうです。

 

「何故にチェコ?」と思われる向きもあるかもしれません。

そもそも、
チェコが何処にあるのか、
それすらも知らない人が大半でしょう。

 


北はポーランド、
東はスロバキア、
南はオーストリア、
西はドイツを接していますね。

 

さて、
解説によれば、

チェコはSFが盛んな国だとの事。

「ロボット」という単語を生んだ、
カレル・チャペックの母国、チェコ。

年間、
500冊ものSF書籍が発売されているそうです。

1982年には、
カレル・チャペック賞が設立され、
受賞作は『山椒魚(ムロク)』という作品集に載るのだと言います。

 

そんな、SFの盛んな国(?)、
チェコ。

本書に収められている短篇は、
成程、
傑作を集めただけあって、中々の面白さ。

SFを、
そして、短篇を読む楽しさに満ちた作品集だと言えます。

 

 

チェコという国は、
中欧の国のご多分に漏れず、
激動の20世紀を経ています。

二つの大戦。
共産主義政権の設立、
プラハの春、
チェコ事件、
ビロード革命、、、

Wikipediaにて、その辺りの歴史を読むだけで、
いわく言い難い印象を覚えます。

 

そういう激動の社会を経験したからか、
20世紀に発表された作品を集めた本書は、

社会というものの戯画としてのSF

 

として存在しています。

 

元々、
小説というジャンルは、
社会に対する不安、不満に対するアンチテーゼとして存在している部分が、
少なからず存在します。

これがSFとなると、
その世界観、設定により、
社会に対する痛烈な風刺として活きてきます。

 

正に、本作品集は、
そういう、

社会への批判としてのSFを多く取り扱っている印象を受けるのです。

 

激動の20世紀、
その社会に対する憤懣が積もり積もって、如何ばかり。

 

しかし、
SFって、そういう不満から生まれる面白さが、
確かにある。

その事を思い出させてくれます。

 

本書から、
チェコという国がどういうものか、
それが分かるとは言い切れません。

しかし、
何処の国であっても、

SFとは、叛逆の物語なのだ、

 

その事を思い出させてくれる、
それが、『チェコSF短編小説集』なのです。

 

 

  • 『チェコSF短編小説集』のポイント

ストレートなSF、ストレートな短篇

社会に対する、アンチテーゼ

激動の歴史の反映か!?

 

 

以下、内容に触れた感想となっております

 


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  • チェコの20世紀

激動の20世紀の歴史を持つ国、チェコ。

 

第一次世界大戦後
オーストリア・ハンガリー帝国が崩壊し、
民族自決の理念の基、チェコスロバキアが成立。

その後、ナチス・ドイツの干渉を受け、
チェコスロバキアは地図から消滅。

第二次世界大戦後
チェコスロバキアは復活。

1948年に共産主義政権の設立。

しかし、
1968年に、プラハの春と呼ばれる自由化・民主化運動が起きるが、

同年8月、ワルシャワ条約機構の介入を受け、
チェコスロバキアは占領下に置かれる。

これがいわゆる、チェコ事件

長らく、ソ連の介入を受け続けるが、
1989年、
ビロード革命により共産党支配から脱し、
民主化革命を成功させる。

1993年には、
チェコとスロバキアは連邦を解消する。

いわゆる、ビロード離婚と呼ばれる、平和的な解散である、、、

 

チェコは、
チェコ事件以降、
国民同士の密告が奨励される警察国家となり、
人々は相互不信に陥り、
教会も消滅、
結果、人々は宗教不信となり、
無神論者の多い国となったそうです。

 

この『1984』を地で行く様な状況、

そして、神を信じる事を辞めた者が辿り着く、
テクノロジーへの信奉。

そういう状況を鑑みるに、
SFを愛する下地というのは、
歴史的に醸成されていたのかもしれません。

 

社会が不安定で、
体制に対して不安・不満がある

この状況を、
せめてフィクションの中で打開しようと、

又は、
フィクションにて問題提起せんとするのが、

SFの持つ効力の一つです。

 

本書を読んで思ったのは、
そういう
社会に対する、叛逆、
そして、足掻きの様なもの。

ままならぬ現実に対する、
アンチテーゼとして、SFが生まれたとの印象を受けるのです。

 

  • 収録作品解説

では、収録作品を簡単に解説してみます。

短篇、全11篇の作品集です。

 

各作品の前に、
イヴァン・アダモヴィッチによる解題が載っています。

これがまた、短く、的確にまとめられています。

 

表紙の絵の作者は、
ヨゼフ・チャペック

ナチスの強制収容所で死んだ、
カレル・チャペックの兄の作だと思われます。

 

巻末の、編訳者・平野清美による解説も面白く、
正に、隙の無い作品集だと言えます。

チェコSF主要邦訳作品の紹介がされているのも、
ポイントが高いです。

 

 

オーストリアの税関
(ヤロスラフ・ハシェク:1912)
お役所仕事というものは、
今も昔も、
洋の東西を問わず、
杓子定規でイライラさせられるものなのですねぇ。

 

再教育された人々――未来の小説
(ヤン・バルダ:1931)
全体主義に対する批判に満ちあふれた作品。

『1984』や、
『華氏451度』の様な読み味の作品。

どの様な思想を持っていても、
それが正義かどうかは、
体制側が決めるのです。

 

大洪水
(カレル・チャペック:1938)
何かに夢中になれば、他が気にならなくなりますよね。

…と、無邪気に言いたいですが、
自分勝手な利己主義は、
周りを顧みないという事なのでしょうね。

 

裏目に出た発明
(ヨゼフ・ネスヴァドバ:1960)
AIが発達し、テクノロジーが進展したら、
人の価値が変化するのでしょうね。

働かなくていいのなら、
むしろ一週間の内の6時間労働が待ち遠しく、楽しいものとなる

という発想に、
目から鱗である。

 

デセプション・ベイの化け物
(ルドヴィーク・ソウチェク:1969)
実践に基づかない、
机上の空論のみで作られた作戦・計画の浅はかさを、
まざまざと描いています。

指令に従うしか無く、
しかし、
作戦が失敗して、初めて反抗が始まるという手遅れ具合が、
上意下達の組織の弱点でもあるのです。

 

オオカミ男
(ヤロスラフ・ヴァイス:1976)
肉体が先か、精神が先か。
精神というのは、宿った肉体に引きずられるものなのか?

復讐を遂げた所から始まる諦念、
それが哀しい物語です。

 

来訪者
(ラジスラフ・クビツ:1982)
いきなりやって来て、自分の主張を否応無く押し通す。

まるで、
日本に対するドナルド・トランプの様な印象を受けます。

 

わがアゴニーにて
(エヴァ・ハウゼロヴァー:1988)
不倫に至るまでの心理を、
破綻無く描いています。

作者は、経験があるのだろうか?

現状とは違う、憧れの世界、
そして、自己肯定と背徳感。

しかし、
不義密通のツケが、無情にも押し寄せるラストの容赦の無さもまた、
印象的な作品です。

 

クレー射撃にみたてた月旅行
(パヴェル・コサチーク:1989)
JFKにまつわる、オリジナルストーリー、みたいな。

これが、オレ流のJFKだ!

という、終始脱力感が拭えない作品です。

 

ブラッドベリの影
(フランチシェク・ノヴォトニー:1989)
過去に起因する後悔や罪悪感。

それがあるからこそ、
人間というものは進歩もある。

過去を顧みる事を辞めたという事が、
永遠の停滞と同意となる。

ぶっちゃけ、SFと言うよりは、
ホラーよりな作品だと思います。
まぁ、面白ければ、それで良し。

 

終わりよければすべてよし
(オンドジェイ・ネフ:2000)
短い文章の中にキチンと起承転結があり、
更には、
読者に様々な感情を喚起させ、
切れ味鮮やかなオチが待っている。

正に、短篇小説のお手本の様な傑作

 

 

人と社会との関わり

これが、
チェコSFに特有のものなのか、
はたまた、
選者の好みによるのか、
それは定かではありませんが、

SFというジャンルが持つ、
根源的なテーマ、
それを、どの作品からも感じ取る事が出来ます。

 

ままならない社会、現実を批判し、
しかし、
それでも、その中で生きて行かんとする、
人間の悲哀と覚悟を描く、

SFとは、そういうジャンルなのだと、
『チェコSF短編小説集』を読むと、
そういう思いを抱きます。

 

 

チェコSF、ヤン・ヴァイスの『迷宮1000』について語ったページはコチラ

 

 

書籍の2018年紹介作品の一覧はコチラのページにてまとめています

 


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