エス・エフ小説『折りたたみ北京 現代中国SFアンソロジー』ケン・リュウ(編)感想  今まさに、黄金時代が訪れんとしている中国SFの精華!!

 

 

 

超巨大、ローテーション型回転都市、北京。第三スペースで暮らす老刀は、第二スペースの依頼人から手紙を受け取り、第一スペースへと届ける仕事を受ける。生活圏、活動時間、交流が厳格に断絶されているこの空間を、老刀は違法に横断する。娘を幼稚園に入れる為に、、、

 

 

 

 

本書『折りたたみ北京 現代中国SFアンソロジー』の編者はケン・リュウ
中国生まれ、アメリカ育ち。
自身は英語で作品を発表しつつ、中国SFの英語翻訳をも行い普及に努めている。
著作に
『紙の動物園』
『母の記憶に』がある。

 

『折りたたみ北京 現代中国SFアンソロジー』は、
その名の通り、現代の中国(2005~2014)にて発表されたSF作品の傑作選となってます。

7人、13作品の短篇+SFエッセイ3篇が収録されています。

まず、序文、これが滅法面白い。

 

編者、ケン・リュウの熱い想いが語られます。

中国SFとは何か?

この答えとして、

取りあえず、中国という国の枠を気にせず、
純粋にSF作品として楽しんで欲しい

 

そう訴えています。
(ちょっとはぐらかされていますが)

そして選ばれた7人の作家。

編者は、中国の文化、歴史に馴染みの無い英語圏の読者でも読みやすい作品を選んだと言います。

つまり、万国共通の面白さ。

 

我々日本人でも、ダイレクトに面白く読める作品ばかりです。

近年、日本でもその作品が評価されているケン・リュウが選んだ傑作短篇。

SF特有の「気取った分かり難さ」は皆無。

とにかく、まずは読んでくれる事が先決とばかりに、
どの作品も

読みやすさと分かりやすさと面白さが同居しています。

 

SFという枠に拘らず、
小説作品としての面白さに満ちた短篇作品集。

さらには、巻末の中国SFを巡るエッセイも興味深く読めます。

『折りたたみ北京 現代中国SFアンソロジー』、
ここから、
今、最もホットなSFジャンルと言える勢いを感じます。

 

 

  • 『折りたたみ北京 現代中国SFアンソロジー』のポイント

今を代表する中国SF作家の作品が沢山読める

読み易く、分かり易く、面白い

中国SFの辿った歴史の概略が分かる

 

 

以下、内容に触れた感想となっております

 


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  • 現代中国SF

編者のケン・リュウはよく問われるそうです。

現代中国SFの特徴って何?と。

おそらく、何度も聞かれるので、面倒くさくなって作ったのが本書『折りたたみ北京 現代中国SFアンソロジー』ではないかと思われます。

コレ、読んで、そしたら分かるから!と。

 

さて、本書は先ず、冒頭に編者ケン・リュウの熱い序文が載っています。

これには、
最初に、中国SFを偏見の無いフラットな目線で読んで欲しい
という願いが記されています。

やはり、「中国」という国からは、
共産圏であり、検閲や規制が厳しいイメージがあります。

そのイメージから、
中国SF作品を読む前の段階から、「社会構造や抑圧のメタファー」として思い込みで捉えるのは止めて欲しいと言っているのです。

そういう助言を入れて単にSFアンソロジーとしてフラットな目線で読んで見ると、
なるほど、そのバリエーションの豊かさ、
何より、中国社会に留まらない、現代を生きる我々が共通に感じる社会的問題点がその諸作品より窺えます

 

そして、巻末に付された3篇のコラム。

これが、本書をまとめるのに、良い役割を演じています。

このコラムを私なりにまとめますと、
(あくまで私個人が読み取ったザックリしたまとめです)

 

かつて20世紀初頭、
中国にSF小説が導入された時は、戦争や植民地支配から国家が脱却する、その象徴として人民に希望をもたらす作品として作られた側面があった。

また、中華人民共和国成立後は、テクノロジーが明るい未来をもたらす手段として、
無邪気に科学技術を賞揚する作品として中国SF小説はあった。

しかし、1990年代、冷戦が終わるのと同時に中国もグローバル資本主義の洗礼を浴び、
否応無く社会の変動を体験する。

その時に流入した海外SF(欧米)に触れた作家達は、自らを作風を変化する必要性に迫られる。

社会の価値観が多様化し、
旧来の価値観(中国古来の伝統や、社会主義的イデオロギーなど)からの変動を体験した後では、
その作風も多様化し、最早「中国的」の一言で言い表される特徴は無くなってしまったのだ。

それは正に、中国SFのグローバリゼーション化というものであり、
それこそが、現在まで尚発展し続けている中国SFの現状なのである。

 

と、まぁ、私はこんな風に思いました。

序文を読むだけでは分からない、
コラムを読んだだけでも実感出来ない。

しかし、序文~収録作~コラムの順番で読み進めると、
成程、国境の枠に収まらない質とテーマ性がある事を実感として納得出来る。

そういう並びになっているのです。

 

  • 収録作解説

それでは、簡単に収録作について解説してみたいと思います。

本書は、中国語で発表された作品を編者のケン・リュウが英語訳。

それを日本語訳した作品集です。

7人の作家の、
13作の短篇、そして3つのコラムが収録されており、
ボリューム感があります。

 

陳楸帆(チェン・チウファン)
鼠年
知性化鼠の不気味さもさることながら、
高所から、
鼠も、それを狩る人間も、何もかも誰かの計算尽くの展開であり、操る人間がいる一方切り捨てられる存在として、
実験動物の鼠=末端の人間という図式が当然の如く示され、
それを受け入れざるを得ない冷徹な状況がある事に恐ろしさを覚えます。

 

麗江の魚
同じ時間を過ごしていても、
富裕層と貧困層では得られるお金が段違い。

いや、むしろ、時間の主観的概念すら違うのではないか?という事を突き詰めた作品。

 

沙嘴の花
サイバーパンク的世界観の中で、下世話なドラマを描いて見せた作品。

 

夏茄(シア・ジア)
百鬼夜行街
SFというより、幻想譚といった趣の作品。
鮮やかな思い出と、変わらぬユートピアの崩壊が描かれます。

恒川光太郎の『夜市』の様な印象があります。

 

童童の夢
高齢化社会において、介護の問題をテクノロジーで解決する!?画期的発想。
苦痛に満ちた老老介護も、遠隔操作ロボットで要介護者同士が介護し合えばいいんじゃないの?というギャグの様な発想が秀逸過ぎます。

 

龍馬夜行
幻想的で詩情豊かな作品。

 

馬伯庸(マー・ボーヨン)
沈黙都市
有名なジョージ・オーウェルのディストピア小説『一九八四』を翻案した作品

原作は検閲を免れる為に本文を書き直していた、というリアルに作品の内容に即したエピソードが興味深いですね。

 

郝景芳(ハオ・ジンファン)
見えない惑星
英語版の原作小説集でのタイトルとなった作品(『INVISIBLE PLANETS』)。

やろうと思えば宇宙冒険記みたいに出来たのに、勿体ないと思います。

 

折りたたみ北京
日本語版の表題作。

資本による社会階層の分化を、
時間、空間、生活圏で厳密に分断し一つの都市に収めるという離れ業の発想が面白い。

『新世紀エヴァンゲリオン』の要塞都市、第三新東京市みたいなイメージです。

冒険小説としての面白さ、
社会の構成員は、自覚の如何に関わらず、その体制の維持に用いられるという無常観、
最善の策が他にあると分かっていても、現状維持を選択せざるを得ない無力感、
色々と感じ入る作品です。

 

糖匪(タン・フェイ)
コールガール
題名がミスリードを誘うという出オチ感

 

程婧波(チョン・ジンボー)
蛍火の墓
ポエム的な印象に終始するかと思いきや、さりげなくSFネタをぶっこんで来る自由さが素晴らしいです。

劉慈欣(リウ・ツーシン)

長篇の抜粋といいますが、これ単体で十分面白いです。

え?始皇帝が?と歴史を何となく知っていたらサプライズ

小川一水の「アリスマ王の愛した魔物」と根本の発想が通底している作品です。

 

神様の介護係
家族を作るというのは、身も蓋も無い話だが、
「自分の老後の世話をさせる」
という意味も厳然として存在する。

それを種族単位というか、惑星単位でやってみた存在、
まさに神だが、最早老年期というよりボケ寸前という笑うに笑えないユーモア満載のSF

最初は有り難がっても、
段々慣れると蔑ろにし、
しかし、別れ間際には悲しんでみせるという、

いやぁ、人間関係って難しいですね。

 

*エッセイ
ありとあらゆる可能性の中で最悪の宇宙と最良の地球:三体と中国SF劉慈欣
20世紀初頭から始まる中国SFの展開の様子と、
そこから繋がって、現代において流行した自身の作品『三体』にまつわるエピソードを描いています。

 

引き裂かれた世代:移行期の文化における中国SF陳楸帆
現代を生きる若い世代の作家が、古い世代との間に断絶を抱えていると感じている。
しかし今現在は、古きが壊れ、新しきが生まれる移行期間であると希望を持って語っています

 

中国SFを中国たらしめているのは何か?夏茄
こちらも中国SF作品の展開の様子を語っています。
テクノロジーの進歩のみならず、
そこに勇気と積極性と希望があればより良い世界が訪れる、
それがSF作品が表明するものだと言っています。

 

 

この作品集、編者が厳選が効いていて、どの作品も面白いです。

しかも、作品にて描かれているテーマは社会的にも、今日、全世界的に共通される問題点を浮き彫りにしており、
読む地域、人種に関わらない普遍性を感じます。

これを、技巧的に凝った形に拘らず、
読み易く、分かり易く、面白く描いているのがどの作品も素晴らしいのです。

 

もっとも、
原作(中国語)→ケン・リュウの英語翻訳→日本語訳
という段階が踏まれているので、その意味する内容も若干の変遷があるハズですが。

とは言え、
本作の収録作の様な「混沌的な状況で多様性を持ち、未だ過渡期にある」と称される中国SFが、今後どの様な道に進むのか?

『折りたたみ北京 現代中国SFアンソロジー』を読むと、そんな事に想いを馳せ期待せざるを得ません。

 


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さて次回は、中国と日本の間に国があったら?ファンタジー作品『蕃東国年代記』について語りたいです。