エス・エフ小説『ゲームSF傑作選 スタートボタンを押してください』感想

 

 

 

深夜の牛丼屋でワンオペしていた俺は、強盗に襲われ殺されてしまった、、、ハズが、なんと殺した相手として生まれ変わった!?俺が殺したのは、俺で、だから俺には罪が無いはずだが俺は収監されて、、、

 

 

 

 

本書は短篇アンソロジー。
テーマは、「ゲームSF」。
編者はD・H・ウィルソンとJ・J・アダムズ。

原書は26篇ですが、訳出するにあたって12篇を選出しているそうです。

 

テーマにある様に描かれているのは、

ゲームとSF、
それを、短篇小説にしています。

 

この時点で「3つの要素」の複合である事が分かります。

「ゲーム」というキャッチーなイメージとは違って意外と複雑な作りの作品ばかりですが、

ゲームに日常から親しんで、
「ゲームリテラシー」を持っている人間ならば問題無く楽しめます。

 

テーマアンソロジーに特有ですが、
「ゲーム」という共通の前提がある故に、

ある程度踏み込んだ専門用語なども、ためらいも無く使われています。

 

この辺、分からない人にはちんぷんかんぷんでイマイチ話しに乗れ無いかもしれませんが、

一方、最初から踏み込んだ作りになっているが故に、

ゲーマーなら説明抜きに世界観を理解し、すんなりと短篇の世界観に没入する事が出来るのです。

 

正に、好き嫌いは分かれますが、ちょっとひねったSF短篇として楽しめるのは間違い無いです。

テーマアンソロジーとして、真っ当にゲームの面白さを小説の面白さの中に落とし込んでいる、

それが『ゲームSF傑作選 スタートボタンを押してください』なのです。

 

 

  • 『ゲームSF傑作選 スタートボタンを押してください』のポイント

「ゲーム的面白さ」を小説に落とし込んだ作品集

ゲーム的であるが故に、オチが秀逸

ゲーム的専門用語が多数使用されている

 

 

以下、内容に触れた感想となっております

 


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  • ゲーム的面白さの小説

本書『ゲームSF傑作選 スタートボタンを押してください』は、その名の通り「ゲームSF」がテーマのアンソロジーです。

ゲームSFって何?
身も蓋も無いですが、そういう疑問が湧いて来ます。

先ず、勘違いしがちですが、
本書に収録された作品は、「ゲームを語ったSF」ではありません

ちょっと分かり難いかもしれませんが、
「ゲーム的面白さを小説化」した作品集になっています。

つまり、
ゲームをしている事を描写する作品では無くて、
ゲームをする事でもたらされる面白さを、小説に落とし込んでいるのです。

では、ゲームの面白さとは一体、何?

それは、
願望充足
現実ではあり得ない事をゲーム内で行う爽快感
プロ野球選手にも、格闘家にも、町おこしの町長さんにもなれます。

現実拡張
想像力と創造力が及ぶ範囲において、自由に振る舞う事が出来ます
ドローンを使って、上空から自分の様子を映像として第三者目線で認識したり、
宇宙空間や深海など、極限環境における自己の代理として機械を使用したり出来ます。
これらもゲーム的感覚と言えます。

安全な双方向性
ゲームは、プレイヤーが対応する事に反応して環境が変わり、そのダイレクトでスピード感のある変化が刺激的です。
種を植えたら花が咲き、資金投入でビルが建つ。
その過程が簡素且つ、一瞬なので
成果が分かり易く、リスクも少ないので純粋に過程を楽しむ事が出来ます。
AI相手も面白いですが、
対人戦なら「お互いの身体を損なう事の無い」疑似闘争として、後腐れ無い技術のみの試合に没頭出来ます。

 

主な面白さはこれらの事が挙げられますが、
特に「双方向性」こそが、ゲームの面白さの主な要因です。

しかし畢竟、
これはコミュニケーションという古くからあるものの、新しい形態の一つでしかないとも言えます。

相手が人間であるのか、
コンピュータを媒介しているかの違い程度です。

本作の収録作でも、この面白さの部分に着目し、
現象(事件、事態)と、それに反応する登場人物、

つまり、世界と人間がお互いに影響し合うコミュニケーションの様子を描写した作品集と言えるのです。

環境と自己が共に変化する事、それがゲームの面白であり、その様子の描写が本作の面白さであるのです。

 

  • 収録作解説

では、収録作を簡単に解説してみます。

全12篇の短篇集。

作品名:作者名、となっております。

 

リスポーン:桜坂洋
日本人作家の作品は、身も蓋も無いワンオペバイトという社会問題の皮肉から始まります。

一応、「ゲームSF」という範疇なのでそう読めますが、
描写としては次々と意識を憑依させてゆくホラーとしても読める事が面白いです。

自己に統一した意識があっても、
世界がそれを認識して居なければ、存在しないも同意という哀しさがあります。

 

救助よろ:デヴィッド・バー・カートリー
世界が幸せであるかどうかは、結局自己認識によります
ならば、世界自体を自分の好みに変化してやれ、という発想なのが、如何にもゲーム的です。

この「リセット」と「ループ」の繰り返しこそ、ゲームの本質であり、面白さ、且つ恐ろしさでもあり、
それを見事に表現した作品です。

 

1アップ:ホリー・ブラック
「1アップ」って、何と読みますか?

いちあっぷ?
わんなっぷ?
いっきあっぷ?

色々論争があります。
(私は、わんなっぷ派です)

「テキストアドベンチャー」というゲーム形式と小説を繋げる為、ミステリ風に描写した所に小気味良い面白さがあります

 

NPC:チャールズ・ユウ
自分が奴隷であっても、そう認識するまでは、意識は自由
しかし、他人から与えられた解放には束縛を感じてしまう。

世界の在り方は、自己の認識に拠るという作品です。

 

猫の王権:チャーリー・ジェーン・アンダース
健忘症の人間の介護をする事の苦悩を描いています。

ゲームに没頭する人間、
上の空の彼達が、こちらの言葉を理解しているのかどうかという疑惑は、
赤ちゃんがこちらの言葉を理解しているのか?
健忘症の人がこちらの言葉を理解しているのか?
そういう不安と通ずるものがあるのだと気付かされます。

ラストシーン、
シェアリーが見せた笑顔に、グレースは幸せを感じます。

しかしそれは、意味の無いものかもしれない。
結局は、世話している側が、「こちらに笑いかけている」と希望し、そう認識しているに過ぎないのです。

それを百も承知で、
しかし、儚い希望に縋るしか無い空しさがよく現われています。

 

神モード:ダニエル・H・ウィルソン
情緒的なポエム作品、と思いきや、ラストのオチで納得の作品。

 

リコイル!:ミッキー・ニールセン
素人がいきなり無双を始めるラノベ的展開、
からのラストのオチで納得させようとしますが、
こういう夢オチはダメだと手塚治虫さんも仰ってましたよ

 

サバイバルホラー:ショーナン・マグワイア
ゲーム的な描写ですが、肝心のゲーム的な謎解きの部分が全く無いのが残念な所です。

 

キャラクター選択:ヒュー・ハウイー
ゲームで個性的な動きをし始めるのは、実際は初心者では無く、
そのゲームを好きでやりこんだ人間が、自分ルールを設定し出す所から始まります

普通の人は、ゲーム内ルールにそぐわないなら、ゲーム自体を止めてしましますからね。

ゲームで想定外の事をする、という作品は、
覚えている範囲では梶尾真治の短篇集『ちほう・の・じだい』の収録柞に似た作品があったのを思い出しました。
(肝心の題名を失念しています)

 

ツウォリア:アンディ・ウィアー
ネット用語が若干古くさい所に、「ツウォリア」が面倒くさい存在だという事を表しています。

 

アンダのゲーム:コリイ・ドクトロウ
名前からしてオースン・スコット・カードの『エンダーのゲーム』を彷彿とさせますが、
それを読んでいないので内容も本歌取りなのか判別出来ないのが申し訳無いです。

「ゲームプレイの純粋性」については私もよく考えます。

一時期、麻雀にはまっていましたが、私は一度もお金をかけませんでした。

麻雀というゲームの競技性に、お金を掛ける事で不純物が混じる様な気がしたからです。

漫画『刃牙道』10巻、15ページでの範馬勇次郎の台詞
闘争が 目的地ではなく手段か
純度が低い

この台詞は、私も常々考えている事を端的に示しています。

ゲームをプレイする時の創造性、競技性の追求とは、その過程を重視する事が肝要なのです。

「お金儲け」という結果に執着するのは、不純であると私は考えます。
(まぁ、勿論、お金をもらえるのは嬉しいですが)

そういう同じ観点で、本作は作られているものだと感じます。
そして、それが嬉しい所です。

 

時計仕掛けの兵隊:ケン・リュウ
始めに結果在りき。
それでも、面白い所に、構成の妙とストーリーテリングの巧みさがあります。

いわゆる、『ブレードランナー』ですね。

 

解説:米光一成
こちらは小説ではありませんが、日本において「ゲームとは何ぞや」を古くから著してきた人物ならではの分かり易い解説が見事です。

たまには、小説も書いて欲しい所です。

 

 

読む前は、
ラノベ的な願望充足作品なのかな?と思っていましたが、
然に非ず。

どの作品も、ちゃんとゲームの面白さを追求しつつ、
その面白さを小説に落とし込むにはどうしたら良いか、真面目に考えてある所が素晴らしいです。

それが出来るのは、
この小説を書いた著者自身がゲーム好きで、昔から馴染んで来た人物だったからでしょう。

上の年代からは理解不能な物として忌み嫌われてきたものが、
年代を経るにつれゲームに理解のある人間が増し、文化として市民権を得て来た感もあります

その象徴としても読める作品、
『ゲームSF傑作選 スタートボタンを押してください』はそう言えるのではないでしょうか。

 

 


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